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055 ユーリスの日常

 自宅に戻って最初にするのは掃除だ。

 リーゼさんにはいつも仕事が終わったらゆっくりすれば良いと言われていたが、何もしないほうが落ち着かないのでそのまま習慣になってしまった。

 一人になってからはこの小さな家も広く感じる。

 帰ってくることがわかっていた時はそんなこともなかったのに……。

 そんなことを思いながら隅々まで掃除をしてしまった。

 気付けば外は完全に真っ暗だ。


「……なにか残っていたかな。今から買い出しに行っても何もないだろうし……」


 夕食に使える食材があまり残っていないことに気づいてキッチンを漁る。

 ご近所からは変わらず差し入れを貰っているが、それでもやはり偏りはある。

 足りない分は買いに行く必要があるのだ。

 しかし一人分を作るのはどうにも億劫で余り物でやりくりする事が増えてしまった。

 結果、目の前のほとんど何も入っていない食料棚が出来上がったのだ。


「…………困ったな……。これは食べに行ったほうが良いか……」


 ここまで暗くなってしまうと露店は店じまいしてしまっている。

 開いているとすれば、仕事帰りの人向けの酒場ぐらいだ。

 結婚してからはそういえば一度も行っていない。

 そんなにお酒に強い訳ではないというのもあるが、賑やかすぎるのが合わなくて誘われない限り行かなくなってしまったのだ。


「あんまり余裕はないけど仕方ない……」


 棚の中身にため息を吐き、戸を閉める。

 こんなところをリーゼさんに見られたら呆れられそうだな、と思う一方で笑いながら一緒にでかけてくれそうだとも思う。

 そんなちょっとだけ温かな気持ちで家を出た。


 自宅近辺は王都の中と言っても明かりが少ない。

 なので夜に出かける時は近場ならランタンが必須だ。

 しかし、今回の目的地は煌々と明るい大通りにある。

 ランタンを持ち歩くのは危ないのでしばらくぽつりぽつりと置かれている小さな明かりを頼りに進む。


 ようやく明かりが至るところに設置された通りに来た頃には暗さに目が慣れていて、通りの明るさにめまいを覚えた。

 それに普段はなんとも思わないはずの明るさに刺さるような痛みを感じる。

 今までいかに明るいところで暮らしていたのか実感した。


「いらっしゃい」


 店の扉を開ければ聞き慣れた女将さんの声が迎えてくれた。


「おや、久しぶりの顔だね。上の部屋かい?」


 席を案内するために近づいてきた女将さんは俺の顔を見てそう訊ねた。

 以前は随分と使わせてもらっていたので覚えていたのだろう。

 そういえばリーゼさんに秘密を打ち明けてもらったのもこの店だったか。


「いえ、今日は夕食に」

「はいよ。ここしばらく来ていなかっただろう。何かあったのかい?」


 席を案内しながら女将さんは訊ねる。

 珍しく客が少ないので喋りたいのだろう。


「結婚したんですよ。その後は色々あって忙しくしてたんですが……」

「そりゃめでたいねえ。お相手はこの前連れてた美人さんかい?」


 途端にニヤニヤとし始めた女将さんは目の前に水を置いた。

 そんな彼女の問いに答えながら適当に注文すれば、カウンターの向こうで調理を始めた。

 接客はもう一人店員がいるが、調理は女将さん一人で回しているのだ。


 待つことしばらく、両手に複数の皿を載せて女将さんが戻ってきた。

 それを並べて去っていくかと思えば、そのまま立ち話を始めた。


「そういえば、あの美人さんを連れてきた翌朝、後でやって来た士爵が血相を変えて出ていったよ」


 ちょうど水を飲んでいたところだったので、それを吹き出してしまった。

 水が変なところに入ってしまってむせる。

 なんでそんな前のことをしっかり覚えているんだ……。


「大丈夫かい? ほら、これ使っていいから」


 むせて咳き込む俺に女将は拭き布を渡し、自身も卓を拭く。

 用意が良いというか何と言うか……。


「ゲホッゲホッ……。……その節はご迷惑を……」

「迷惑じゃないけど、片付けぐらいはしていってほしかったねえ……」

「すみません……」


 縮こまって謝る俺に女将はなにかに気づいたように目を丸くした。


「それよりこんな時間にここにいて良いのかい? 奥さんが待ってるだろう。それともあれかい? 喧嘩でもしたのかい?」

「いえ、妻は仕事で長期で出かけてるんですよ。今日は食材を切らしていたので仕方なく」

「なんだい。つまらないねえ……」


 一体この人は何を期待していたのだろうか。

 少しだけ面白そうなものを見つけたような目をした後に言葉通りの態度をとる。

 とてもではないが客相手の態度ではない。

 それがこの店の良いところでもあるのだが……。


「女将さん、注文です」


 接客の店員が女将さんに声を掛けた。

 注文を聞いた女将さんはそのままカウンターに戻っていった。

 ようやく落ち着いて食べられる、と俺はスプーンを手に取った。


 頼んだ料理はどれも美味しい。

 何度も来ているだけはあって、品書きのほとんどは食べたことがあるが、今回のものは中でも特に気に入っているものだ。


「——なんだか味が濃くなった……?」


 何口か食べてそんな違和感を覚えたが、酒飲み向けの料理だ。濃いめの味付けなのは仕方がない。

 おそらく俺の味覚が変わったのだろう。


「——でさ、神殿前に止まったんだよ。そこから誰が下りてくるのかは気になるじゃん? だからずっと見てたのよ。そこから誰が下りてきたと思う?」


 離れた席に座っている男二人の会話が聞こえてきた。

 盗み聞きしたいわけではないのだが、二人の会話はよく聞こえてくる。


「もったいぶるなよ。王家の馬車なんだろ? 誰が乗ってたんだよ?」

「聞いて驚け。それが下りてきたのは冒険者だったんだよ。ほら、ちょっと前からよく話題になってたパーティの」

「ああ、あの【アストラ】とかいうやつらか? で、なんで神殿なんだよ?」


 二人は大げさな身振りを交えて話している。

 聞き覚えのある単語に俺は思わず食事の手を止めた。

 単語の組み合わせに嫌な予感がよぎる。

 心なしか手が震え、嫌な汗が吹き出す。


「それがよ、赤い髪の女を背負ってたんだよ。布に巻かれてよく分からなかったが、どこかで助けて連れてきたんかね」

「きっと惚れでもしたんじゃねえの? あのパーティに赤髪なんていなかっただろ?」


 酒が入っているのだろう。

 大声で話してゲラゲラと下品に笑う。

 居ても立っても居られず、俺は席を立って男たちの席まで近づいた。


「……すみません、その話詳しく聞かせてもらえませんか?」

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