046 すごく臭っ!
密林を抜けてからは白っぽい背の低い草ばかりが生えている。
そのため大変見晴らしは良いのだが、やはり景色が変わらない。
旅の醍醐味とも言える楽しみがないのは少々寂しいものだ。
黙々と登り続けて、気配察知スキルで魔物の気配をとらえた。
アルシウスたちも気づいたらしく、気配のある方向に警戒を向ける。
私を庇うように位置取りをさせていることに申し訳なく思いながらも、少し距離を取った。
「──シルバーウルフ⁉︎」
その姿が見えた瞬間アルシウスが叫んだ。
足場が狭い環境ではかなりタチが悪い魔物だ。
周りの景色に同化するような色味は、この環境に適応したものだったのだろうか。
「どうする、一度撤退するか?」
「いや、ダメだ。もう見つかってる。この環境だと隠れられないし、密林に逃げ込むにも離れ過ぎてる」
「なら迎撃しかありませんが、シルバーウルフ相手に通用するかどうか……」
「どちらにしても戦いは避けられない。なら最善手を取るしかないだろ」
そう言ってアルシウスは次々と指示を出し、自らもこちらを睨む魔物に向かって駆けていく。
私たちが動き始めたことでシルバーウルフも飛びかかってきた。
その動きを予測していたかのように、正確な場所にエステラの魔法が直撃した。
更に追撃するようにアルシウスも斬り込む。
魔法による爆煙が晴れる前に距離を取って様子を窺う。
少しずつ視界がひらけていくと、ほとんど無傷のシルバーウルフの姿が浮かび上がった。
「あれで無傷かい……」
後のことを気にして強力な一撃ではなかったとはいえ、エステラの魔法を受けても無傷というのは流石に驚く。
シルバーウルフは魔法に耐性があるのだろうか。
そのような記録は見たことがないのだが……。
属性の相性も問題ないはずだ。
「なあ、なんであいつこの臭いの中で平気なんだよ……」
密林を抜けたあたりから漂っている異臭は未だにある。
強い臭いに弱いのは狼型なら変わらない。
なのでこの臭いの中ならシルバーウルフは多少なりとも動きが鈍るはずなのだ。
「環境に適応したのかもしれん……っ!」
そう言いながらファイドロが前に出てシルバーウルフの突進を防いだ。
威力が強いのか、盾が大きく動き、シルバーウルフもこちらに向かって飛び出す。
すかさずアルシウスが斬りつけるが表面を少しだけ傷つけただけにとどまった。
「くそっ!」
少し距離を取り直したアルシウスが剣を構え直して、魔物の状態を確認したのか吐き捨てた。
このままでは決着はつかないだろう。
それどころか私たちのほうが足場を失って落ちる可能性がある。
早いところ倒すか追い払うしかない。
戦況を見ながらなにかないかと必死に考える。
戦えない私にはそれしかできることがないのだ。
仲間たちが必死に策を練っては実行している間も、動きを観察し打開策を考える。
シルバーウルフの動きは他の狼型と変わらない。
違いはその色と硬さだ。
対してこちらで戦えるのは剣士、魔術師、守護者の三人。
周りにあるのは白っぽい小さめの石と、似たような色の雑草ぐらいだ。
「なにか手立ては……!」
ままならない状況に焦りばかりが募る。
私も戦えば状況は変わるだろうか、と考えて頭を振る。
それでも変わらないだろう。
剣も魔法もまともに効いていないのだから。
ここはやはり倒すのではなく追い払うか逃げるための隙を作るしかないか。
しかしどうやって……。
「……えっ……?」
ほんの僅かな間のはずだ。
状況を変える何かを探してシルバーウルフから目を離した間に、横からゴンッと鈍い音がした。
横には滑り込むようにファイドロがおり、歯茎が見えるほどに食いしばっている。
「何をしている‼」
盾を払うように振って叫んだ。
振り払われたシルバーウルフは空中で体勢を直してきれいに着地した。
目を離した僅かな時間で私を標的にされたようだ。
「ご、ごめん」
私が謝っている間も戦闘は続く。
エステラが魔法を放ち、アルシウスが剣を振る。
そんな彼らを援護するためにファイドロも駆け出す。
「…………避けた?」
偶然かもしれないが、そんな動きの最中にシルバーウルフが不自然な場所を駆け抜けた様に見えた。
特別おかしなところはないように見えるのだが、何故避けたのだろうか。
シルバーウルフが通らなかった場所を観察する。
もちろん同じ失敗はしないように魔物の動きは常に追っている。
その場所は他と何ら変わらないように見えるが、よく観察すれば少しだけ変わった草が混ざっていた。
茎が長い白い花がぽつりぽつりと生えているのだ。
私は気づかれないようにそれに近づいた。
ある程度近づいたところで、鼻をつまみたくなるような酷い臭いが漂ってきた。
おそらくシルバーウルフが避けた原因はこれだろう。
この臭いの範囲を広げられれば撤退できるかもしれない。
臭いを広げるなら……。
「みんなこっちへ!」
私は触媒に魔力を流して魔法を放った。
槍を使うのも触媒を使うのも本当に久しぶりだ。
放った魔法は魔物ではなく臭いを出している花だ。
火魔法で燃え上がった花は更に強い臭気を周りに撒き散らす。
更にそれを広い範囲に広げるために風魔法も使う。
燃える熱気や煙とともに臭気もシルバーウルフに向かって広がっているはずだ。
私の合図に三人がこちらに向かってくるとともに、シルバーウルフは子犬のような鳴き声を短く上げて逃げていった。
「げほっ、ごほっ……! 何だよこれ! すごく臭っ!」
標的からこちらに向かって走ったため煙と臭いの直撃を受けた三人は激しくむせた。
現在は風上にいるので幾分かマシになっているはずだが、落ち着くまでに時間がかかりそうだ。
「花だよ。見たことがない種類だからこのあたり特有のものじゃないかい?」
「あー、だめだ。臭いが強烈過ぎて気を失いそう……」
そう言いながらアルシウスは地面に寝転んだ。息が上がっているのか、胸が大きく上下している。
確かにかなり強い臭いだが気絶するほどだろうか。
それなら既に私はえずいていそうだが……。
「でもおかげで撤退も進行もできそうですね……」
シルバーウルフが逃げた今、私たちは進むも戻るも選ぶことができる。
幸い戦闘での消耗は少ない方だ。
この先へ進むのも無理な話ではないだろう。
「……ああ。一旦別の場所で休憩してから先に進もう」
ムクリと体を起こしたアルシウスが指示して、花の影響を受けない少し進んだ先で休憩することになった。




