052 喪失
※心の準備をしてからお読みください。
勝ち目のない存在に挑む度胸は今の私にはない。
今の私には、守らなければならないものがあるのだから。
岩盤の下にいる二人だって守るべき存在だ。
しかし、その岩盤の上には竜。
竜はその上を踏みつけるように何度も足を動かす。
その度に重苦しい音が響く。
「頼む……やめてくれ……。それ以上は──」
そんな呟きと共に目から熱いものが溢れる。
もしかしたら階段の下の方に二人はいるかもしれない。
それでもこれほどの巨体が動き回れば二人がどうなるか……。
心の底ではわかっている。
何が起こっているのかわからない二人なら今頃悲鳴をあげているはずだ。
それがないということは二人は──。
それでも諦めきれないと、私は槍にしがみつくのをやめ、それを構えた。
勝てる見込みなどない。
それでも二人のためにも足掻くのだ。
たとえ差し違えることになろうとも。
「──仲間を、返せええぇぇぇえええ‼︎」
全力で槍を振るう。
弾かれれば魔法を放ち、魔法を避けられれば、踏み込む。
ただ死に物狂いで後先考えることなく振るい続ける。
最期に一矢報いたい。
その一心で振り続ける。
ここまで感情に任せて戦ったのは初めてではないだろうか。
初めての仕事の時も、【アストラ】に入ってからも、感情に振り回されて武器を振るったことはないはずだ。
顔の横で業火が爆ぜる。頭の上を巨大な爪が通り過ぎる。
それでも動きを止めない。そして──
「かは…………っ」
腹が熱かった。
そこからなにか大切なものがこぼれ落ちていっている。
そんな気がした。
無事を確かめようと触れようとして、そこから大きなものが出ていることに気づいた。
それはびくともしない。
「すまぬ。そんなつもりは──」
遠くで声が聞こえた気がした。
そして腹から出ていた大きなものがずるりと抜けて、腹がさらに熱くなる。
ぬるぬるとしたものが腹から流れ落ち、その不快感にそこを押さえた。
「お前には資格がある。……好きにせよ」
「あああぁぁぁあああああ!」
動きが止まった竜に渾身の一撃を与える。
それまでの攻防が嘘だったかのように槍が鱗を破りその先へと入っていく。
さらに力を加えてメリメリと奥へ奥へと槍を差し込む。
何度も場所を変えて槍を突き刺し、魔法を放つ。
気づけば竜は力無くその場に伏せ、竜の重みで割れて均衡を崩した岩盤と共に落ちていった。
静寂が訪れ、目の前の敵も消えたことでようやく動きを止めた私は、エステラとファイドロがいたはずの階段に視線を向けた。
「はぁっ……はぁっ……、エステラ、ファイドロ」
全力で、無我夢中で戦い続けたせいで息切れを起こし、足にも力が入らない。
再び槍を支えにして階段に近づけば、エステラにファイドロが覆いかぶさる形で倒れていた。
きっと咄嗟にファイドロがエステラをかばったのだろう。
しかしその姿はあまりにも無惨だった。
本当は二人を階段から連れ出したいが、今の私には二人を運ぶだけの力は残っていない。
見開かれたままの目を閉じてやるだけにとどまった。
「……二人とも、ごめん……」
思い起こされるのは、エステラの故郷での二人の様子。
馬車の中で私の腹に触れて驚いた顔、それにからかわれて赤くなった顔。
あの時、こんな事が起こるなんて考えもしなかった。
きっと二人もいずれは幸せになるのだろう、そう信じて疑わなかった。
ボロボロと溢れる涙を見せないように背を向けて東の階段に向かった。
階段の低い位置で倒れているアルシウスはかろうじて息がある状態だ。
ぶつかった衝撃からか、目覚める様子はなく、どこからともなく血が溢れている。
このままではアルシウスも二人の後を追ってしまう。どうにかしなければ……。
私自身も深手を負っているにも関わらず、階段を這うように上る。
幸い東の階段の先は薬に関するものがあるはずだ。
回復薬でも、薬草でもなんでも良い。
とにかく血を止めなければ。
階段を上りきった先の通路は短かった。
すぐ目の前には申し訳程度の扉があり、その先は薬品だなが並ぶ小部屋だった。
手当たり次第に薬を取り出し、自身に使う。
まずは私自身がまともに動けなければいけない。
しかしどれも古すぎるのか効果はほとんどない。
多少腹の出血は減ったかもしれないが、これではアルシウスを助けることはできない。
そう判断してすぐに彼のもとに戻った。
「なにか、手立ては……」
手持ちの薬はない。
体のこともあって、荷物を減らすためにほとんど持ってこなかったのだ。
その代わりアルシウスたちは多めに持っていた気がする。
勝手に触ることに気が引けたが、彼を助けるためだと、荷物を開けた。
中にあった残っている回復薬をすべて掛けたが良くなる気配はない。
竜の攻撃をまともに受けたのなら、この程度では足りないのかもしれない。
さらになにかないかと漁れば、出てきたのはロヒカルメ村で預かった霊草だった。
「これならもしかしたら……」
霊草はおとぎ話ではどんな怪我や病にも効くとされている。
実在する以上、そのおとぎ話も真実かもしれない。
そう信じて私は霊草をアルシウスに使うことを決めた。
握るのも難しくなった手で必死に霊草を握り潰し、その液体をアルシウスの口に垂らす。
力を込めようとすれば手が震え、思った通りにできない。
視界はぼやけていて、なんとか出てきた一滴をちゃんと口に入れられたかはわからない。
「アル……。アルシウス……!」
絞り出すように呼びかけながら、肩を揺する。
するとそれに反応したかのようにアルシウスの指先が動いた。
ぼやけているから気のせいかもしれないが、まぶたも動いた気がした。
アルシウスが動いたことに安堵したからだろうか。
視界が真っ暗になった。
上も下も左右もわからない。
そして何かにぶつかったような激しい痛みに襲われ、直後にすべての感覚がなくなった。
『……ごめん、ユーリス。約束、守れそうにない……』
ついに、恐れていた瞬間が来てしまいました……。
仲間を失い、すべてを奪われ、絶望のどん底に突き落とされたリーゼ。
読者の皆様も、今は胸が苦しくてたまらないことと思います。
でも、どうかあと4話お付き合いいただけないでしょうか。
すべてを懸けて泥臭く足掻く、ユーリスの活躍をお見せすることを約束します。




