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033 完璧な茶番劇

 使用人との交渉から二週間。士爵からの連絡はまだ来ていない。

 そろそろ動かないとしびれを切らせて向こうが動き出してしまうだろう。

 あれから向こうから何かされることはなかったのは幸いだ。

 一応ちゃんと頭はついていたらしい。


「そろそろ来てもおかしくはないと思うのですが……」


 ここしばらくのユーリスの口癖だ。

 彼自身もなかなか報せがないことにやきもきしているようだ。


 今日は珍しく雨が降っている。

 そのため畑には誰もいない。

 こういう時ぐらいは彼らにもしっかり休んでもらいたいものだ。


「仕方ないよ。爵位があるとはいえ、士爵だと他の貴族のように動けないんだろうさ」


 この国における貴族制度は士爵を含めて七位ある。

 その中で唯一士爵だけが、世襲できない一代限りの爵位だ。

 そのため、貴族の間では〝成り上がり〟、〝庶民代表〟などと蔑まれることが多い。

 力関係も変わらず、貴族としては非常に弱い。

 私たち庶民よりはましではあるものの、貴族を相手取るともなると少々力不足は否めない。

 そんな立場故に公で使われているわけではないが、準貴族という呼び方をされることが多い。


「ですがそろそろ向こうも我慢出来ないのでは——」


 窓の外を見ながらユーリスがそんなことを言い始めたところで、家の前に一台の馬車が止まった。

 近くに他に家はないので、確実にここに用があるはずだ。

 乗っているのは士爵か、先日の男か、その主人か、はたまたまた別の人物か。

 とりあえずユーリスを二階に行かせて、誰が降りてくるのか注視する。


 馬車の扉が開き、傘が広げられる。そこから降りてきたのは——


「ユーリス、降りてきていいよ。お待ちかねの士爵が来たよ」


 雨の中わざわざやって来た士爵を迎え入れ、熱いお茶を出す。

 ユーリスも席に着くなり、士爵はそれに手を付けることなく口を開いた。


「待たせてしまって申し訳ない。結論としてはお前たちの読み通りだ。奴らが使える金は殆どない」


 私はそれに「だろうね」と肩を竦めた。


 そもそもおかしいのだ。

 貴族が平民相手とはいえ金を出し渋るなど、財力がないと大声で叫んでいるようなものなのだから。


「王都に持っていた屋敷は引き払われていた。今は親族の屋敷に逃げ込んでいるようだな。このあたりを安く買おうとしていたのは、ここに屋敷を建て直すつもりだったんだろう」

「王都に屋敷がないのは恥だからねえ……」


 貴族にとって住まいはある種の指標だ。

 いかに良い立地で大きな屋敷を持っているか。

 それでその家の財力や権力などが測られることが多い。

 王都に屋敷がないともなると、貴族としては下の下、扱いは士爵並みになる。

 成り上がりと蔑む地位と同じ扱いをされるなど、誇り高い貴族にとっては恥辱の極みだろう。


「それで具体的にどうするつもりだ? やつには私も借りがあるからな。協力は惜しまない」


 士爵の表情が楽しそうに歪められる。

 やはりよほど嫌っているらしい。

 これではどちらが悪者かわからないじゃないか。


 ちらりとユーリスを見る。

 彼自身からは意見などはないらしく、目があっても何も反応がなかった。


「なら、士爵には一つ芝居を打ってもらおうか」


 私の要望を話せば、士爵は訝しむように目を細めた。

 ユーリスは理解できていない、と表情で語っている。


「──そんなことで良いのか? それぐらいなら構わないが……。しかし、その計画では身分の低い者が路頭に迷うことにならないか?」

「間違いなく食べるのにも困る人が出るだろうね。そこはご近所に協力してもらうよ。そこで釣れれば尚良しってところだね」


 一通り話がついたところで、再び馬車が家の前に停まった。

 どうやら士爵の迎えではないらしい。


 全員が向き合って頷き合う。大変ちょうど良いところにやって来てくれた。


 馬車から降りて来た男を迎え入れる。

 士爵と同じように熱いお茶を出せば、すぐさまそれに手をつけた。


「都合がつけば来るとのことだったが、これはどういうことかね?」


 お茶を飲み干して開口一番がこれだ。

 まあ二週間も待たされた挙句、出向いてみれば別の人物と交渉していた、なんて場面に出くわせば言って当然といえば当然だ。


「申し訳ございません。今日伺うつもりだったのですが、こちらの方がどうしてもとのことでしたので」


 同情を誘うように目を伏せがちにして話す。

 当然内容は全て嘘だ。


「それで、キーメル士爵は一体どんな用なんです」


 男は隣に座る士爵を睨みつける。

 しかし士爵はどこ吹く風だ。


「少々辺境伯の動きが気になりましてな。いっそのこと自給自足できるようにしようかと考えただけですよ」

「ほう、自給自足とは実に()()らしいですな。()()である私には到底思いつかないことです」


 ははは、と二人揃って笑っているが、目は笑っていない。

 貴族同士の腹の探り合いとは実に恐ろしいものだ。


「それでご主人、あなたはどう考える。農地のままなけなしの金を得るか、私に任せて大金を得るか」


 私など眼中にないかのように、ユーリスだけを見る。

 その目は獲物に食らいつかんとする獣のようにギラついている。


「男爵はいくら出せるのですか? こちらの方は金貨三〇〇枚を出すと仰っているのですが」


 これは事前に打ち合わせていたものだ。

 相場よりも高く買い取ろうとしていると聞いてどう出るだろうか。


「ははは、ご冗談を。ご主人は目先の利益しか見えていないようだ。私にかかれば、後々金貨三〇〇枚など簡単に得られましょうぞ」


 つまり金貨三〇〇枚も出す気はない、と。

 具体的な数字を出してこないあたり、できる限り安く、なんならタダで買い叩く算段なのだろう。

 冗談にも程がある。


「具体的にいくらで買って、私たちはどれほどの利益を見込めるのでしょう?」

「ははは、ご主人、この私が信用ならないとでも?」

「まさか。お貴族様を疑うなんて、ただの()()である私にはできません。ですが、お譲りするからにはそれなりの見返りがありませんと……」

「あくまでも目先の利益が大事だと? ──ご主人はもう少し見る目があると思っていたが残念だ。この話はなかったことにしよう」


 ため息混じりにそう言った男は太々しい態度で出ていった。

 最後にちらりとこちらを見たのは、後悔しても知らないぞ、という脅しのつもりだったのだろうか。


 外に停まったままだった馬車に乗り込んで去っていったのを確認すると、三人揃って大きく息を吐き出した。


「もうあんなことやりたくないですよ……」


 ユーリスは脱力するように卓に項垂れた。

 そんな彼の頭を撫でる。頑張ってくれたので、後でしっかり褒めてあげよう。


「あれでよかったのか? 諦めさせるどころか、刺激しただけのように思うが……」

「大丈夫だよ。今回の目的は、士爵も土地を狙っていると誤認させることだからね。他に強力な買い手がいて、金を積めないともなればもう交渉にも来ないだろうさ」


 この茶番の目的は、男を調べるために動いていた士爵の目的が、私たちに情報を与えるためだったと気づかせないようにすることにある。

 士爵自身もこの辺りの農地に興味があったとしておけば、先に動いていた男のこともその流れで調べたというのも無理な話ではないはずだ。


「……それもそうか。力でねじ伏せに来たら、それこそお前たちの独壇場になるからな。少し調べればわかるものを、愚かな男だ」


 淹れ直したお茶を飲んだ士爵はそう言って、帰っていった。


「ユーリス」


 柔らかくそう呼べば、ユーリスはふにゃりと表情を崩した。

 これは甘えたい時の顔だ。

 膝を叩いてみせれば、そこに彼の頭が乗る。

 細くて柔らかい彼の髪が触れて少しくすぐったい。


「あとは待つだけだねえ……」


 あの男を追い詰めるためのオトモダチは大勢できた。

 きっと彼らが作物価格を真っ当な値段にしてくれるはずだ。

 それで農民たちの収入は適正なものとなり、あの男は住む場所も食べる物もなくなる。

 そうなればさすがにあの男でも自分が何をしようとしていたのか理解するはずだ。

 辺境伯に泣きついたところで、辺境伯は自分に利益がない限り相手にすることはないのだから。


「……ユーリス?」


 髪を梳かすように撫でていたら寝息が聞こえてきた。

 呼びかけても返事はないのでしっかり寝てしまっているようだ。

 顔を覗き込めばすごく幸せそうな表情だった。


「もう……」


 起こすのも可哀想なので、彼が起きるまでその寝顔を眺め続けた。

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