038 ユーリスの故郷
早朝、私は久しぶりに拠点を訪れた。
拠点の前にはすでに馬車が停まっており、メンバーも全員乗り込んでいた。
私も彼らに倣って馬車に乗り込む。
「ごめん、遅れたみたいだね」
「いや良い。俺たちも今乗り込んだところなんだ」
そんな挨拶も程々に、馬車は言われることなく動き始めた。
王家が貸してくれただけはあって乗り心地は非常に良い。
その代わり四人乗るには少々狭いが……。
馬車はいつの間にか王都の門を抜け街道を走っていた。
向かう先は北部の山岳地帯。
ユーリスの故郷であるロヒカルメ村だ。
「さて、馬車に乗っている間は暇だし、みんなに提案。念話スキルを習得しないかい?」
自宅から持ってきた資料を見せながら言えば、三人はきょとんと私を見た。
何を言っているのかわからないという顔だ。
時間はあるのでじっくり説明することにした。
「あれば便利だけど、どうやって覚えるんだよ……。戦闘系みたいに魔物を倒しまくるとか、そんな簡単なものじゃないだろ、それ……」
全員で天井を仰ぐ。
確かにどうすれば良いのか皆目見当がつかない。
スキルの習得は狙ってできるほど体系化されていない。
とりあえず魔物を倒し続けていたら、剣技強化のスキルを覚えていた、というぐらい漠然としたことしかわかっていないのだ。
一応そのスキルに関連する行動をすれば覚えられる可能性が高い、と言われているが、念話スキルの場合はどうすれば良いのだろうか。
ただ喋っているだけでいいのであれば誰でも覚えられそうだが、それならもっと知られているはずだ。
「——その話は後だな。魔物のお出ましだ」
それまで呆れたような顔をしていたアルシウスが外を覗く。
少し離れた場所に魔物の姿が見える。
私が休んでいる短期間に随分と広い範囲まで探知できるようになったものだ。
「あの場所なら無視しても襲われないと思うけど倒すのかい?」
「当たり前だろ? 放置して後でどこかで被害が出ないとも限らない」
へえ……、と感嘆の息を漏らす。
あのアルシウスが先のことまで考えて行動するようになるなんて。
私がいないほうが彼らのためになるんじゃないだろうか。
少し進んだ先で馬車を停めて降りる。
魔物との距離はあるので、馬車が巻き込まれることはないだろう。
全員で頷いて魔物に向かって駆け出す。
魔物は小型のワイルドボアだ。
久しぶりの実戦の肩慣らしには丁度いい相手だろう。
「俺が先に行く。ファイドロは援護、エステラは追撃を頼む。リーゼは……適当に頼む」
「適当ってなんだい⁉」
私の叫びなど聞こえていないかのようにアルシウスがワイルドボアに突っ込んだ。
そばではエステラが詠唱している。
ファイドロは付かず離れずの位置を維持して様子見だ。
もう三人で十分じゃないか……。私に何をしろと言うんだ。
ワイルドボアがアルシウスに引きつけられているうちにエステラの魔法が叩きつけられる。
爆煙が収まった頃にはワイルドボアはその場でノビていた。
私の出番は来ないまま終わってしまった。
「やっぱり私いなくてもいいんじゃないかい……?」
そんな私の呟きにギョッとなる三人。
慌てたように私のところまで駆けてきて必死に否定する。
その必死さに思わず笑ってしまった。
「なあ、あれ食えると思うか?」
地に伏せるワイルドボアを見ながらアルシウスが言った。
訊ねた先はファイドロだ。
「魔物肉は硬いと言っていなかったか?」
「でもあれの見た目はまんまイノシシだぞ? 意外といけるかも……」
そんなやり取りをする二人にエステラが苦笑いをしている。
「どういうことだい?」
「えっと……、最近の食材の値上がりで節約を……。お仕事中に倒した獣や魔物の肉を食べることが増えてるんです……」
訊ねたことを後悔した。
その原因は私だ……。
まさかこんなところに影響しているとは。
結局ワイルドボアは、そのまま次の街まで運んで売ることになった。
その後の道中は似たようなものだった。
馬車で移動して、時々魔物を倒して、食べられるか話し合って。
立ち寄った街で手に入れた肉を売って路銀を稼ぐ。
そんなことを繰り返してついに山岳地帯の麓の街に辿り着いた。
「ここからは歩きだな……。あー、結構登らないといけないぞ、あの山……」
馬車から降りて伸びをしたアルシウスが言った。
街から見える目的の山は、離れていても見上げるほどに高い。
ユーリスの話では山頂付近だというのだから、村にたどり着くにはかなり時間がかかりそうだ。
ちなみに馬車は山道が狭過ぎて無理だということだった。
「高いな……」
「高いですね……」
ファイドロとエステラが同時に見上げて言った。
やはり感想は変わらない。
「そんなことを言っても山が低くなるわけじゃないんだから、さっさと行くよ」
一向に動こうとしない三人にそう言って街を出る。
今から登れば日暮れまでには村に着くはずだ。
夜間の登山は危険なのだから。
そうして私たちは轍もほとんどない山道を登る。
山といってもほとんど植物が生えていない山肌が丸見えになっているような場所なので、景色を楽しむ要素がない。
時々現れる魔物を倒しては登りを繰り返してようやく辿り着いた頃にはすっかり日が暮れていた。
村の入り口は申し訳程度の枠があるのみで門そのものはない。
その周りも簡素な柵があるのみで、魔物の襲撃には耐えられないように見える。
見張も門番もいない村の門をくぐり、ユーリスから預かっている案内を頼りに進む。
最初に向かうのは村の一番奥にある村長の家だ。
そこは村の他の家よりは立派ではあるものの、手入れが行き届いていないのか所々傷んでいたり苔が生えたりしている。
雨漏りをするほどではなさそうだが、村長の家がこんな状態で大丈夫なのだろうか。
「すみません」
アルシウスが村長の家の近くにいた男に声をかければ、その人は不思議そうな顔をしてこちらにやって来た。
体格が良く日焼けもしているが、どことなくユーリスと同じ雰囲気を感じる人物だ。
「なんでしょう?」
「えっと、村長に会いたいのですが……。霊草についてお伺いしたいんです」
ユーリス曰く、この村では〝大地の聖草〟のことを〝霊草〟と呼んでいるらしい。
「なんでまたそんなものを……。村長なら家の中にいますので入ってください」
そう言って男は断りもなく村長の家の戸を開け、私たちを中に入れてくれた。
「村長、お客さんですよ。霊草について知りたいって」
「ん? まあ、こんなところまで。疲れただろう。こっちに来て休んでいきなさい」
案内された部屋には初老ぐらいの黒髪の男性がいた。
床に直接座ってお茶を飲んでいた。
私たちに向かって手招きするので、言われた通り部屋に入り休ませてもらうことにした。
「——それで、霊草の何について知りたいのかね」
なんてことのない聞き方だが、注視しなければ気付かないものながらその眼光は鋭い。
私たちは頷きあって、私からユーリスの手紙を、アルシウスからは手帳を渡した。
手紙の中は読んでいないが、ユーリスが言うには霊草を譲って欲しいということと、他の三賜物について知っていることがあれば教えてほしいということが書かれているそうだ。
村長は手紙をじっくり読むと、手帳の表紙を撫でた。
その表情は少し懐かしそうに見えた。
そして村長は立ち上がって外に行ってしまった。
私たちはどうすればいいのだろうか。
「ヨースト! あれを持ってきて差し上げなさい」
そんな村長の声が聞こえたと思ったら、先ほどのような鋭さもなくなった優しげな笑みを浮かべて村長が戻ってきた。
元いた場所にどすりと座って膝を打つ。
「──それで、リーゼさんとはどちらかね?」
突然の問いに呆気に取られながら私だと名乗り出ると、村長が満面の笑みで私の手を取った。
「ユーリスと結婚してくれてありがとう。あいつは少しぼうっとしたところもあるから苦労するだろう? 全くこんな別嬪さんと結婚して、式に父を呼ばんとは……」
父──? そう首を傾げて一拍。
「え、ユーリスのお父様⁉︎」
「お父様など、そんなお上品な呼び方はしなくていい。気軽に父と呼んでくれ」
快活に笑う村長改め義父は、やって来たばかりの男を手招いて、自身の隣に座らせた。
「紹介しよう。これは私の息子のヨースト。ユーリスの兄だ」
「は、はじめまして?」
突然紹介されたヨーストは困惑気味に言った。
突然の振りなのだから仕方がない反応だ。
それにしても私は本当にユーリスのことを何も知らないのだと実感する。
彼の実家が村長の家柄だなんて知らなかった。
更には兄がいるとは聞いてはいたが、どんな人物なのかまでは知らないのだから。
「ヨースト、こちらはリーゼさん。お前の義妹だ」
「……はあ⁉︎ いやちょっと待ってくださいよ。義妹って、ユーリスいつの間に──」
こんなやり取りを見ていると、声も見た目も似てないのにやはり兄弟なんだなと思う。
驚いた時の反応などそっくりだ。
それがおかしくて、ついつい笑ってしまった。
そんな私に気づいて、ヨーストは照れ隠しのように手に持っていたものを村長に渡した。
村長も笑いながら受け取って確認した。
「すまんすまん。私も驚いてつい……。さて、これがお望みの霊草だ。何に使うのかは知らないが、扱いには気をつけなさい」
霊草は煎じて飲めばなんでも治るという伝説がある。
だからだろうか。使い方にはなにか決まりがあるのかもしれない。
「わかりました」
受け取ったアルシウスはそれをじっくりと眺める。
遠目とはいえパッと見たところ、普通の野草それほど変わらないように見える。
「それで今日はどうするつもりかね? まさかこんな時間に山を降りるわけではあるまい」
考えていなかった。
とりあえず今日中に受け取ることを目標にしていただけなので、その後どこで夜を明かすのかまで考えが至っていなかったのだ。
「もしあてがないならうちに泊まって行きなさい。君たちなら歓迎しよう」
黙りこくる私たちを見て察したのだろう。
村長はそう言って奥の部屋を示した。
しかしその視線は私に向けられている。
「──ありがとうございます」
アルシウスの返事に喜びを浮かべた村長はいそいそとどこかへ消えていった。
そしてその日の晩、村全体を上げてのお祭り騒ぎとなった。
村人全員で私たちをもてなし、自分たちも飲めや歌えやとなかなか賑やかな夜となったのだった。




