043 小さな集落
到着した集落はほんの数世帯しかなさそうなこぢんまりとしたところだった。
建物は雨風さえ凌げれば良いという思想が透けて見えるほど簡素だ。
同じ王国内とは思えないほどの違いだ。
「とりあえず手分けして聞き込みをしてみよう。三〇分後に中央で」
アルシウスの号令でそれぞれがバラバラの場所に向かう。
私が最初に向かったのは近くの家だ。
その家の前で作業をしている女性に声をかけた。
「ちょっといいかい? 少し聞きたいことがあるんだけど——」
「……はい? なんでしょう」
女性は作業する手を止め私を見た。
随分とやせ細った体格をしている。
一瞬近所の農地で働いている人たちの姿がちらついた。
「このあたりに古い伝承とかはあるかい? 例えば、珍しい杖とか器とか」
こうやって改めて口にすると、なんとも滑稽な話だ。
杖や器の伝説とは一体何なんだ。
そんなことを思いながらも女性の回答を待つ。しかし女性は首を振るだけだった。
仕方なくお礼を言って他の人をあたるが、やはりそちらも同じだ。
これだけ小さな集まりなら、特定の誰かだけ知っているという可能性は限りなく低いだろう。
「あ、そうだ。この集落に宿とか他所から来た人が泊まれるような場所はあるかい?」
最後の一人にも知らないと言われたところでふと思い出して訊ねた。
泊まる場所がないともなるとまた野宿だ。
藁のクッションで寝るのはできれば避けたい。
「いやあ、あいにくとこんな狭いところなんで、そんな大層なものはないよ」
「そうかい……」
その回答に私はがっくりと肩を落として集落の中央に向かった。
野宿かあ……。
中央にはエステラとファイドロが既にいた。
後はアルシウスが来るのを待つだけだ。
「……そっちはどうだった?」
私の問いに二人とも首を振る。
予想通りの結果にこの先が思いやられる。相当苦戦しそうだ。
「遅くなった。……その感じだと全員空振り、だな……」
遅れてやって来たアルシウスは、私たちの表情ですべてを察したらしい。
少しだけ暗い表情を浮かべてすぐに切り替えた。
「とりあえず、明日のために御者に確認した。あと一つだけなら集落を知っているらしい。今日は村の外で野宿して、明日その集落に向かうってことでいいか?」
どうやら泊まれる場所がないことも確認していたらしい。
「それは構わないんだけど、一つお願いがあるんだ。みんなと同じ様に外で過ごしたい」
「……なんで?」
「……贅沢を言って悪いんだけど、馬車の中が臭いんだよ……。それに藁でくしゃみが出る」
「なんだよそれ」
こちらは至って真面目に言っているのに何故か笑われた。
馬の臭いがするのは仕方ないにしても、藁のせいでくしゃみが止まらないのは本当に堪えるのだ。
「藁をそろそろ変えたほうが良いのではないか? だいぶ悪くなっているのだろう」
「とはいっても、このあたりではなさそうだぞ……。代用品を探すにしても勝手が違うし……」
「あの、それならあの葉っぱはどうでしょうか? どこの家でも使われているみたいですし、もしかしたら藁よりは良いかもしれません」
エステラが集落の外に見える樹を指さした。
その樹には巨大な葉がぶら下がっている。すこし光沢があり丈夫そうだ。
「……馬車で待っててくれ。ちょっと取ってくる」
「それなら私も!」
有無を言わさずアルシウスとエステラが集落の外に行ってしまった。
取り残された私とファイドロは苦笑いを浮かべて馬車に戻るのだった。
しばらくしてアルシウスとエステラは頭が隠れるほどの葉っぱを抱えて馬車まで戻ってきた。
一応集落の人に断りを入れているそうだが、いくらなんでも取りすぎだ。
そんな大量の大きな葉を馬車に積み込み、今夜の寝床を作ってくれた。
一度横になってみたが、少し滑りやすいものの藁よりも寝心地が良かった。
何枚も重ねて厚みがあるからかもしれないが、台の硬さも感じない。
「これならどうだ?」
「これなら大丈夫そうだよ。手間をかけたね」
起き上がってお礼を言えばエステラは満面の笑みを浮かべ、アルシウスは胸を張った。
これだけの量を取ってくるのも苦労しただろう。
今日ぐらいは大人しく言われた通りにしようか。
「それで今日はここで野宿するとして、次の集落も同じだったらどうするんだい?」
目下の問題はいまだに解決の糸口すら掴めていない。
次で何か得られなければ完全に手探りになる。
その場合は南部地域を手当たり次第に巡ることになるが、そのような過酷な旅に今の私が耐えられるかどうか……。
「──その場合は……火山地帯を優先に回ることになる」
少し迷ったようにアルシウスは言う。
言い淀むのも無理はない。
南部地域と言えば真っ先に出てくるのが火山だ。だが、今の私にはかなり厳しい場所でもある。
そんな場所に行かなければならないと告げるのも辛いことだろう。
「一応理由を聞いてもいいかい?」
「……リーゼの体調が今後悪くなっていくことを考慮して、険しいところから周るべきだと判断したんだ」
「引き返すか、私を待機させることは考えないのかい? 集落に行かないなら交渉も不要だろう?」
その判断はかろうじてユーリスの出した条件に反するか否かの境界だ。
危険な場所に行くことは即ち全員の安全を保障できないことになるのだから。
ユーリスとしては私の無事が最優先なので、危険な場所へは私を向かわせないという方法もあるはずだ。
ただし私がついていかなかった場合は、全員がなかなか戻ってこないと私も後を追うことになるかもしれないが。
「そうだけど……やっぱりこの四人でやるべきだと思うんだ。それに可能性が一番高いのも火山だと思う」
まあそうなるよね、と私は肩をすくめる。
南部地域の火山地帯は他のどの地域のそれよりも高い山がある。
〝天空の宝器〟があるならそこではないか、と考えたのは同じらしい。
名称からして高い場所にありそうなのだ。
しかし問題は、その火山がどういった場所なのか全くわからないということに尽きる。
地形どころかどれほど険しい環境なのかすらわからない。
場合によっては腹の子に良くないかもしれない。
「考えはわかった。だけどラィス、山道が険しいと判断したら私は迷わず降りるよ」
「……わかった。——それも仕方ないよな……」
そう言いながらもアルシウスは少し納得していないようだった。
それでも大人しく引き下がったのは出会った頃の彼からは想像もできない変化だ。
「さあ、そろそろ暗くなってきましたし、野宿の準備を終わらせましょう?」
私とアルシウスの間に流れる微妙な空気を感じ取ったのか、エステラが努めて明るく言った。
それにファイドロが静かに焚き火の準備を始める。
この日の夜は静かに更けていった。




