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042 触らせてもらっても良いですか?

 ガッタンゴットンと馬車らしからぬ音を立てながら馬車は進む。

 道は均されておらず、かろうじて道と判別できる程度のものだ。

 時々車輪が大きめの石に乗り上げて大きく揺れる。

 はじめこそエステラが驚いて悲鳴を上げていたが、流石に慣れたというべきか疲れたというべきか、今となってはそんな可愛らしい反応はない。


「随分と樹が多いな。日が入ってこないし……」


 外を眺めながらアルシウスが言う。

 確かに、他の地域と比べると薄暗く感じる。

 他の地域では見られないような大きな葉をつけた樹が多いせいだろう。

 一枚一枚が腕よりも大きそうだ。


 なんとなく腹を撫でる。

 痛みや違和感があったわけではなくもう癖のようなものなのだが、それに気づいたアルシウスが不安げに声を掛けた。


「痛むのか?」

「違うよ。もう癖みたいなものだね。なにもなくても触っちゃうんだよ。それに南部に入ってからこの揺れが気に入ったみたいでおとなしいんだよね」

「そっか……」


 アルシウスは再び外に視線を向けた。

 まるで私を視界に入れないようにしているようで、私は首を傾げた。

 外の景色もこれといって変わり映えもないので、ずっと眺めてられるようなものでもないのに。


「リーゼさん、触らせてもらっても良いですか?」


 アルシウスと同じように腹を撫でたのに気づいたエステラが興味津々といった様子で訊ねた。


「良いよ。でも動いているかなんてそんなにわからないよ?」


 それでも良いとエステラはそっと優しく触れる。

 おそらくそれぐらいでは動いても気づかないだろう。

 実際、少しだけ胎動があったものの、エステラがそれに気づいた気配はない。


「うーん、確かにわからないものですね……」


 エステラはさみしげに目を伏せて手を離した。

 少し可哀想な気がしたが、こればかりは慣れなのでいたしかたないだろう。

 他人への力加減など何度も試せるものでもないのだから。


「いつかエステラもこうなる日が来るのかもしれないねえ……。その時にはきっと分かると思うよ」


 そうこぼせば、エステラは驚きに目を見開いた。

 そんなにおかしなことを言っただろうか。女であればいつかは経験することだと思うのだが……。


「……考えたこともありませんでした……」


 ファイドロ、お前はちゃんとエステラに想いを伝えているのか? と訊ねたくなった。

 それほどまでにエステラに伝わっていないようだ。

 それとも二人の将来設計は付き合うところまでで終わっているのだろうか……。

 そんな思いを込めて正面に座るファイドロを見た。

 するとファイドロは幼馴染に倣うように外に視線を向けた。似た者同士である。

 いや、自分の気持ちに素直な分アルシウスの方がマシか……。


「なんで目を逸らすんだい?」

「……………………」


 なんとなく訊ねてみれば、ファイドロに無視された。これは流石に心外だ。

 抗議も兼ねてため息をつき、エステラと雑談することにした。


 そんな調子で進み続けて夜になった。

 他所の街道とは違って整備されていない道を夜間に進むのは危険と判断して、馬の休息も兼ねて野営することになった。

 御者は馬の世話をしてから休むらしい。


「リーゼさんは中で休んでください。長旅で疲れましたよね?」


 馬車の近くで火を起こしたところでエステラにそう言われた。

 疲れたと言ってもずっと座ったままだったからなだけで、気を使われるほどではない。

 それなら全員同じはずだ。


「気にするほどでもないよ」

「ダメです! リーゼさんになにかあったらユーリスさんに怒られてしまいます。だからリーゼさんは中で休んでください! 見張りは私たちがやりますから!」


 すごい剣幕でエステラはぐいぐいと私を馬車に押し込めた。

 これは本気で出してくれそうにない。

 諦めて多めに積んだクッションの上にそのまま横になることにした。


「っくしゅん!」


 クッションの藁の匂いに顔を顰めるとともにくしゃみが出た。

 これは眠れるのだろうか……。

 外からは三人の話し声が聞こえる。この調子なら一緒に外にいたほうが良い気がする。


 結局あまり眠ることもできずに夜は明けていった——。




 朝日が登るとともに馬車は動き出した。

 舗装されていない悪路を元気良く走り抜ける。

 馬たちは私の代わりにしっかり休めたようだ。


「御者の話だと、今日中には近くの集落に着くそうだ。今日はそこで情報収集して一泊しよう」

「さすが王家の御者は違うねえ。ほとんど情報がない南部地域も詳しくていらっしゃる」


 私がそう言えば、アルシウスが「そう言うな」と肩を竦めた。

 御者に悪く取られることを気にしたのだろう。

 それがどの様に王家に伝えられるかわからないのだから。


「集落で情報を集めるとしてその後はどうする。集落というからには翌日も何か聞いて回るほどの規模でもないだろう?」


 腕組みをしながらファイドロが訊ねる。

 村ではなく集落というからには住民はそれほど多くないだろう。

 到着が夕方であったとしても今日中にはなんとかなってしまうかもしれない。

 そうなれば一泊するにしてもその後の予定はある程度考えておかなければならない。


「それはどんな情報を得られるか次第じゃないか? なにも得られなければ次の集落に向かうだけだろ」

「そうは言っても、次の集落の場所がわからないだろう。御者はどこまで把握しているんだ?」


 次に向かうにしても御者が集落の場所を知らなければ向かうことは叶わないだろう。

 今向かっている集落で知っている人がいれば良いが、いなかった場合はどうするのだろうか。


「…………。ごめん、そこまで考えてなかった。到着したら聞いておく」


 やってしまった、とアルシウスは額に手を当てる。

 通常ならあまり考えなくてもいいことなので、致し方ないのかもしれない。


 気づけば村のような景色が見えていた。目的地の集落だろう。

 全員で頷きあって馬車から降りる準備を始めた。

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