047 つかの間の休憩
私たちは少し登った場所にあった岩場で腰を下ろした。
警戒はファイドロがしてくれている。
「ファイドロ、さっきはありがとう。助かったよ」
「良い。しかしお前が油断するとは珍しいな」
警戒をしたまま盾の状態を確認しているファイドロに言えば、こちらを見ることなく返ってきた。
油断した覚えはないのだが、結果として反応どころか気づくこともできていなかったので言い返すことができない。
これがぐうの音も出ないという状態か……。
「自分でも恥ずかしい限りだよ。しばらく離れていただけでこんなに鈍くなるなんて」
「速さについていけなかったのかもしれん。今までの狼型の中で群を抜いていたからな」
そうは言っても動きについていけないのは冒険者にとって致命的だ。
やはりアルシウスたちについていくだけではだめなのだと痛感する。
「理由はそれだけであってほしいものだね。——それより、どこか痛めていないかい?」
私をかばった際、ファイドロはだいぶ無理のある姿勢で防いでいた。
食いしばり方も今までに見たことがないほどだった。
どこか怪我でもしたのではないだろうか。
「……いや、大したことでは……」
ファイドロの視線が一瞬足首に向いた。そこを見れば少し腫れている。
「だめじゃないか。この先はまだあるんだ。怪我は早く治す」
立ち上がり、周りを見渡す。
たしか軽い怪我に効く薬草ならこのあたりでも採れるはずだ。
「本当に大したことではないから……」
後ろで止めるよう声をかけられたが、これは必要なことだ。
足を痛めていては移動に支障が出るし、戦闘でも悪影響があるかもしれない。
それにこういった怪我は時間が経てば酷くなるものだ。
「エステラ、悪いけどファイドロに治癒魔法を使ってくれるかい?」
疑問符を浮かべながらも近寄ってきたエステラに指示を出し、私は薬草を探す。
薬草自体はありふれたものなのですぐ見つかった。
それを数本摘み取って手で細かくちぎりすりつぶす。
すりつぶす際に少し魔力を流し込むことで効果が跳ね上がるという知識はなにかの本によるものだ。
エステラが治療している横からすりつぶした薬草を患部に塗る。
ちゃんとしたものではないので見た目は悪いが効果はあるはずだ。
「大丈夫か?」
しっかり休んでいたアルシウスも気づいたらしく様子を見に来た。
全員に囲まれている状態に流石のファイドロも肩身が狭そうだ。
「騒ぐほどの怪我じゃないけど、念のためしばらくは安静にしておいたほうが良いだろうねえ」
「治癒魔法でできることは終わりました。私も同じ意見です」
慣れない治癒魔法を使い汗を浮かべていたエステラは、それを拭いながら言った。
やはり本職ではない分疲れが出やすいようだ。
「……なら今日はここまでにしよう。エステラも魔力の回復が必要だろ?」
魔力の回復には相応の時間が必要だ。
慣れない治癒魔法で必要以上に消耗したと判断し、回復を待ったら日が暮れるという見込みなのだろうか。
ファイドロの状態のこともあるので異論はない。
「む……すまん……」
今までファイドロが理由で予定を変えることがなかったので、ファイドロは俯きがちだ。
謝るようなことではないのに。
「良いって。それにこのあたりは魔物除けが自生しているから、他所よりもマシだろ」
少し臭いけどな、とアルシウスは笑う。
魔物除けの野草の影響もあるが、密林を抜けてから漂っている異臭もある。
休むには少々気になる状況だが、魔物を警戒し続けるよりはまだ良いだろう。
それに異臭にもだいぶ慣れてきたので、あまり気にならなくなってきている。
「それもそうだねえ。落ち着いて休めるほうが私としても気が楽だよ」
「決まりだな」
「それならリーゼさん、先程の薬草と薬の作り方を教えてくれませんか?」
一晩という猶予ができたせいか、エステラはグイグイと私の腕を引く。
そんな彼女の様子に思わず微笑む。
あの引っ込み思案気味だったエステラがここまで意思を貫き通すようになるなんて。
「わかったわかった。見分け方は——」
薬草が生えていたあたりに膝をついて説明する。
それを熱心に聞いているのはやはりエステラらしい。
相手の熱量が高ければ教える側も熱がこもるものだ。
「このお花、よく見かけますけどそんな効果があるんですね。知りませんでした」
エステラは小さな花をつけている薬草を指先でつつく。
それに小さく揺れる花にエステラは微笑んだ。
きっと見た男性全員が惚れるのではないかと思うほどの可憐さがある。
ファイドロよ、急がないと他の男に取られてしまうぞ。
「気にすることは少ないからね。拠点に薬草の図鑑があるから、帰ったら読んでみなよ」
「はい、ぜひ」
お互いに笑いながらアルシウスたちの元へ戻って座る。
気づけばあたりはだいぶ暗くなってきた。
魔物除けの野草に火をつけ焚き火にする。
そしてそれぞれが保存食を取り出して夕食代わりにするのだった。
調理はしない。匂いで野獣や魔物が寄ってきてしまうからだ。野宿の鉄則である。
温かいものはせいぜいお湯ぐらいだ。
「……あとどれぐらいあるのでしょうか」
ぽつりとエステラがこぼした。
先の見えない旅に不安を覚えたのだろう。
この火山を登るだけでもあとどれぐらい時間がかかるのか予測できていない。
不安になるのも仕方ない。
「どうだろうねえ……。もうだいぶ登ってきたとは思うけど、山頂はまだ遠そうだねえ……」
斜面の先を見上げる。
歩いて登ることはできそうにない急斜面の先にあるはずの頂は見えない。
道もどこまで続いているのか……。
そっと腹に手を添える。
この子が生まれるまでにこの旅を終えられるのか、それとも一度仕切り直すことになるのか。
先のことを思ってふと不安になった。するとぽこりと腹の子が動いた気がした。
「そうだよねえ。私が弱気になっていちゃいけないよねえ」
腹を撫でながら声をかければ大人しくなった。
きっと私を叱咤してくれたのだろう。実に頼りになる子だ。
そんな私の様子を全員が見ていた。
おかしなものを見るような目ではなく、暖かく見守るような目だ。
そんな彼らに私は照れたのを隠すようにはにかんだ。




