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030 泣かせたら許さない

 今日はとても良く晴れている。

 窓の鎧戸を全開にしてそんな心地よい空気を拠点の中の流し込みながら、俺は談話室でうたた寝をする。

 やらなければいけないことはちゃんとやった。

 それに一番口うるさいリーゼも外出中だ。

 談話室で昼寝をしていたところで文句を言われはしないだろう。


 欠伸をしながら大きく伸びをして、布張りの長椅子に沈み込む。

 ああ、なんて良い天気なんだ、ともう一度目を閉じたところで扉がノックされた。

 パーティのメンバーならノックをせずに入ってくる。つまり来客だ。


 気だるい体を起こして扉を開ければ、真っ先に飛び込んできたのは真っ黒な髪。

 客は俺としては一番会いたくない人物だった。


「げっ……」

「えっと……、来ちゃまずかったですかね?」


 憎き恋敵とでも言うべき男──ユーリスは俺を見て頬を掻いた。


「何の用だよ? リーゼならいないぞ」

「はい。なので今こうやって来たんです。実は皆さんに相談したいことがありまして」

「相談……?」

「──あっ、ちょっと閉めないで!」


 面倒になって全力で扉を閉めようとしたが、ユーリスにそれを阻まれた。

 閉まろうとする扉を押さえる力は意外と強い。

 ──こいつ、細い見た目にそぐわず結構力あるぞ……。


 しばらくそんな攻防を繰り広げ、結局俺が折れた。扉が先に壊れそうだったから。

 二人揃ってぜぇぜぇと息を吐く。

 俺は渋々ユーリスを招き入れて、ファイドロたちも呼んだ。


 談話室の卓に全員座り、向かい合う。

 いつもリーゼが座っている場所に男が座っているのはどうにも変な感じがする。


「それで、相談って何?」

「その……婚礼の儀で何を贈ればリーゼさんが喜ぶか皆さんに聞きたくて……」


 それを聞いたエステラがキラキラとした表情でユーリスを見ている。

 エステラはリーゼのこととなるといつもこうだ。

 ただ仲が良いと言うには崇拝に近いものを感じるのだが、女とはこういうものなのだろうか。


「ぜひ協力させてください!」


 そんなことを思っている間にエステラが返事をしてしまった。

 俺はやるなんて言ってないぞ。


「ありがとうございます……!」


 ユーリスもエステラと同じように目をキラキラと輝かせている。

 ──女だからじゃなく、リーゼに関わる奴は、だな、これは……。

 頭痛を堪えるように俺は額に手を当てた。


「ラィス、俺たちも世話になっているんだ。協力したらどうだ」

「俺にそれをさせるのかよ……」


 今まで何度も俺に釘を刺して来たのだから、俺の気持ちをファイドロが知らないわけがない。

 できることは協力すべきというのは分かるが、少し酷くないか?


「──わかった。協力はする。ただし今日一日だけだ。それ以上は馴れ合いをしない」


 隣のファイドロから向けられる視線が少々痛いが、こればかりは譲れない。

 割り切ったとはいえ、振られた原因──の一つと仲良くするなんて俺には無理だ。




■■■




 やむなくユーリスと共に街へ繰り出した俺たちは、宝飾店の中でも高そうな店に入った。

 高級品を扱っているからか、店内の人は少ない。

 店員も客もそれなりの身なりなので、普段着でやって来た俺たちは強烈に周りから浮いている。


「あ、これならリーゼさんに似合いそうですよ」


 無邪気にエステラが店の一角を指差した。

 そこにあるのは銀細工に小さな宝石を散りばめた髪飾り。

 確かに似合いそうだ。


「──いや、たぶん嫌がると思う」


 俺の言葉に全員が振り返った。

 揃って不思議そうな顔をしている。


「あいつの髪、意外と止まらないんだよ。前、髪留め使って落としてるのを見た」


 確か拠点で暮らすようになってすぐの頃のはずだ。

 何度か付け直しては落としてを繰り返して、残念そうに片付けていた。


「それはダメですね……」

「それなら、あれはどうだ?」


 続いてファイドロが言う。

 その視線の先は細身の腕輪。細い割には細かな装飾が多い繊細な一品だ。


「あー、たぶんそれもダメだ。槍振る時の邪魔になる」


 朝の稽古をつけてもらう時に観察していると、気づかない程度ではあるが想像以上に手首を使っていた。

 そこに装飾品があれば感覚が狂うということもあり得る。


「む……」


 普段大きな盾で防ぐことが多いからその感覚がわからなかったらしい。

 いつにも増して無愛想に拍車がかかっている。


「なら、これならどうでしょうか?」


 ユーリスが取り上げたのは赤い宝石がぶら下がっているピアス。

 ぶら下がっていると言っても小さいのでたぶんつけているのも気にならないだろう。それに落とす心配もない。

 意外と物を大事にするから無くせばしばらくしょげていそうだし、ちょうど良いだろう。


「良いんじゃないか」


 俺の回答にユーリスはわかりやすいほどにほっと胸を撫で下ろしていた。


「赤いピアスだと髪に紛れちゃいそうですよね。他の色にされてはどうですか?」

「それもそうですね」


 エステラと一緒に悩み始めるユーリスを見て思う。

 俺に足りなかったのは、こういったところなんじゃないかと。

 リーゼのためにまっすぐ突き進んで、悩んで。想い人のためなら、傷だらけになるのも厭わない。

 俺にはそんな考えは全くなかった。いつも自分のことばかりだ。

 そりゃ振り向いてもらえもしないよな……。


「よし、これにします!」


 そう言って選んだのは黒い宝石。

 透明度のない艶やかな見た目はたぶん黒曜石だろう。


「黒曜石──あ……」


 ユーリスと目があった。

 黒髪に黒目。

 なぜ今の今まで気づかなかった。

 ユーリスの反応からも、あっちも今気づいたのだろう。俺は天井を仰いだ。


 ユーリスも一族とか────嘘だろ……。




■■■




 支払いを済ませて、品を受け取った俺たちは店を出る。

 この短時間でユーリスとエステラは打ち解けたらしく二人仲良く何かを話している。

 そんな背中に意を決して声をかける。


「おい! リーゼを泣かせたら許さないからな!」


 振り返ったユーリスは少し呆然としたのち、満面の笑みを浮かべた。


「当たり前ですよ!」


 そう言うユーリスが眩しすぎて、俺には直視できなかった。


 ふっと短く息を吐いて、俺は前を行くユーリスの隣に並んだ。









これにて3章完結です。

次章からは、ついに二人の新婚生活が始まります。 一方で、どうやらあの貴族が黙っていないようで──?

波乱の第4章も、どうぞよろしくお願いいたします!

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