041 大切なもの
「——というわけで、見事な空振りだった」
拠点の掃除をしてから数日後。
アルシウスたちが帰ってきた。
わざわざ自宅まで訪ねてきて、報告してくれた。
北東部地域では結局なにも見つからなかったそうだ。
「嫌なところに行って空振りは堪えるねえ……。こっちは手紙を受け取ったよ。南西部地域も東部地域もそれらしいものはなかったそうだよ」
全員で天井を仰ぐ。
残るは南部地域だけだ。
その一地域で残り二つを見つけられるのだろうか。
「よりにもよって、か……。南部出身の知り合いはいないのかよ……」
「騎士にいないか聞いてみましたが、残念ながらいませんでしたね……」
力なく長椅子にもたれかかっているアルシウスに、ユーリスが眉尻を下げて言った。
騎士は国内各地から集まってくるが、流石にそれでも南部出身はいないということはそれほどまでに人口が少ない地域ということなのだろう。
単純に外に興味がある人は少ないということなのかもしれないが、これは集落探しも苦戦しそうだ。
「くそっ……。これだとどれぐらい時間がかかるのか予想もつかない! リーゼのことを考えると短期で終わらせる必要があるが……」
私を見てアルシウスは言う。
確かに悪阻も落ち着いた今となっては同行することは可能だろう。
しかし南部地域には神殿がない。
北東部地域以上に時間がかかるともなると、いざという時に神殿に間に合わない可能性もある。
可能なら臨月までに終わらせられれば良いのだが……。
「待ってください! まさかリーゼさんを連れて行くつもりですか⁉」
「いや、そのつもりだけど……」
「それは流石に認められません! ただでさえ身重の状態なのに、そんな危険な場所に——」
珍しく声を荒らげて食って掛かるユーリスにアルシウスは瞑目した。
そして熟考するように時間を置き目を開けた。
「今回の件でわかったんだ。俺たちは見知らぬ土地でうまく立ち回れない。交渉も下手だ。だからリーゼには来てもらいたいんだ。もちろん危ない目には遭わせない」
「しかし……!」
「戦闘には絶対に参加させない。身を守ることぐらいはさせるかもしれないけど、前線に立たせることはしないって約束する。だから、頼む……!」
アルシウスは立ち上がってユーリスに向かって頭を下げた。
しかしユーリスに許す気はなさそうだ。
そんな光景にため息をついた。
「……ユーリス。元はと言えば私が悪いんだ。こんな状況で——」
「馬鹿なことを言わないでください! リーゼさんに非なんてなにもないじゃないですか。第一こんな依頼を受けなければ起こらなかった問題なんです!」
「ユーリス‼ ……ごめん、みんな。今日は帰ってくれるかい? ちゃんと話をつけたら拠点に行くから」
明らかに理性的ではない状況では良い結果は出ないだろう。
ここは仕切り直すべきだと判断した。
私の意図を汲み取ったらしい三人は黙って家を出ていった。
扉が閉まったのを見届けて、私はユーリスを優しく抱きしめた。
「ユーリス。心配しているから言ってくれたのはわかってる」
「なら、なんで断らないんですか……」
強く抱きしめ返すユーリスは僅かに震えていた。
そんな彼に全身を預ける。
本当なら行きたくない。ユーリスのもとで安心してこの子を迎えたい。
そんな思いを伝えたかった。
「…………ごめん」
でもそれを口にしてしまえば、今まで築き上げてきたものが全て崩れ去ってしまいそうでできなかった。
自身の欲深さに嫌気が差す。
いつからこんなに多くの大切なものができてしまったのだろう。
「——少し考える時間をください」
「うん……」
触れ合う場所から伝わる体温は温かいはずなのに、どこかひんやりと空虚な感じがした。
それからというもの、私とユーリスの間はどこがギクシャクしていた。
怒っているわけではないのに、素っ気なさ以上のものを感じることもある。
それが伝わってしまっているのか、ご近所さんも不安げに見ている気がする。
時にはなにかあったのかと訊ねる人もいるぐらいだ。
「……考えたのですが……」
朝食を囲みながらユーリスがポツリとこぼした。
まるでどう切り出そうか迷っているかのように口をモゴモゴと動かしている。
「どうしたんだい?」
きっとやはりまだ反対だと言いたいのだろうと思いながらも続きを促す。
こればかりはお互いに気持ちに向き合うしかない。
「……子供の名前なのですが、男の子ならリーデル、女の子ならリーリアでどうでしょうか……?」
予想外の話に呆然とした。
そして言われたことを理解してぷっと吹き出すように笑ってしまった。
「ふふっ……、なんでこのタイミングなんだい……?」
よりにもよって今まで考えられないほど険悪な状況でその話題を切り出されたことに笑いが止まらない。
機嫌が悪かったり、素っ気なく感じたのはそんなことを考えていたからなのだろうか。
「えっ……いや、それは……」
答えようとしてユーリスの顔がどんどん赤くなっていく。
そしてそれも最高潮に達したところでボソリとつぶやく。
「リーゼさんが怒っているんじゃないかと思って、明るい話題を出すのが良いかなと……」
もしかしたらお互いに意識しすぎていたのかもしれない。
そんなすれ違いが私の笑いに拍車をかける。
それにユーリスがあたふたと手を伸ばす。
「なんで私が怒るんだい? ねえ、パパは酷いよねえ。リーデル、リーリア?」
まだそれほど大きくなっていない腹を撫でながら言えば、いつもより強めの胎動を感じた。
それに微笑む。まるで声掛けに応じているように感じる。
「良いんですか……?」
「なにがだい? 良い名前じゃないか。この子も喜んでるよ。きっとね」
再び強めの胎動があった。
それが愛おしくて腹を撫でる。
そんな様子にユーリスも微笑んだ。
「よかった……。すごく考えましたから。きっと生まれてくる子はリーゼさんによく似てとても可愛いか、頼りがいがあるんだろうなって」
近寄ってきたユーリスはそのまま私の腹に手を添える。
そして意を決するように息を吐き出した。
「——今日これから拠点にいきましょう」
あの日とは違う冷静な眼差しで、ユーリスは言った。
■■■
ユーリスとともに拠点にやって来た私は、すぐにアルシウスたちと向き合うことになった。
彼らは相当待ちわびていたようで、迎え入れる際には柔らかく息を吐きだしていた。
「……二人の結論を聞かせてくれるか?」
口火を切ったのはアルシウスだ。
拠点に住み始めた頃とは打って変わってリーダーらしく落ち着いている。
「俺からの条件は二つです。この条件を守ってくれるなら同行を認めます」
「条件というのは?」
「……一つはなにかあれば、どんな状況でも必ず王都に引き返すこと。もう一つは、皆さんの安全を第一にすることです」
言葉を選ぶようにゆっくり語ったユーリスにアルシウスは首をひねった。
「王都に引き返すことは理解できるが、俺たちの安全を優先するのか? リーゼではなく?」
アルシウスの問いにユーリスは頷いた。
あの日とは違って冷静さを保っているが片手を拳にして震わせている。
きっとかなり耐えているのだろう。
「はい。いくら皆さんがリーゼさんを守ろうと、皆さんになにかあってはリーゼさんが前に出かねません。それではリーゼさんを危険に晒します」
「…………。わかった。善処する。ただし、向かうのは南部地域だ。常に、は難しいかもしれない」
目線で【アストラ】のメンバーに確認した後にアルシウスが言った。
先程とは違って真剣だ。
「その時は迷わず王都に戻ってください。そのための一つ目の条件です」
彼なりに冒険者の仕事を調べたのだろう。
そして私たちの性質をよく理解している。
確かにメンバーの誰かになにかあれば、間違いなく私は後方支援をやめて前に出るだろう。
そうなれば自ら危険の前に飛び出ることになり、最悪の事態も起こり得る。
「それなら一つ条件を付け加えて欲しい。明らかに危険という状況でなければ、王都ではなく近隣の村などへ引き返す形にしたい。俺たちも仕事なんだ」
なにかあるたびに王都に引き返していては、不必要に探索に時間をかけることになってしまう。
依頼では期限を定められていないとはいえ、あまり時間を掛け過ぎれば依頼主の不興を買いかねない。
だからせめて、明らかに危ないわけでなければ引き返すのは近場にしたいということなのだろう。
「……わかりました。ただし、危険でなくてもリーゼさんの身になにかあれば絶対に王都に戻ってください。これだけは譲れません」
「————。……わかった。約束する」
ユーリスの気迫に、アルシウスは長く瞑目してそう言った。
互いに手を出して固く握手をする。
これでユーリスも少しは肩の荷を下ろせるだろうか。
「……それで、子供の名前は決まったのか?」
握手を終えてすぐにアルシウスが思いついたかのように訊ねた。
脈絡のない問いにユーリスも私も固まった。
「——子供が生まれたら、男の子ならリーデル、女の子ならリーリアと名付けようと思います」
硬直から立ち直ったユーリスが真面目に答えると、アルシウスは腹を抱えて笑い始めた。
「ははっ! お前、どれだけリーゼのことが好きなんだよ!」
その意味が分からずユーリスだけでなく私も疑問符を浮かべるしかなかった。
結局アルシウスが言った意味を理解するのに数日かかることになった。
その後、準備を整えるため翌日の朝に出発することを決めて解散となった。
向かう先は王国内でも屈指の未踏区域が多い南部地域。
準備にはかなり念を入れなければならないだろう。
4章完結です。
身重で向かう先は、情報の少ない南部地域。
そこで【アストラ】を待ち受けているものとは——。
物語はいよいよ最大の転換点、激動の5章へ続きます。




