032 慇懃無礼な訪問者
拠点からでた私が向かったのは広場だ。今日もにぎやかなそこには露店が並んでいる。
ゆっくりと露店を見て回る。特に食材を扱っている店は重点的に確認する。
確認しているのは仕入先と売り物の値段だ。
一通り見終わった時点で、露店に並ぶ食材の九割以上は辺境伯領産であることがわかった。
残りの一割程度が王都産、つまり近所の農地で作られたものだ。
そして王都産は辺境伯領産の三割程度の値段になっていた。
辺境伯領産の値段について聞いてみれば、露天商は口を揃えて運搬分高くなっていると言っていた。
確かに辺境伯領はかなり離れているので、鮮度を保ちながら王都まで運ぶには費用がかかるのは理解できるが、それで二倍以上の値段になるだろうか。
「これは買い叩かれてるかな……」
王都で生産されている分、店に並ぶ時点での鮮度は辺境伯領産よりも良いはずだ。
見た目も辺境伯領産と大差ない。
味も、自宅で使った分には問題なかった。
ならばこの価格差はなんなのか。
考えられるのは不当に安くされているぐらいしか思いつかない。
そう考えれば、あの農民たちの収入が異様に少ないのにもうなずける。
これはあの推定貴族にやり返すついでに改革が必要そうだ。
■■■
自宅に戻ってくると、すでにユーリスが帰ってきていた。
表情からして士爵に相談できたようだ。
「ただいま」
「おかえりなさい。どうでしたか?」
「【アストラ】の件はなんとかなったよ。それから作物の方なんだけど——」
今日調べたことを伝えれば、ユーリスも同意見であると返ってきた。
「士爵の方でも調べてくださるそうです。一人思い当たる方がいるそうで、もしそうなら思いっきりやるのも面白いかもしれない、と笑ってましたよ……」
ということですごく乗り気でした。とユーリスは締めくくった。
士爵は貴族に恨みでもあるのだろうか……。
「じゃあ、とりあえずあとは面倒事を引き受けるだけだね」
士爵から答えを得るまではこちらから仕掛けるのは避けるべきだ。
今はただ、相手の行動をいなすに徹する。
そのための休みだ。
「本当に良いんですか? 俺が言い始めたことなのに……」
「言ったじゃないか。頼って欲しいって。ユーリスの代わりなら喜んでやるよ」
微笑めば、ユーリスは感極まったように私を抱きしめる。
結婚したことでこういった触れ合いが増えた気がするのは私だけだろうか。
「ああ、もう! 俺の妻は優しすぎる! 頼り過ぎそうで怖いです」
抱きしめ返すように彼の背に腕を伸ばす。
彼の温かな体温と少しだけ慣れてきた香りに包まれながら目を閉じる。
これが一番安心するのだ。
「……リーゼさん?」
「もうっ! いつまでさん付けなんだい?」
そう言って胸を押す。
華奢に見えて意外としっかりしてるんだよねえ……、と思いながらもそんなことは顔には出さない。
「すみません、つい癖で……」
お互いに笑い合う。
これが私たちの日常だ。
■■■
一夜明け、ユーリスを見送りつつ近所に挨拶した後自宅で待機する。
何かあればこの家まで案内してもらうことになっているのだ。
家の片付けをしながら待つことしばらく、控えめなノックとともに農民の一人がやってきた。
「すんません、土地を譲ってくれって人が来たもんで……」
「ああ、わかったよ。あとは引き受けるから戻っていいよ」
ぺこぺこと頭を下げる男を見送って、連れてこられた男を見る。
貴族というより、貴族の使用人という出で立ちの男だ。
おそらく代理だろう。
「それでご用件はなんでしょうか?」
表向き丁寧な態度を心がける。
今はまだ我慢の時だ。
貴族は往々にして相応の対応をされるのを最低条件としている。
それができないとなると、途端に相手を見下すようになる。
そうなれば会話など成立しない。
一方的に条件を突きつけられ、肯定の回答を得るまで引き下がらないだろう。
そうならないための我慢だ。
「先ほどお伝えした通り、土地の権利を譲っていただきたいのです」
「それはなぜでしょうか? このあたりの土地は買ったところで大した利益は得られませんのよ?」
「だからこそですよ。我が主であれば、この土地で莫大な利益を生み出せます」
「どのようにしてですか? このあたりの農作物がいくらで取引されているかはご存知でしょう?」
子供の頃教わった貴族としての言葉遣いに吐き気がする。だがやはり我慢だ。
貴族の教養を見せれば自ずと私の経歴を推測し始めるはず。
元は貴族の令嬢だと勘ぐり始めれば背後に控える架空の貴族を意識し始めるはずなのだが。
「農作物! そのようなものに頼らずとも、我が主にかかれば利益は出せますとも。さあ、権利を我々に! 利益の一部はしばらくお渡ししましょう」
この使用人はどうやら背後関係まで気が回らないらしい。
これ以上は牽制にもならないだろう。
それに〝しばらく〟とはなんだ。
譲るに見合うだけのものを渡す気はないようにしか聞こえない。
「……申し訳ございません。権利は主人の同意が必要ですのですぐにはお答えしかねますわ」
私の回答に男の顔が豹変した。
それまで慇懃だった態度をかなぐり捨てるように表情を歪めた。
「これだから女は。……良いでしょう。ご主人はいついらっしゃるのです。都合が良い時に伺いましょう」
殴りたい気持ちを抑えて、どう回答しようか考える。
来てもらうなら、士爵からの回答を得てからにしたい。
欲を言うならこちらの手を打った後が望ましい。
さてどうしたものか……。
「残念ながら主人は不規則な仕事でございまして、私にもわかりかねるのです。何度も来ていただくのも心苦しいですし、都合がつき次第伺うよう主人に申し伝えますわ」
男は鼻で笑う。最初の態度はどこへいってしまったのだろうか。
そして嫌そうに屋敷の場所を伝えて男は帰っていった。
「まったく腹の立つ使用人だねえ」
使用人があれでは主人の程度も知れたものだ。
——と考えて、まともな貴族のほうが少ないことを思い出してため息をついた。
最たる例が父なのだから、まともに取り合うのも骨が折れそうだ。
しかしそんな面倒な相手をするのもしばらくはないだろう。
明日以降もしつこく交渉しに来れば、逆に私たちの反感を買って話が流れてしまうかもしれないのだから。
まあ、まともに考えるだけの頭があれば、だが。




