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028 守れるならば

 王都に戻ってきた私たちは無事、Aランクパーティとなった。

 ギルマスは依頼を期限までに達成したことに非常に不服そうだったが、それは態度だけで言及されることはなかった。


 そして今、私はようやく休みが重なったユーリスと共に新居探し中だ。

 お互い住居にこだわりはないのですぐに見つかるかと思ったのだが、簡単に事が運ばないのはいつものことだ。


「こうも空きがないなんてねえ……」

「すみません……。可能な限り知人にもあたってみたんですが……」

「ユーリスのせいじゃないよ。もういっそのことどこか土地を買って──?」

「勘弁してくだせえ! それだけは何卒!」


 最後の仲介屋に向かう途中でそんな大声が聞こえてきた。どうやら揉めているようだ。

 それにユーリスが私を見たので頷いた。

 街の揉め事は騎士の領分だ。非番とはいえ無視できないらしい。


「どうしたんですか?」

「あの人が土地をよこせと──」


 そんな言い分を述べたのは痩せ細った男。

 着ている衣服はボロボロで、両手を握って震えている様子は虐げられている者を思わせる。

 対してそんな男を睨むように見下ろしている男は、高級そうな服を纏い、でっぷりとした腹を垂れ下げている。

 おそらく貴族だろう。


「何度も言うが、ワシはあの使っていない家を有効活用してやると言っているのだ! しかしあの家だけでは狭すぎる。だから周りの土地も一緒に買い取ってやると何度も──」

「つまり、あなたはあの家と一緒にこの土地も買いたい、こちらの方はそれでは困る、ということですね?」


 二人の男は頷いた。

 ユーリスは少し困ったように頬を掻く。


 二人が示す方には一軒だけぽつんと家が建っており、その周りに畑が広がっている。

 畑は今も農作業で使われているが、家の方は手入れされているように見えない。


「土地を買われると困る理由はなんですか?」

「見ればわかるでしょう! わたしゃ、ずっとこの畑で働いているんです! 畑を無くしたらどこで働けってんです!」


 それまで震えていた男は、その震えを止めて興奮したように叫んだ。

 土地を失うことで一緒に職も失うことも恐れているのだろう。

 今の見た目からして、今の職でも十分に食べれていないように見える。

 さらに職も失えば路頭に迷うのは必至だろう。


「なるほど。あなたはいくらで買い取ると申し出ているのですか?」


 ユーリスは貴族の男に問いかけた。


「金貨一〇枚だ。あの家の有り様とこの土地の広さなら、それで十分だろう」


 貴族の男の言い分にユーリスは顎に手を添えた。

 何やら考え込んでいるようだ。


 畑の面積はそれなりにある。

 問題となっている家で言えば、同じ家がざっと一〇軒は建つだけはありそうだ。

 そんな広さに手入れはされていないとはいえ、家まで一緒に金貨一〇枚は安すぎるように思える。


「それは──、ところでこの畑で得ている利益はどれぐらいなのですか?」


 ユーリスも同じことを思ったのだろう。

 何かを言いかけて言葉を飲み込んだ。


「り、利益ですか……? えっと、作物の種や肥料の分を引くから──年間金貨一五枚ほどです……」


 農業とはそれほどまでに苦しいのだろうか。

 その安さから男の見た目に納得した。

 王都で暮らすなら年間金貨三〇枚ほど必要になる。

 借家に住んでいるならそこからさらに増える。

 そんな環境下でたったの金貨一五枚で暮らしていることに驚きを通り越して敬意すら覚える。


「そうなると……、おっしゃっている土地の価値は、一年で得られる稼ぎの一〇倍ですので──金貨一五〇枚が相場かと。お支払いできますか?」


 ユーリスの問いに貴族の男の顔はみるみる赤くなっていく。

 そして鼻息を荒くしてユーリスを指さした。


「い、言い掛かりだ! 稼ぎの一〇倍が相場だと……! そんなこと聞いたことがない!」

「まだ安いではないですか。王都であの規模の家を買うには安くても金貨三〇〇枚は必要ですよ?」

「ふ、ふん! もういい! 後で後悔しても知らんからな!」


 貴族の男は近くに停めてあった馬車に飛び乗り、逃げるように去っていった。

 それを見届けて、ユーリスは力が抜けたようにその場に座り込んだ。


「き、緊張したぁ……」

「お疲れ様。あれは没落貴族だろうねえ」


 貴族なら金貨三〇〇枚など端金だ。

 それすら出し渋るということは資産がない、つまり没落したと見るのが妥当だろう。

 金貨数百枚を当たり前のように動かしている貴族らしからぬ言動なのだ。

 もしくは平民に金を払うという感覚がないのか……。


「御仁、この土地を守ってくださりありがとうございます」


 男がユーリスに深く頭を下げる。

 それにユーリスが慌てたように手を振る。


「いえいえ! 当然のことをしたまでのことですので」


 それでも男は頭を上げようとしない。

 そんな彼にユーリスは緩んだ表情で口を開いた。


「……俺たち家を探しているんです。よければあの家を見せてもらえませんか?」


 途端に男の顔が強張った。

 それに気づいた様子のユーリスが柔らかく息を吐き出した。


「俺たちはあなたたちを追い出したりしませんよ」


 男の血の気の引いた顔から生気が戻る。

 目に見えてほっとしたので余程土地を奪われることを恐れているのだろう。


「…………。わかりやした。ご案内します」


 案内されてやってきた家は、見た目こそ荒れているが思ったほど状態は悪くなかった。

 せいぜい入り口の建て付けが悪くなっているぐらいで、しっかり掃除すればすぐに住めそうだ。


「広さは十分だと思いますが、いかがですか?」


 先に中に入ったユーリスが奥から戻ってきて訊ねた。


 二階建ての建物はパーティの拠点の半分より少し広い程度の大きさだ。

 個室はすべて二階、水回りなどは一階と構造もほとんど同じだ。

 二人で住むには少し広い気もするが、なかなか良さそうに思う。

 窓を開ければ、外の畑から土の匂いが漂ってきた。

 少し懐かしい気がする。


「良いんじゃないかい。キッチンも使いやすそうだね。式でみんなを呼んでも入りそうだよ」


 ユーリスはそこまで考えてなかった、と笑った。


「もしかして新婚さんで?」

「ええ、そんなところです」


 ユーリスの回答に男はぱっと表情を明るくした。


「そりゃあめでたい! ぜひわたしらからも贈り物をさせてくだせえ」

「そんな、お気になさらず。その分はあなたの生活に充ててください」


 ユーリスがちらっと私を見た。私も同じ意見だと頷く。

 こんな毎日の生活に困っているような人から贈り物を受け取る訳にはいかない。


「……ではお言葉に甘えて……」


 少し気恥ずかしそうに男は言った。

 生活に困っているなら気を使う必要はないのだからそれで良い。


「この家の所有者はどちらに? 後日改めて交渉に伺いたいのですが」

「え、ああ、わたしで大丈夫です。亡くなった前の住人から任されてるもんですから」

「そうでしたか……。では明後日に伺います」

「わかりやした。たぶん外の畑で作業していると思いますんで、声をかけてくだせえ」


 そんなやり取りを終えて私たちは家を後にした。


 拠点まで送ると言うユーリスに甘えて一緒に街を歩く。

 そんな最中ユーリスがぽつりと零した。


「俺、あの畑も買い取って保護するべきだと思うんです」

「どうしてだい?」

「多分、あの土地は今後も同じ様に言いくるめようとする人が出てくると思うんです。おそらく彼らでは対処できないでしょう」

「だから地主になってそういった厄介事を引き受けようってかい?」


 甘い考えだ。そんなことをする利益が私たちにはない。

 それにかばったところで彼らの生活が改善するわけではない。

 ——でも。


「だめ、でしょうか?」

「良いんじゃないかい? 私は賛成だよ」


 脳裏に過るのはメリアの最期。

 あのようなことがあってはならない。守れるなら守るべきだ。


「——ありがとうございます! 今夜士爵に相談してきます。少し出費が多くなってしまうと思いますが……」

「そこは心配しなくていいよ。貯えならあるから。ユーリスが満足するようにやって」


 目に見えるほど明るい表情になったユーリスは上機嫌に私の手を指を絡めるように握る。

 それが嬉しくて、私はその手を握り返した。

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