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051 宿命との遭遇

 真っ暗な通路を通り、最初の広い空間まで戻って来た。

 そこは相変わらず中央の床に向かって階段が伸びているだけで、目立ったものはない。


「壁はやっぱり何もなさそうだな。階段に何かあるわけでもないし……」


 やっぱり無駄足だったか? とアルシウスは辺りを見回す。

 そして階段を降りていく。


「南、下る……。…………あ」


 先頭を歩くエステラが階段を下り切ったところでガコンと硬いものがはまったような音がした。

 そして階段がガタガタと音を立てながら動き出す。

 正確には下方向へ向かって。


「やばい! 急いで階段から離れるんだ!」


 階段を降り切っていない私たちは慌てて飛び降りる。

 そして振り返れば、上りの階段が綺麗に下りの階段に変わっていた。

 どうやら一段ずつ高さが変わってできたようだ。


「……一体どんな仕掛けだい……⁉」


 驚きのあまり、鼓動が未だにドクドクと音を立てている。

 全身からは冷や汗が流れ、呼吸は荒いままだ。

 やがてそれは腹の痛みへと変わっていく。

 思わずその場に膝をついた。


「っく……」

「……大丈夫か⁉」


 私に気づいたアルシウスが駆け寄ってきた。

 体の負担を減らすように支えてくれたおかげで痛みも動悸も収まってきた。


「……もう大丈夫だよ。ありがとう」


 肩を借りて立ち上がる。腹の子は大丈夫そうだ。

 いつものように撫でれば、ぽこりと返事が返ってきた。


「本当に大丈夫なんだな?」

「大丈夫だよ。きっと突然のことに私もこの子も驚きすぎたんだろうね」


 階段が動き始めた時、どこまで落ちるのか分からなかったのもあって今までで一番驚いたのではないだろうか。


 ——いや怖かったのだ。

 落ちてどこまで行くのかわからない、無事で済むのか分からない状況に。


 それを一緒に味わった腹の子はもっと恐ろしかったに違いない。

 ごめんの意味を込めてもう一度腹を撫でた。


「さあ、リーダー。この後はどうするんだい? 一度ここを調べ直すかい? それともあの階段を下りてみるかい?」


 私の様子を気にしすぎているアルシウスに声をかければ、彼は気づいたように顔を上げた。

 そんな彼に微笑む。


「あ、ああ。えっと……、一度ここを調べ直そう。階段を下りて閉じ込められるかもしれないし」


 階段を下りた先には先程と同じ構造の通路が見える。

 上りの階段が下りに変じたことで現れたのだろう。

 つまり階段がまた上りに変わればこの場に戻れなくなる可能性があるということだ。

 具体的ではなくても、どういう構造、仕組みなのかある程度調べておいたほうが良いだろう。


「うむ。ならば、俺はこの階段を調べてみよう。動いたことでなにかわかるかもしれん」

「でしたら私もお手伝いします」


 エステラがパタパタとファイドロの後を追いかける。

 ファイドロの言い分も一理あるのでそのまま見送る。


「それじゃあ私たちはもう一度、あの古語を読んでみようか。見落としとか読み間違いもあるかもしれない」

「ああ、そうだな」


 アルシウスは私を伴って空間の中央へ戻る。

 そして以前見た古語が刻まれた床材を見る。


「やっぱり間違えてはいない、と思う。他に似たようなところは……」


 場所を変えながら床を見る。

 古語が刻まれているのは各方角ごとの四箇所だけだ。

 他はただの床材で手掛かりになるようなものはなさそうだ。


「なさそうだねえ……。やっぱり遺跡の仕組みをどこかに記しているわけもないか……」


 下にないなら上はどうだろうと天井を仰ぎながら独りごちる。

 今まで気づいていなかったが、この空間だけは天井が造られておらず、山の内部が剥き出しとなっていた。

 白い煉瓦で覆われていないそこはゴツゴツとした大きな岩が覗いている。


「ファイドロ! そっちはどうだ?」


 魔物の気配が一向にないので気にしないことにしたのだろう。

 階段を調べている二人に向かってアルシウスは声を張り上げた。

 そんな彼にファイドロは振り返って首を横に振る。


 やはり何もないか、とため息をついた時、私の横を赤い光が通り抜けた。


「────?」

「どうした?」


 通り抜けた精霊に首を傾げる私に気づいたアルシウスが訊ねた。

 見えていないのだから仕方がないか。


「今精霊が──っ!」


 精霊を目で追って天井を見上げる。

 視線の先で、精霊がしきりに警告を発していた。


「エステラ! ファイドロ! 今すぐそこから離れるんだ!」


 慌てて言ったのも束の間、上からパラパラと砂粒が落ちてきた。

 二人が何事かと目を見開いた直後、二人の姿はそこから消えていた。

 代わりにあるのは階段も含めた南側を埋め尽くすほどの大きな岩盤。


「エステラ! ファイドロ!」


 二人の無事を信じてアルシウスが助けに走る。

 しかし、精霊の警告はまだ終わっていない。


「ダメだ! アル! まだなにか──」


 アルシウスが岩盤までたどり着くか否かのところで、床が激しく揺れた。

 揺れに耐えられず、床に座り込んでしまった。

 下げてしまった視線を上げれば、岩盤の周辺に砂埃が舞っておりアルシウスの姿が見えない。


「アル!」


 呼びかけに答えはない。

 そして視界が開けると同時に、そこから影が吹き飛んだ。

 代わりにその場にいたのは巨大な赤黒いなにか。

 ぐるりとその大きな体を動かし、ついに目があった。


「──竜……。そんな、まさか……」


 槍を支えに立ち上がったところで見上げるほどの威容。

 大きな鱗に覆われ、人など容易く飲み込めそうな(あぎと)

 人一人分はありそうな尾を振り回すその存在は間違いなく竜だ。


 生まれて初めて遭遇する存在から放たれる圧は、他のどんな魔物よりも強い。

 なぜこんな存在に今まで気づかなかったのだろうか。

 気配察知で間違いなく気づけるはずなのに。


 赤黒い竜は長い首をもたげて私を睨む。

 大きな口からは牙が覗き、熱いほどの吐息が漏れる。

 その緩慢な動きには余裕がある。

 余程私は取るに足らない相手らしい。


 目だけを動かし、先ほどの影を探せば、東側の階段でアルシウスが倒れていた。

 わずかだが動いたのが見えた。

 衝撃で気絶したのか、とりあえず生きているようだ。

 なんとか状況を確認しに行きたいが、目の前の存在がそれを許すかどうかわからない。

 下手に動いて戦闘ともなれば、今の私どころか、かつての私でも勝てる見込みはないだろう。

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