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037 ずっとこのまま

「返事を聞きたい」

「三人では出来ないって判断したんだろう? わかったよ」


 まだ農地の問題が解決したばかりで新婚らしい生活を送れていないが、依頼を断れない以上願いに応えるしかないだろう。

 こうなれば断って長引かせるより早く片付けて戻ってくるに限る。


「……すまない」


 そんなやり取りをしている間にユーリスが戻ってきた。

 その手には小さな手帳がある。確か毎晩何かを書き込んでいたもののはずだ。


「故郷に行くなら、手紙を書きます。それとこれを持っていってください。手紙だけでは信じてもらえないかもしれないので」


 アルシウスが渡された手帳を受け取りながら「これは?」と訊ねた。

 私も中身までは知らない。

 個人的なことを書いているなら踏み込むべきではないとずっと触れずにいたのだ。


「俺の役目です。王都に来るまでの分なので、そのまま渡してしまって構いません」


 よく見れば、毎晩書き込んでいる手帳よりも古ぼけていて厚みもない。

 どうやら以前使っていたもののようだ。

 自身のことではないにしても、すぐに見分けがつかないとは我ながら情けない。


「役目ってどういうことだい? 中身を見られて困るものじゃないのかい?」


 私の問いにユーリスはまたしても首を振る。

 今更だが、私はユーリスのことをあまり知らないのかもしれない……。

 少しだけ寂しさが募る。


「俺たち〝流浪の民(ロヒツクシア)〟は一族ごとに役目があるんです。俺の役目は記録。その手帳には俺が王都に来るまでの間の見聞きしたことが書いてあります。村長(むらおさ)に納める物なので返してもらう必要はありません」

「わかった」


 ユーリスは私に向かって、見られる前提のものなんです、と困り顔で言った。

 機会があれば見せてもらおう。どんなことが書いてあるのだろうか。


「手紙はリーゼさんに渡しておきます。それでいいですか?」


 少しだけ自信がなさそうにユーリスが訊ねたので、私は頷いた。

 馬車で直接向かうなら、送るよりも持っていった方が確実だろう。


「じゃあ他の二つの場所も絞り込むために協力をお願いしてみようか。私からはセレディアに問い合わせの手紙を送っておくよ。返事が来たら頼めるかい?」


 移動しながらではすれ違いになるかもしれない。

 だから受け取りはユーリスに任せたい。そう思って訊ねれば快諾してくれた。

 本当によく出来た夫だ。感謝しかない。


「なら西部の探索は後回しだな。伝手がない地域は自力で探すしかないな。……そうだ、レフェスに記録がないか確認するよう手紙に書いてくれないか?」

「わかりました。書いておきます」

「東部はエステラの家族を頼れないかい? 領内だけでも調べられたら少しは楽になるから」

「帰ったら伝えておく」


 こうして遠方の知人への協力願いを出す段取りをして、アルシウスは帰っていった。


「明朝……ですか……」


 見送りを終えて、二人きりになった途端ユーリスが呟いた。

 寂しそうに目を伏せて、私の手を柔らかく撫でる。

 今朝のこともあって不安なのだろう。


「早く戻れるように頑張るよ」

「俺も、早く戻れるように協力します。道中でも何かあればすぐ連絡してください」


 向き合って私の手を取ったユーリスに私は微笑む。

 私のためになにかしようとしてくれる、その気持ちがとても嬉しい。


「ありがとう。頼りにしてる」


 朝早いなら今日はもう夕食を食べて早く寝ましょう、と夕食の準備を始めるユーリスの姿を見ながら考える。


 連絡——。

 確か、離れた場所にいる人と話すことができるスキルがあったはずだ。

 夕食を食べたら資料を探してみよう。


 ユーリスの後を追ってキッチンに入り、二人並んで料理する。

 二人で料理をするのは初めてではないだろうか。

 始めはうまく協力できなくて小さな失敗が続いたが、そんなことさえ笑い合っているうちに料理は出来上がっていた。

 そして食卓について、食べ終わるまでもあっという間だ。


「スキル関連は、確かこの辺に……。──あった」


 仕事関連の資料のほとんどは拠点に置いてきたのだが、まだちゃんと目を通せていない物は今の自宅に持ってきていた。

 その中に目的のものが含まれていたのは幸いだ。


 居室の長椅子に座ってパラパラとページをめくって目的のものを探すことしばらく。

 本の半ばあたりでようやくその記述を見つけた。


 資料にはスキルについて具体的なことは書かれていない。

 せいぜいこんな効果がある、ということぐらいだ。

 どうやったらそのスキルを使えるようになるのか、といった実用的なことは書かれていない。

 そもそもスキルについてわかっていることはほとんどない。

 いつの間にか覚えていたという事例ばかりなので、こうやって資料に残すことができないのだ。


「念話スキルを使える者同士じゃないといけないのかい……。少し不便だねえ……」


 短く書かれた説明にため息が漏れた。

 これではユーリスと話すには、ユーリスにも使えるようになってもらわなければいけない。

 戦うことも想定される仕事ではあるが、騎士は冒険者ほどスキルを重要視していないだろう。

 そんな彼に使えるようになって欲しいと頼むのは些か抵抗がある。


「難しい顔をしてどうしたんですか?」


 立って覗き込むようにしていたユーリスが訊ね、隣に座った。

 肩に頭を乗せて、同じ目線で資料を覗き込む。


「──スキルですか……。詳しくないので気にしてませんでしたが、結構な数があるんですね……」

「戦いばかりの冒険者じゃないと使うことがあまりないからねえ……。──このスキルなんだけど、これなら離れていても話ができると思うんだけど、どうだい?」


 一人で悩んだところで答えは出ない、と意を決して聞いてみれば、ユーリスも唸り声を上げた。

 耳元で聞こえる柔らかい声音がくすぐったい。


「……どうでしょう……。使えるようになるかどうかはわからないですね……。門番でもスキルを使うことはないので……」


 門番という魔物と出会う可能性がある立場でも、やはりスキルは使わないらしい。

 それが偶然なのかどうかはわからないが、使うことがない以上、新しく念話を使えるようにするのは難しいように思う。


「それなら仕方ないね……」


 資料を閉じ立ち上がる。

 そんな私の腰に腕が回された。そして長椅子に引き戻される。

 それに驚いて資料を落としてしまった。


「──ユーリス?」

「明日からの寂しさに耐えられるように、しばらくこうさせてください……」


 そんなことを言いながら私の背に頬擦りをする。その仕草が可愛らしい。

 それに寂しくなるのは私も同じだ。

 腰を捻るようにしてユーリスに向き合って抱きしめる。

 触れている箇所から少し熱いぐらいの温かな体温と鼓動が伝わってくる。


「それは私も同じだよ。だからこのまま……」


 ユーリスの腕が背に回されて、よりきつく抱きしめ合う。

 ずっとこのままでいられたらいいのに。


「……ユーリス、今朝は酷いことを言ってごめん」


 突然の謝罪に驚いたような気配がする。

 そして表情が緩んだ気がした。


「そんなこと……俺のためだって分かってますから……」


 彼は肩に頭を埋める。

 私の全てを包み込みたいかのような抱擁に、私も心の底から応えた。

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