029 結婚式
「あっ、あのお店なんてどうでしょうか? 結構男性もいらっしゃいますよ」
新居が決まり、式の日取りも決まったので、婚礼の儀で必要となる相手へ贈るものを決めにエステラと街を回っている。
婚礼の儀で贈るものは特に決まりはない。
なので、できればユーリスに喜んでもらえるものを、と思ったのだが、どうにも男性が喜びそうなものがわからない。
アルシウスやファイドロに相談することも考えたのだが、ファイドロはそういったことには興味はなさそうだし、アルシウスは花畑の件があるので相談しづらい。
少し申し訳ない気もするが、そんな理由でエステラに協力してもらっているのだ。
「そうだね、一度覗いてみようか」
入った店は少し庶民寄りな宝飾店だ。
店先に並ぶ品々はどれも比較的手を出しやすい値段になっている。
「これなんてどうでしょう? 結構可愛らしいですよ」
「エステラ、私が使うわけじゃないよ?」
私の指摘にエステラは「そうでした!」と慌てた。
普段はしっかりしている分、こういった抜けているところが珍しく可愛らしい。
今度彼女にこれを贈っても良いかもしれない。
店内をぐるっと回って目についたのは少し大ぶりな腕輪だ。
派手な装飾はないものの、埋め込まれた小さな宝石が目を惹く。
意外とユーリスに似合うかも、と考えてやめた。
腕輪はユーリスの仕事柄邪魔になる。身につけるものなら、その辺りも考慮しなくては。
「うーん、なかなか良いものが見つからないねえ……」
一通り見終えたものの腕輪以上に良さそうなものを見つけられなかった。
なかなかに苦戦しそうだ。
「他のお店も見てみましょうか」
「そうだね……」
二軒目、三軒目と巡るがやはりこれだと思うものが見つからない。
宝飾店は王都でもそれほど数はない。
この調子では、王都中の宝飾店を巡ることになりそうだ。
「リーゼさん、いっそのことどういったものにするのか決めて、見た目などは注文してしまってはいかがでしょうか?」
職人がいるお店は大体、特別な注文を請け負ってくれる。
店先に並んでいるものの大きさを変えたり、装飾を増やしたりと、よほどの無茶でなければ断られることはない。
その代わり費用と時間がかかるが、良いものが見つからない現状ではその選択肢も考えた方が良いかもしれない。
「それもそうだねえ……。それなら何にするかが問題なんだけど──」
ふと視界に入ったのは、小ぶりなペンダント。
飾りについているのは青い宝石だ。
「何かお探しですか?」
朗らかな笑みを浮かべた女性店員に声をかけられた。
私が何を見ているのか分かった上での問いだろう。
「婚礼用に探してるんだけど……」
「でしたら、こちらの品の宝石を変えてはいかがでしょうか? 婚礼でしたら、ご自身、もしくはお相手の方の色の宝石にされる方が多いですよ」
「わあ、素敵ですね! リーゼさん、それが良いんじゃないでしょうか?」
色、か……。と考える。
ユーリスの色なら迷わず黒だろう。だが、黒髪のユーリスに黒の宝飾はなんとも映えない。というか馴染みすぎる。それなら私の色だが──。
「エステラ、赤と黄ならどっちが良いと思う?」
「赤と黄ですか? そうですね……赤は確かにリーゼさんらしいですが、ここは黄にされてはいかがですか? ほら宝石を目と見立てて、自分の一部を──ってちょっと重いですね……」
「エステラ、それだよ! 冒険者をやってると離れていることも多いから、私の代わりにって! このペンダントを黄色の宝石に変えられるかい?」
肩を掴む勢いでエステラに言えば、彼女はこの上なく驚いて硬直していた。
「可能ですよ。黄色ですといくつか種類がございます。こちらへどうぞ」
店員は店奥のカウンターへ案内した。
棚から托盤を取り出してカウンターに置く。
「こちらから黄玉、琥珀、柘榴石、黄水晶、金剛石になります。お気に召したものはございますか?」
一口に黄色と言ってもいろいろあるようだ。
透けているもの、しっかりとした色味のもの、艶やかなもの、まだら模様のもの。
どれが良いだろうか。
ふと宝石に映り込む自分の顔が見えた。
いつも髪の色ばかり気にしていたから気づかなかった。
私の目はこんな色だったんだ。
「この黄水晶を頼むよ」
「かしこまりました」
その後出来上がり日を確認して店を後にした。完成したものが楽しみだ。
■■■
そうして浮き足だったまま時が過ぎ、結婚式当日。
家具を揃えて飾りつけた居間には【アストラ】のメンバーだけでなく、キーメル士爵にユーリスの同僚数人、それに武器屋の店主まで来てくれた。
それぞれが何かを持ち寄ってくれたので、部屋の隅には贈り物が積まれている状態だ。
現在は司祭役の神官が来るのを待っている。
それまで束の間の歓談時間だ。
「リーゼさん、とってもお似合いです!」
「ありがとう。──この前はありがとう。無事贈り物が出来上がったよ」
「それはよかったです! 喜んでもらえると良いですね!」
満面の笑みでエステラは手を振って別の場所へ向かった。
その先にいるのは武器屋の店主だ。
「まさかリーゼが結婚するなんてな」
入れ替わりで現れたのはアルシウスとファイドロだった。
「なんだい? 私が一番縁遠いとでも?」
「そういうわけじゃないけど……。なんというか想像できないっていうか……」
「お子様だねえ……」
「おこっ──違うし!」
「ラィス、それはそうだと言っているようなものだぞ……」
「ここに俺の味方はいないのか⁉︎」
そんなアルシウスの叫びに部屋中が笑いに包まれた。
この場に悪意のある笑いはない。
むしろ温かみのある笑い方だ。
「安心しろ。堅物の同僚に先を越されて凹んでる俺がいる」
そう言ってアルシウスと肩を組んだのはユーリスの同僚だ。確かイーヴォと言ったはずだ。
彼はアルシウスに胸を貸してやると両腕を広げたが、アルシウスはそれを拒否した。
再び笑いに満たされる室内。
とても賑やかになったところでようやく神官がやって来た。
「皆様静粛に。ただいまより婚礼の儀を始めます」
神官を中心に全員が集まる。
私とユーリスも中心に立ち、向かい合う。
今日のために用意した衣服は、普段よりも高級だ。
それでも豪華さはなく、ただ質がいい、そんな感じだ。
そんな衣服を身につけたユーリスは少し緊張に強張って見えた。
このままでは素人が繰る操り人形のような動きをしそうだ。
かくいう私も先ほどから心臓の音がやけに大きい。
神官による儀式はつつがなく進んでいく。
しかしそんな祝いの言葉など一言も聞き取れていない。
「それでは誓いの口付けを」
神官の言葉にはっと顔をあげれば、ユーリスの綺麗な顔が近づいていた。
少し驚きながら目を閉じて触れるだけの口付けをする。
そして部屋は万雷の拍手に満たされた。
お互いに離れた時にはユーリスの顔は真っ赤になっていた。
気恥ずかしいのか視線が泳いでいる。
きっと私も同じような気がする。先ほどから顔が熱い。
神官の目配せで用意しておいた白い箱を取り出す。ユーリスも同じく白い箱を取り出した。
そしてお互いに箱を開いて中身を取り出す。
私が取り出したのは小さな黄水晶のペンダント。そしてユーリスの手には黒いピアス。
まずはユーリスが私におぼつかない手でそれを取り付けてくれた。
そして、私もユーリスにペンダントをかける。
つけ終えると目があって、お互いに照れ隠しのようにはにかんだ。
「これにて婚礼の儀は終了です。お二人とも、本日はおめでとうございます」
神官は恭しく一礼して去っていった。
神官の代わりに士爵が前に出て何かを準備し始める。
予定外の動きに呆然としていると、準備を終えたらしい士爵が声を上げた。
「せっかくですので、記念すべき今日の写絵を撮りましょう」
用意していたのは写絵を撮るための魔導具だったらしい。
それで写せる範囲に収まるよう全員が集められる。そして士爵がそのまま魔導具を使った。
さらには顔ぶれを入れ替え立ち替え次々と写絵を撮っていく。
そして最後に撮ったのは私とユーリス、【アストラ】のメンバー。
妙に打ち解けた様子で撮ることができた。
いつの間にか仲良くなっていることに驚いたが、今は気にしないことにしよう。
その後、用意してあった料理を食べながら歓談し、そのまま解散となった。
「リーゼ、結婚おめでとう。俺から言うのも変だが、おめえが幸せになってくれて俺も嬉しいよ」
去り際に店主がそう声をかけた。
本人は隠しているが、式の間ずっと隅で男泣きをしていた。
「なんだい。別にこれが最後ってわけじゃないんだから。これからもよろしく頼むよ」
「違いねえ。だがもう無茶は言うんじゃねえぞ」
げらげらと笑う店主の目尻には薄っすらと涙が浮かんでいた。
それを指摘するのは違う気がして、去っていく後ろ姿をそのまま見送った。
あれだけ賑わっていた家も、今となっては私とユーリスの二人きり。
使い終えた食器を二人で片付けながら他愛のない会話をする。
がらんとした部屋がどことなくものさみしい。
「今日は賑やかだったねえ。まさか士爵が魔導具を持って来てくれるなんて思わなかったよ」
「俺も驚きましたよ。剣一筋の人だと思ってましたから」
二人揃って吹き出すように笑う。
お互いに士爵のことはちゃんとわかっていなかったようだ。
「剣一筋だと士爵になれなかっただろうねえ」
「それもそうですね」
「──さて、ここの片付けはこれで終わりかな。部屋の片付けは明日にするとして、そろそろ休もうか」
居間の片付けは終わっていない。
今日のために用意した装飾はほとんどそのままだ。
「そうですね。だいぶ遅い時間ですし……」
少し皺になった卓子掛けのそれを伸ばしながら考える。
今日ぐらいはあの人にも来てもらいたかった、と。一体今頃どこで何をやっているのだろう。
せめてお礼ぐらいはしたかったのだ。
あなたのおかげで今日この日を迎えることができた。そのたった一言すら伝えることができない。
後ろから温かな感触に包まれる。
一緒に恋しい彼の香りが鼻先を掠めた。
「ユーリス?」
「……少し寂しそうに見えたので」
「そんなことないよ。ただ少し残念だったなって」
「例の〝お兄さん〟ですか?」
ユーリスの問いに頷く。
あの収穫祭の夜に話したことを覚えていてくれたらしい。
「仕方ないよ。どこにいるのかもわからないし。今となってはどんな姿だったのかもあまり覚えていないからね」
「……いつか会えるといいですね」
「そうだね」
どちらからともなく唇を重ねる。
婚礼の儀の誓いとは違う口付けに吐息は熱くなっていく。
触れた場所から伝わる鼓動が心地よく愛おしい。
やっぱり片付けは明日の昼からかな、という思いと共に夜は更けていった。
ついに、リーゼが人生で最も温かな、かけがえのない一日を迎えました。
武器屋の店主と一緒に、彼女の門出に涙を流してくださいましたら、ぜひそのお祝いの気持ちを下の【☆☆☆☆☆】に込めて応援いただけますと幸いです。




