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036 戻ってきて欲しい

 ようやく自宅に戻ってきた時にはすっかり夕暮れ時になっていた。

 家の前にはおろおろと周りを見回すユーリスの姿があって、思わず笑みがこぼれた。

 心配しすぎだ。


「ただいま」

「——! おかえりなさい!」


 私の声に反応したユーリスはぱっと表情を明るくして私を抱きしめた。

 私よりも少しだけ高い体温でも指先は少しだけ冷えていた。ずっと外で待っていたのかもしれない。

 今朝傷つけるようなことを言ったのに……。


「どこか怪我をしたりしていませんか? 酷いことはされていませんか?」

「イーヴォが連れて行ったから、何もされていないよ。だから大丈夫」

「よかった……。イーヴォは間に合ったんですね」


 大丈夫だと言ったのに、ユーリスは更に強く抱きしめ、肩口に額を押し付けた。

 そんな彼の背を優しく叩き、髪を撫でる。


「すごく絶妙な間だったよ。お陰であの男を殴らずに済んだ」

「その役目は俺がやりたかったです……」


 すごく残念そうな声音で言いながらも、額を更に擦り寄せる。

 少し甘えが始まっているようだ。


「おーい、いちゃつくのは良いけど、俺がいるの忘れないでくれない?」


 そんな声に視線を動かせば、自宅の扉から、アルシウスが顔を覗かせていた。

 その目はじっとりと虚ろだった。


「あ、すみません……。リーゼさんに用があるって待っていてくれたんです」


 忘れていた、とユーリスは顔を上げて言った。

 それは忘れてはいけないやつだ。

 そんな思いを込めてユーリスを見たが、彼は照れたような笑みを浮かべるだけだった。


 家の中に入り、居間でアルシウスと向き合う。

 彼とこうして会うのは随分と久しぶりに感じる。


「それでなんの用だい?」


 訊ねれば、アルシウスは迷っているかのように視線を彷徨わせて瞑目した。

 そして目を開けると同時に重そうな口を開いた。


「——パーティに戻ってきて欲しい」


 その言葉に私もユーリスも言葉を失った。


 休みをもらう際、私は確かに「しばらく」と言った。

 休み始めてそろそろ半年ではあるが、年単位で考えていた。

 それがわかっていたからエステラも必死に抗議していた——と思っていたのだが。


「どういうことだい? 最近は順調らしいじゃないか。急いで戻る理由はないと思うんだけど」

「状況が変わったんだ。……昨日、国王陛下からの依頼があった。その依頼を達成するにはリーゼもいた方が良い——そう判断した」


 視線を落としてアルシウスは自身の手を弄びながら話した。

 様子からして戻ってきて欲しいというのは不本意なもののようだ。


「依頼とは具体的にどんなものなんですか」

「……収集だ。三賜物(さんしぶつ)を集めてこい、と。正直どれぐらい時間がかかるかも予想できない」


 三賜物——神代の時代に神々が残したとされる三つの遺物。

 その所在を知る者はなく、おとぎ話に出てくるだけの架空の存在とも言われているものだ。

 なぜそんなものを集めろなどと……。


「アテはあるのかい? どこにあるのかもわからないものを探せなんて無茶にもほどがあるじゃないか」

「ああ。俺もそれは伝えたんだ。でも王家も知らない、とそれだけだ」

「なんでそんな依頼を受けたんだい……」


 呆れて言葉も出てこない。

 こんな割に合わないどころか、達成できる見込みもない依頼を受けるなんてらしくない。

 小さな依頼を受けるならわかるが、これはいくらなんでもないだろう。


「名指しだったんだ。しかも国王から拒否は認めないって、直接……」

「つまり、断りたくても断れなかったってことだね?」


 黙って頷くアルシウスにため息が出た。

 これは依頼ではなく命令ではないか。

 冒険者はそんな高いところから命令されるような立場ではないのに。

 ——いや、立場が低いからこそ厄介事を押し付けられたのか。

 体の良い使い捨ての駒といったところだろう。


 ちらりと隣に座るユーリスを見る。

 彼はずっとなにか真剣に考え込んでいるようだ。


「——ユーリス……」


 私の呼びかけにユーリスは驚いたようにこちらを見た。

 一体何を考えていたのだろうか。


「すみません。ちょっと考え込みすぎました……。三賜物ですが、一つだけどこにあるのかわかります。本当は話してはいけないのですが、瑠璃の一族なら話しても良いかなと」


 困った表情で言ったユーリスに、アルシウスは呆れたような顔になった。


「やっぱり気づいてたか……」

「ええ。皆さんに協力していただいた日に」

「一体何の話だい? 瑠璃の一族とか、協力した日って」


 二人が妙に親しくなっていると思えば、私の知らない話が飛び出したことに驚いた。

 そんなことをどちらからも一言も聞いた覚えがない。


「前、俺の目的の話をしたよな? その時に昔の王家の本家本元だって話したことを覚えてるか?」


 だいぶ前のことではあるが、そんな話があったと思う。

 たしか目立つことを良しとしない家柄だとか言っていたはずだ。


「ああ、言っていたね。それがどういうことなんだい?」

「——ユーリスと結婚したから話すが、俺たちは〝流浪の民(ロヒツクシア)〟という一族なんだ。かなり離れてはいるが、俺とユーリスは親戚ということになる」

「かなり大きな一族なので、俺たちはお互いのことを見た目の特徴で呼ぶんです。俺だったら黒曜、ラィスさんなら瑠璃って」


 話を聞いて、ずっとつけているピアスに触れる。

 ピアスに使われているのは黒曜石だ。

 その呼称は宝石を由来としているのだろうか。


「……アルシウスでいい」


 面倒になったのか、アルシウスはユーリスにそう名乗った。

 同じ一族なら明かしても良かったのかもしれないが。


「──それで、一つだけ心当たりがあるって話だけど……」

「はい。……三賜物の一つ、〝大地の聖草〟は俺の故郷にあります。村長(むらおさ)か兄に頼めば手に入るかと」

「なら他の遺物の手がかりもあったりしないのかい? おおよその場所とか、どんな見た目なのかとか」


 ユーリスは緩く首を振るだけだ。聖草のことしか知らないらしい。

 でも一つだけでも在処がわかったのは大きい。

 手がかりもなく探し歩くのは効率が悪いどころか費用も嵩みすぎる。


「……いつ出発するのですか?」

「できれば明朝。王家が馬車を貸してくれたんだ。御者も王家関係者だから、ずっと動かずにいるとすぐにばれる」


 馬車を出してもらっているなら費用の心配はあまりしなくていいだろうが、監視付きということらしい。

 御者ともなると一緒に行動することが多い分、些細なことでもすぐに知らされる可能性がある。

 依頼を達成する気がないと取られかねないので、下手な動きはできない。


 話を聞くなり、ユーリスは二階に消えていった。どうしたのだろうか。

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