026 セレディアの洗礼
セレディア──王国でも数少ない港町は多くの船乗りたちで賑わっている。
整備されていない町並みは雑多で、皆々が好きなところで好きなように商いをしているように見える。
立ち並ぶ店も王都とは違って酒場が多く、一言で言えば船乗りたちの街、そんな雰囲気だ。
「魔物の出現場所が海の上って嘘だろ⁉︎」
セレディアの冒険者ギルドで詳細を確認すれば、そんな情報が飛び込んできた。
航路上に出没するため速やかに対処せよとのことだった。
「これは間違いなく──」
「「「残ってた依頼を押し付けられたやつ」」」
ギルドを出て真っ先にため息が出た。
Aランク昇格をぶら下げなければ誰もやろうとしなかったのだろう。非常に割に合わない仕事だ。
新種という戦い方もわからない魔物であることに加え、動きが制限される海の上。
おそらく、損害を小さくするために大きな船は出してもらえないだろう。
「これ、どうすれば良いんだ? 討伐できる気がしないんだけど」
海上の魔物を倒したことはない。
倒すために必要な条件は、と考えを巡らせる。
一緒に目線も巡らせれば、一軒の酒場が目についた。
「この中で一番酒に強いのって誰だった?」
私の問いに一斉に視線が集まる。
どうやら私が一番強いらしい……。
「なんで今酒の話なんて──」
「まあ、まずは現地民と仲良くしようじゃないか」
「「「?」」」
三人が首を傾げるのを傍目に、近くで一番大きくて賑わっていそうな酒場の戸を開いた。
店の中に入った瞬間、むせ返るほどの強烈な酒の匂いが出迎えた。
それに思わず顔を顰めたが、そんなことを気にする客はいない。
店内を見渡せば、すべての席が埋まっており、どこも楽しそうに酒を飲み交わしている。
狙うならば一番豪快に騒いでいる席が良いだろう。
「ちょっと良いかい?」
近づいた席で一番偉そうな人物に向かって話しかける。
こんがりと日焼けした恰幅の良い男だ。
ただしギルマスのような弛みはないしっかりと締まった体格だ。
「なんだぁ?」
すでに結構飲んでいるのだろう。少し赤らんだまま胡乱な目を私に向けた。
その視線は顔に向いたのち下に下がって胸元で止まった。
わかりやすい男だ。
「私たち、海に行きたいんだよね。船に乗せてくれそうなやつを知らないかい?」
「船ねえ……」
途端に男だけでなく周りからもゲラゲラと下品な笑い声が上がった。
その笑い声は次々と周りの席に伝播し、ついには店の中全てが笑い声に包まれた。
その異様な雰囲気にアルシウスたちは顔を顰めている。
「姐ちゃん、今海がどうなってるか知ってっか? 大事な航路で魔物が大暴れ。交易船は立ち往生、漁業船は港から出られねえ。だから仕事がねえ俺たちは真っ昼間からこうやって酒を飲んでんのさ」
そう言って男は自身の顔ほどはあるジョッキを煽った。
「なるほどねえ。じゃあその魔物をどうにかしてやるって話ならどうだい?」
「ああ?」
私の問いに男は酒を飲むのをやめ、再び胡乱な目を向ける。
今度はいやらしさはなく、品定めをするような目つきだ。
「ちょ──」
後ろでアルシウスが慌てたような声を上げるが無視だ。
今はこの男との交渉に専念しなければ。
「──なんだ、冒険者か。どっかの娼婦だと思ってたぜ」
そんな男の言葉にエステラが小さく悲鳴をあげた。
「それで、どうなんだい?」
私の問いかけに男はジョッキの中身を一気に飲み干した。
ガンッと激しい音をさせるほど、力任せにジョッキを卓に置く。
「足んねえなあ。船を出すならこちとら命懸け。大事な船も壊れるかもしんねえ。それを魔物を退治するから乗せろって、そっちもそれなりの対価がいるだろうよ」
男の言葉にアルシウスが前に出ようとしたがそれを手で制した。
ここで口を挟まれては話がややこしくなりかねない。
「こっちも魔物討伐は命懸けなんだけどねえ」
「でも他に失うもんなんざねえだろ」
「何が望みなんだい?」
「そうだなあ、姐ちゃんが一晩付き合ってくれるなら考えてやらなくもない」
「悪いねえ、そっちは先約があるから。代わりに高い酒か大量の安酒でどうだい?」
「けっ! 男連れかよ。──良いだろう、高い酒をありったけで考えてやる」
嫌そうな顔をしながら吐き捨てた男と握手した。
かなり高くついたが交渉成立だ。
エステラとの相談の末、可能な限りの高い酒を注文してしばらく。
周りの卓の連中も交えたお祭り騒ぎとなった。
ただしほとんどの奴らは一杯飲んで出来上がってしまったので最初の頃よりは静かだ。
「なんだよ姐ちゃん。結構いけるくちか?」
もうほとんど目の座っている男は、変わらず酒を飲みながらそんなことを言った。
やはりというべきか、酒を頼んだ直後、男は飲み比べを提案した。
勝てば船を出すのは確約、負けたら小型の船を貸してやる、という条件で。
負けたら自力で行けということのようだ。
「そうでもないと思うんだけどねえ……」
飲み比べには【アストラ】のメンバー全員が参加することになった。
その中の誰かが勝てば良いということだったのだが、エステラは一杯目で降参、アルシウスも二杯目の途中で潰れた。
ファイドロは頑張って口に運んでいるが多分もう意識がないだろう。
「姐ちゃんも大変だな。こんなに弱い奴らばかりで張り合いがねえだろ」
「あははっ。残念ながら頻繁に飲むわけじゃないから、そう思ったことはないねえ」
「訳わかんねえ姐ちゃんだな……」
「そうかい? 酒を浴びるように飲む方が異常だと思うけどねえ」
酒を飲んで気分が良くなったのか、男はそんな会話をするようになった。
空になったジョッキを置き、その中身を眺める。
「……おめえらも大変だな。あの魔物が出るようになって、依頼出したってのにいつまで経っても討伐に来ねえ。おめえらは嫌な仕事を押し付けられて来たんだろ?」
「どうだかねえ……」
「ったく食えねえ姐ちゃんだな……」
船を漕ぎ始めた男は、そんな言葉を最後に卓に突っ伏して寝息を立て始めた。
卓に山と積まれた空のジョッキが音を立てて崩れる。
その様子を見て私も一息ついた。
「じゃあ、私の勝ちってことで。エステラ、あとはよろしく……」
「えぇ⁉︎ リーゼさん⁉︎」
そんな驚きの声も遠くなり、私も卓に突っ伏した。




