054 門番の仕事
騎士とはいえ門番の仕事は基本立っているだけだ。
門を通る通行人を引き止めて身元を確認することはない。
流石にあからさまな不審者を引き止めることはあるが、それも長く勤めて片手で数えられるぐらいしかないらしい。
他にやることと言えば、目についた揉め事を仲裁したり、王都の中に入り込みそうな魔物を討伐することぐらいで、それすらも年に数回あるかないかの騎士としては比較的安全な仕事だ。
「ふぁっ……」
隣の同僚が大きなあくびをしようが咎められることはない。
一緒に仕事をしている仲間たちは仕方ないやつだなあ、と苦笑いするだけだ。
「そういや、ユーリス。お前のところの嫁さんはどうなんだよ」
不意に飛んできた問いかけに首を傾げる。
何の話だろうか。
「何の話?」
「いや、だから、お前の嫁さんは元気なのかって話だよ。身重なんだろ?」
そういえばリーゼさんが仕事で旅に出ている話をしていなかったな、と思い返す。
妊娠がわかってからはそのまま療養すると思っていたので、それっきり話題にしていなかったのだ。
「ああ、うん……。今仕事で南部地域に行ってるんだ。いつ帰ってこれるのかはわからない」
そんな俺の答えに同僚は目を剥く。
その反応も当然だ。
妊婦が仕事に行くだけでも驚きなのに、行き先が南部地域。彼には理解できないだろう。
「いやいやいやいや。お前の嫁さん大丈夫なのかよ。出産まで時間があるって言っても帰りがわからないって——」
「彼女が決めたことなんだ。俺ができるのはいつ帰って来ても大丈夫なように備えておくことだけだよ」
返事を聞いた同僚は今度は呆れたような目を向ける。
そんな視線を向けられたところで、俺にとってはそれが全てなのだから仕方がない。
俺は待つことしかできないのだから。
「…………そういうもんなのかねえ……。俺には想像できないわ。——はあ、俺にも可愛い彼女ができないものか……」
なぜかそんな話をし始めた同僚はそのまま一人でぶつぶつと言い続けている。
そんな彼に心のなかで応援をして視線を動かす。
その先にいるのは、門の反対側で仕事をしている——訂正、通行人を口説いているイーヴォだ。
彼がそんなことをしているのはいつものことなので、やはり咎める人はいない。
相手もまんざらではなさそうなので、止めに入る理由がない。
まともに働きそうにない同僚二人のかわりに仕事をしよう。そう決意して姿勢を正した。
夕日もほとんど隠れ始めている。そろそろ今日の勤務は終わりだ。
交代の騎士も既に詰所に着いている。もうじき詰所から出てくるはずだ。
そんなことを考えている間に、正面の街道に馬車が見えてきた。
その見た目から王家のもののようだが、賓客を乗せているとは思えない速さでこちらに向かっている。
あんなに早く走って乗っている人は大丈夫なのだろうか。
「うわっ……。危ないなあ……。一体何なんだ?」
馬車は勢いを衰えさせることなく王都の中に入っていった。
その勢いに驚いた同僚が過ぎ去った馬車を見ながら言った。
「王家……の馬車だったよな? 何かあったのか?」
イーヴォの問いかけに全員が首を振る。
王家で何かあったという話は聞いていない。
少し前の話ならと思ったが交代の騎士も同じだったので、そういうわけでもないようだ。
「まあ、俺たちには関係ない話だろう。王家に良いことがあっても悪いことがあっても、末端の俺たちに声がかかることはない」
諦めたように隊長が言う。
いくら王家の騎士と言えど、王家で重用されているのはごく一部だ。
当然門番などという末端は含まれない。
長く勤めている分、身に沁みて理解しているのだろう。
それもそっすねえ、とイーヴォの一言でこの場は解散となった。
仕事は交代の騎士に任せて俺も一人きりの自宅への帰路についた。




