040 方々からの返事
王都に戻ってきて三月ほど経った。
私を最も苦しめていた悪阻もだいぶ収まり、代わりに服の上からでもわかるほどに腹が出始めた。
それまでは悪阻のせいで体を動かすのを控えていたのだが、調子がいい日は極力外に出て動くようにしている。
そうでもしないとそのうち起き上がることすらできなくなりそうなのだ。
「あら、奥さん。今日は大丈夫なんですか?」
「ああ。動かないと機嫌が悪くなるみたいでね」
糧食支援をしている小屋まで向かう途中でそんな会話をする。
実際、体を動かさないと伝わってくるものが少しだけ激しくなるのだ。
私はそれを腹の子の機嫌が悪いからだと思っている。
軽く挨拶を済ませて支援所の小屋へと再び向かう。
私が始めた改革は少しずつだが成果を見せ始めている。
最初こそ受け入れるばかりで人手が足りなかったが、支援所を手伝える人は増え、更には農地で働ける者も大勢出てきた。
お陰で農地での生産量は増えている。
収入も改善され、やせ細った人ばかりだったご近所さんもだいぶ健康的になった。
今ではあの夫婦が先頭に立って回してくれているのでほとんど私の手をかけずに済んでいる。
士爵の差配に任せる日も近いだろう。
「調子はどうだい? 困ったことは起きてないかい?」
小屋の中で仕切っている人に声をかける。
最初は料理の仕方すら知らない人ばかりで手が回っていなかった中の仕事も、皆手際よくこなしている。
そんな人たちを仕切るリーダー格の人物は、私に驚きながら、首を振った。
「大丈夫ですよ。人手も増えてきたので、外で待つ人も減ってきましたし。それよりも奥さんこそ無茶しないでくださいよ。大事なお体なんですから」
「ありがとう。大丈夫なことも確認できたから帰ることにするよ」
心配そうな表情に見送られ、宣言通り自宅に戻る。
大した距離ではないが、これだけで腹の子も大人しくなるので、案外ちょうどいい運動なのかもしれない。
自宅に着くと郵便物が届いていた。
送り主はセレディアでお世話になった船長からだ。
椅子に座って開封すると、荒々しい文字が綴られた手紙が出てきた。
書かれていたのは、以前依頼した三賜物に関する情報に関してだ。
「〝深海の秘杖〟についてならなにか出てくると思ったんだけどねえ……」
手紙には、手を尽くしたが何も分からなかった、ということが書かれていた。
セレディアだけでなく他の港町や海沿いの地域、更には可能な限りの知人や縁者にまで聞いてくれたそうだ。
それでも出てこないともなると、その地域にはないと見ていいだろう。
その名からおそらく海やそこに関連する場所にあるものと思っていたのだが、違うのだろうか。
「しかし、船長もだいぶ頑張ってくれたんだし、高い酒でも送っておくかねえ」
頼んだときはまさかこんなに手をかけてもらうことになるとは思っていなかった。
なので返事をもらった後のお礼については何も考えていなかったのだ。
仕事がないからと酒場に入り浸るような人なのだから、きっと高い酒は喜んでくれることだろう。
労働の対価に見合うかどうかは分からないが……。
そんな算段を付けつつ手紙をしたためる。
船長だけでなく関わったすべての人へ向けて感謝を書き綴る。
気づけば便箋一枚を使い切っていた。
そんな自分に苦笑いしながら封筒に便箋を収めた。
そういえば、エステラの故郷からもそろそろ返事が来ているのではないだろうか。
明日あたりにでも拠点を見に行ってみよう。
船長からの返事で南西部地域とその他の海岸地域には求めるものはないとなると、あと残るのは東部地域と南部地域、それからアルシウスたちが調査中の北東部地域ぐらいだ。
東部地域についてはエステラの家族からの返事次第では調査の対象から外れる。
「南部地域、か……」
今一番考えないといけないのは南部地域だ。
結果的に最後になったというのもあるが、南部地域は他と比べてもなかなかに厄介な地域だ。
最大の難関は活火山だが、他にも人の手が入っていない土地が多く、更には王国から独立した小国も多いのだ。
小国はほぼ王国と敵対関係にあるので、入国して調査するのは難しいだろう。
そんな場所を除けば人が暮らしている土地など微々たるものだ。
大きな街はなく、あるのは小さな集落ぐらいだろう。
そんな集落が国の管理している地図に載っているはずもなく、集落を探すことさえ手探りになる。
南部地域で調査するのは一筋縄ではいかないだろう。
困ったな、と悩んでいる間に外はきれいな橙色に染まっていた。
そろそろユーリスが帰ってくるだろう。
夕食の準備をしようと立ち上がった。
■■■
翌日、予定通り拠点までやって来た。
しばらく誰も使っていないのもあり、扉を開けた瞬間に埃が吹き出してきた。
それにむせながらも扉を開け放つ。
中に入れば、いつかと同じ様に整理された室内が視界に広がる。
ただし、僅かばかりに埃が積もっているが。
先に清掃でもしておくか……。
窓も開け放ち、掃除道具を片手に掃除を始める。
至るところが汚れてしまっているので、一度手をつけてしまえば細かなところまで気になってしまう。
最初は軽くやるつもりが、気づけば徹底的に掃除していた。
「やっぱり綺麗な方が良いよねえ」
談話室を一通り掃除し終えて腹を撫でる。
心なしか掃除前と後では腹から伝わる胎動が違う気がする。
この子はきっときれい好きなのだろう。
「さて、と……。目的のものはあったけど、どこにやったかな……」
掃除しながら郵便物があったのは確認していたのだが、どこに置いたか思い出せず探す。
しかしすぐに見つかったのは僥倖というべきか、流石というべきか。
郵便物はエステラ宛だが、本人からは開けて構わないと言われている。
送り主がエステラの家族であることを確認して開封した。
流石に個人的なものを開けてしまう訳にはいかない。
「……まあ、予想通りだねえ」
手紙には東部地域には関係しそうな情報はなかったと書かれていた。
公式の記録、噂話、伝承などを洗った結果とのことだった。
こちらもないと見ていいだろう。
ため息をついて天井を仰ぐ。
残すは南部地域のみ。
直接行って確かめる地域を減らせたのは良いがこの調子では南部地域も空振りになりそうな気がする。
そもそも存在しているかどうかが怪しい代物なのだ。
本当に実在しているのだろうか。と考えて頭を振る。
〝大地の聖草〟があった以上、他の二つも存在すると考えるのが妥当だ。
しかし、残りの二つが同じ地域にあるとは考え辛い。
もしそうであるならば、北西部地域にある方が自然だ。
こればかりは義父からの返事を待つ他ない。
「今は考えても仕方ないか。……とりあえず自分の部屋の片付けをしよう」
そう意を決して階段を登る。
この階段を使うのは随分と久しぶりだ。
部屋の扉を開ければ、談話室と同じ様に部屋の埃が舞う。
しかし思っていたほどではない。
私が拠点を出てからも誰かが掃除していてくれたのだろうか。
部屋に入ってからというもの、胎動が激しい。
やはり汚い部屋はお気に召さないらしい。
早いところ片付けて、自宅でゆっくりするとしよう。




