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034 オトモダチ

 あれからしばらく。

 手はず通り、市場に並ぶ王都産の食材は辺境伯領産の九割程度まで値上がりした。

 商人たちの取り分もあるので農民たちの収入も三倍になったとまではいかないが、それでも王都で暮らすには十分な程度までは増えているはずだ。


 しかし物の値段が上がったことで困る人達も当然いる。

 その最たる例は寄る辺のない人たちだ。

 ただでさえもその日に食べる物すら手に入れられない人々は多い。

 そんな中での値上げだ。破格の値段でかろうじて食べれていた人たちも買えない値段になってしまっている。

 そんな人たちへも対策済みだ。


「奥さん、すんません、ちょっといいですか?」


 やって来たのはご近所さんだ。

 彼に伴って数人の女性と子供も来ているのが窓から見えた。

 衣服はぼろぼろ、手足も荒れ放題だ。


「ああ。農地で働くのは難しそうだねえ。炊事場はあるかい?」


 外に出て訊ねれば先頭に立っていた女性が首を振った。

 炊事場がないとなると食材をそのまま渡されても困るだろう。


「それじゃあ、西の支援所を案内してやってよ。もし働き口がないならそこで働いてもらってもいいから」

「わかりやした」


 連れてきたご近所さんは、彼らを再び連れて行った。


 これが路頭に迷う人たちへの対策だ。


 農地で取れる作物はすべてが売り物になるわけではない。

 見た目が悪い、収穫が遅く熟れすぎてしまった、傷みがあるなど何らかの理由で売り物にならないものは、それまで農民たちで食べるなりしていたのだが、そのほとんどは食べきれずに肥やしにされていた。

 それではもったいないので一度私たちでまとめて引き取って、糧食支援の形で食べ物に困っている人たちに配る。

 当然炊事をする人が必要なので、職がない大人で尚且つ農地で働くには少々弱っている人を雇う。

 そして働けるまで回復した人は人手が足りないところで働き、自らの金で生活を立て直す。


 時間はかかるし、仕組みを提供している私たちには何の利益もないが、こうやって少しずつ自らの足で立てるようになる人たちが増えていけば、食材の値上げで苦しむ人たちも多少は減るはずだ。


 今はまだ様子見の状況だが、効果が見られれば士爵の差配にしてくれるそうだ。

 それまではこうやって私が面倒を見る。

 他人に任せないのは、この仕組みの中に良からぬものが紛れ込まないようにするためだ。

 例えば先日の男爵とか。

 没落してなお高貴さを笠に着る者が紛れ込み、我が物顔で仕切り始めてはせっかくの改革が無駄になってしまう。

 この改革はあくまでまともな生活を送れない人々のためのものだ。

 それまで贅の限りを尽くして、自滅したやつの受け皿ではない。


「おはようございます」


 ひと段落したところでユーリスが二階から降りてきた。

 もう昼に近い時間ではあるが、昨夜は遅くまで働いていたので、今日は非番であるのもあって起こさなかったのだ。

 いつにも増して髪が跳ねているのでしっかり眠れたようだ。


「おはよう。朝食を用意しようか?」

「いえ……」


 ふらっと近寄ってきたユーリスはそのまま私を抱きしめて、額を擦り付ける。

 声も少し力ない。まだ眠いようだ。


「……ユーリス、このままだと何もできないんだけど?」


 すると眠そうな顔がこちらを見るので、触れるだけの口付けをする。

 途端にユーリスの顔が真っ赤に染まった。


「おはよう。目が覚めた?」


 驚きに口をぱくぱくさせたユーリスはそれを隠すように、強く抱きしめた。

 そこから彼のいつもより少し早い鼓動が聞こえてくる。


「……それはずるいです……」


 そう溢した彼の声はとてもか細かった。

 そんな姿が愛おしくて、寝癖を直すように指で髪を梳かす。

 彼から伝わってくる鼓動が少し早くなった気がした。

 そして首筋に触れる吐息も心なしか熱い気がする。


「昨夜はできなかったので……」


 いいですか? と小首を傾げるユーリスには先ほどまでの照れはない。


「ダメと言っても離さないくせに……」


 結局このままお昼まで二度寝することになってしまった。




■■■




 のんびりと昼食を食べた後、家のことはユーリスに任せて私は市場に出た。

 目的は食材の値段の確認もあるが、協力してくれたオトモダチとの交流をするためだ。

 彼らのつながりは特定の人たちとしか関わらない私よりも遥かに広い。

 下手をすれば、どこかの家庭の内情から、国の動向まで知っているのだから侮れない。


「やあ姐さん、今日は一人かい?」

「ああ。ユーリスは留守番だよ。誰かいないと訪ねてきた人を案内できないからね」

「違いない! 言われた通り、品を買えなくなった連中にはあんたを訪ねるよう伝えてるが問題ないか? 結構な人数が行ってると思うが……」

「問題ないよ。大勢が集まるだろうとは思っているからさ」


 オトモダチ──食材を扱う商人たちには、食材を買えずに困っている人に対して私とユーリスを頼るよう伝えてもらっている。

 だから我が家に人が集まってくるのだ。


「──ところで売れ行きの方はどうだい? 辺境伯領産に近くなったから売れにくくなってないか心配してるんだけど」

「ん? ああ、確かに売れにくくなってはいるが、元々割高だからな。少しでも安い方をって選ぶ客はいまだに多いぜ」


 そんなことを言いながら露天商は手招きをする。

 大声で言えないことがあるようだ。


「この前聞いた話だが、どこぞの伯爵家の次男が家から追い出されたらしい。次男自体も爵位があるから自立しろってことらしいが、連れていたのは執事の一人だけ、荷物はなしって話だ」

「おや、それはまた冷たい家があったもんだねえ」


 聞かずとも先日の男爵だろう。

 ついに実家にも見限られたというところか。

 いくら貴族といえど大人を何人も養う余裕はないらしい。


「ま、理由がなんであれ、売りもんにケチつけて安く買おうとする奴はお呼びじゃないね」


 露天商の言葉に思わず笑った。

 たぶん、そんな客に出会って調べた結果の噂話なのだろう。

 やはり商人の耳は侮れない。貴族の醜聞などそう簡単に得られないだろうに。


「とんだ客もいたもんだねえ。追い返したのかい?」

「当然! 他所も同じだったみたいだぞ。ありゃ、しばらく笑いもんだな」


 商人はくつくつと笑いながら手を動かす。

 包んでいるのは傷み始めている売り物だ。


「そんなことより、最近は冒険者パーティの話で持ちきりだよ。街道に出た魔物を倒してくれるってんで、商人仲間では評判だ」

「へえ、なんてパーティだい?」


 包みを受け取り、代金を支払う。もちろん他の品と同じ値段でだ。

 そういう約束になっているのだ。


「なんて言ったっけな……。──ああ、そうだ! 【アストラ】だ!」


 思いもよらない名前に驚いていると、露天商はしてやったりと意地悪い顔をした。

 代金を確認した露天商はそのまま「毎度あり!」と私を送った。


 その後他の露店も回ったが、どこも同じような話題だった。

 どうも【アストラ】は小さな依頼も積極的に受けているらしい。

 獣を狩って、それを肉屋に卸しているというのにはさすがに驚きを隠せなかった。

 休み始めてそれほど経っていないはずだが、私がいた頃とは大違いだ。

 随分と周りを見るようになったものだ。


 そんなことを考えながら、両手で抱えるほどになった包みを抱え直して帰路についた。




 包みを抱えて、小さな平屋の家に立ち寄る。

 士爵が善意で用意してくれた建物だ。


 家の前には粗末な露店がぽつんと建っており、少なくない人数が列をなしている。

 並んでいる人たち全員がやせ細っており、着ている衣服もぼろぼろだ。


「あ、奥さん! 来てくれたんですか。ご覧の通り大盛況です」


 私に気づいた一人が近くまでやってきてそう言った。

 彼にはこの露店の管理を任せているのだ。


「本当は大盛況じゃいけないんだけどねえ……」

「それはそうですが、助かっているのも事実ですよ。ここに来た人たちがまた他の人たちを連れてきているみたいで、私どもだけでは追いつかなくなってきました」


 露店で対応しているのは一人だけ。

 手際よくこなしてはいるが、たしかに大変そうだ。


「人を増やすしかないだろうねえ……。店先に立つことができそうな人はいないのかい?」


 これだけ人が集まっているのであれば、何人かは露店で働ける人がいそうだがいないのだろうか。


「いるにはいるんですが、なにぶん他人を怖がってしまうもんで……」


 立場の弱い人は何かと他人に利用される事が多い。

 鬱憤のはけ口として暴力にさらされたり、それこそ欲望のはけ口にされたり。

 そんな酷い扱いを受けた人たちが集まっているのだろう。

 私の配慮不足だ。


「そうか……、済まないね。中の仕事をさせられないかい? 代わりに今まで中で働いていた人を店先に出てもらうのはどうだい?」

「それならなんとか……。今すぐは難しいでしょうが……」


 中の仕事とは、露店で配っている糧食を作る仕事だ。

 私にとっては簡単な仕事だが、これまでまともな食事にありつけていなかった人たちにとっては未知の仕事だろう。

 すぐにできないのも仕方ないか。


「覚えてもらうまでは変えられないか。それまではなんとか我慢してもらえるかい?」

「そりゃもちろん。作る人が増えるのも助かりますからね」


 男を仕事に戻らせて、私は平屋の中に入った。

 それほど広くない建物の中にはそれなりの人数が寝泊まりしている。

 そしてキッチンでは数人の女性が料理をしていた。


「調子はどうだい?」


 声をかければその中の一人が振り返った。

 先程の男の妻だ。


「あ、奥さん。今仕事を教えているんです。手分けすれば今より早くできるかなって」

「おや、私が言う前に始めていたかい。それなら大丈夫そうだね。それから、これも使っていいよ」


 抱えていた包みをすべて渡す。

 傷み始めているから早く使うよう伝えることも忘れない。

 今の様子から心配する必要はないと思うが……。


「なにか困っていることはあるかい? 些細なことでもいいよ」

「それなら鍋が欲しいんです。一つじゃ間に合わなくて——」


 他にも要望が出てきたので覚えておこう。

 人手を増やすにあたって必要になるものが色々ありそうだ。

 足りないものは買って差し入れるとするか。




 自宅に戻ってきたときにはすっかり日が沈んでいた。

 中からは美味しそうな匂いが漂ってきている。ユーリスが作っているのだろう。


「ただいま」


 呼びかけても返事がない。相当集中して作っているようだ。

 これは今夜の夕食は期待できるだろう。

 彼が気合を入れて作ったものはどれもとても美味しいのだ。

 もちろんそうでなくても美味しいのだが。


 キッチンを覗き込めば、真剣な表情で鍋をかき混ぜているユーリスがいた。

 やはり相当集中している。私には気づいていなさそうだ。


 邪魔をしないようにそっとその場を離れて、浴室に行く。

 結構歩き回ったので全身ドロドロだ。


 さっと水を浴びれば、汚れと一緒に疲れも流れていくようだ。

 少しばかりの気怠さも無くなった気がする。

 水の冷たさで煮詰まりかけている思考もスッキリした。


「帰ってきていたんですね」


 着替えて居間に行けば、ちょうど食器を並べ終えたところだった。

 ユーリスは私を見つけて穏やかな笑みを浮かべた。


「ただいま。夕食の支度ありがとう。今日は何?」

「ラィスさんが肉を持ってきてくれたのでそれを。あとはスープですね。具材はご近所さんから」

「それは期待できそうだねえ」


 改革という名の男爵への嫌がらせを始めてから、私たちの生活は質素なものになった。

 そもそも私の収入がなくなったというのもあるが、糧食支援に必要な費用も出しているのもあってあまり贅沢はできないのだ。

 その代わり、ご近所からは余り物と称して時々とれた食材をいただく。

 あまり日持ちするものでもないので、いただいた日の夕食は豪勢になることが多いのだ。


 ユーリスは腕によりをかけました、と得意げに言った。


 二人で料理を卓に並べ、食卓を囲む。

 スープからは湯気と美味しそうな香りが立ち上っている。

 スプーンで掬って口に運べば、素朴ながら優しい味が広がった。


「美味しい……。これ、味付けはどうしたんだい? いつもと違うようだけど……」

「あ、それは——」


 真剣な表情で鍋に向かっていた姿を思い浮かべながら話を聞く。


 手間ひまをかけて作られた温かな料理に感謝しながら夜は更けていった。

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