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023 朝帰り

「——こうして冒険者になったわけだよ。その後はただなりふり構わずに働き続けて今に至るってところだね」


 そう締めくくって私は無理やり微笑んだ。


 向かいに座るユーリスはうつむきがちに両手で顔を覆っていて、どんな表情をしているのかはわからない。

 私の出自について話した時に拒絶されなかったので大丈夫だと思いたいが、私の話を彼がどう受け取ったのかもわかりようがない。

 無意識に震えている手を強く握って不安を誤魔化した。


「……俺はあなたに謝らなければいけません」


 手を退けたものの俯きがちに放たれた言葉に心の底から凍てつくような感じがした。

 やはり本当の私は誰にも受け入れてもらえないのだ、と。


「——俺はまだ、あなたにちゃんと名乗れていない。すべてを話してくれたあなたに対して無礼だ。だから、一度やり直させてください」


 彼は立ち上がって私の近くで跪き見上げた。

 その表情は決意を固めた者のそれだ。


「俺はユーリス・レフェス。小さな村の出ですが、リーゼリアさん、俺はあなたとこの先共にありたい。だから——俺と結婚してくれませんか」


 この国において、姓があるのは貴族か古い家柄だけだ。

 小さな村の出身であるならば古い家柄なのだろう。

 彼も不器用ながら自らの立場を明かしてくれたのだ。


「ユーリス……」


 彼が差し出してくれた小さく震える手に自らの手を重ねる。


「——ありがとう。とっても嬉しい……」


 私の返事を聞いたユーリスはそのまま私の手を握って引っ張った。

 バランスを崩した私はそのまま彼の胸に飛び込んでしまった。

 そんな私を逃すまいとユーリスが抱きしめる。


 彼の体温に包まれてこの上ないほどに安心する。

 気持ちの糸が切れてしまったのか、目に熱いものが込み上げてきて溢れ出した。


「もう怯える必要はありません。あなたには俺がいますから……」


 止めどなく溢れる涙を拭って、ユーリスは優しく触れるように唇を重ねた。

 口づけはお互いに求め合うように深くなっていき、そのままベッドにもつれ込んだ。


 部屋の外から流れ込む賑やかな声など意に介さず、私たちはお互いの存在を確かめ合うように熱い肌を重ね合い、汗ばむほどに強く、深く抱きしめあった。


 ——こうして私たちの幸福な夜は明けていった。




■■■




「ん……」


 一夜明け、窓枠から漏れ出す光で目を覚ました。

 真正面には彼の寝顔。しっかりと腕が回されており起き上がれない。

 そんなことすら愛おしい。

 初めての感情に笑みがこぼれた。


 ユーリスを起こさないようにそっとその腕から抜け出して、衣服を拾い集める。

 その時視界に入った痕に思わず「もう……」と言葉が漏れた。


 身なりを整え終わったところで、ユーリスが起きて目があった。

 途端に彼は顔を真っ赤にして平謝りする。

 どうしてそんなことをしているのか分からないが、それもまた彼らしさだと、笑って流した。


「——挨拶?」


 お互いに帰る支度を済ませたところで、ユーリスからキーメル士爵への挨拶に行かなければならないと切り出された。


 騎士となるための後見人は謂わば血縁のない保護者のようなものだ。

 様々な便宜を図ってもらう代わりに、個人的なことも全て報告するのが決まりとなっている。

 今回の私との婚約も当然含まれるということらしい。


「……その、会うとなると流石に本名を名乗ってもらう必要が——」


 挨拶するぐらいなら別に構わないと返したら、もじもじとそう言われた。


 確かに本名を名乗らないのは礼儀に欠ける。

 通りすがりの誰かならいざしらず、相手はユーリスの後見人だ。

 その様な無礼はまかり通らないだろう。


 しかしレイノールを名乗るのもいささか気が引ける。

 士爵位なら父とのつながりはないだろうが、逆によく思われていない可能性もある。

 それぐらいレイノール家は敵が多いのだ。


「士爵に悪く言われることは覚悟しないといけないだろうねえ……」

「俺がそんなことを言わせませんから……!」

「気にする必要はないよ。私自身も区切りをつけないといけないからね」


 その後、挨拶の日取りを決めて私たちは宿を出た。次に会う時がその日だ。




■■■




 拠点への帰り道で、どんな言い訳で言い逃れしようかと考える。

 祭りの最終日に帰らず朝帰り。間違いなく何か言われる。

 アルシウスからは嫌味を言われるか、揶揄われるだろう。

 エステラからは好奇の目で見られるかもしれない。

 ファイドロからは──無言の圧力がありそうだ……。


 はあ……、とため息が溢れる。そんな反応をされた後に婚約の話を切り出す勇気はない。

 少しを時間をおけば、そのまま話す機会を無くしそうだ。

 そうすれば以前と同じことになりかねない。

 穏便にことを運ぶためにも早いところ伝えるべきだろう。


 そんな重い足取りで拠点まで戻ってきたら、扉の前でエステラがキョロキョロと辺りを見回していた。

 そして私を見つけるなり、ぱっと表情を明るくして駆け寄ってきた。


「リーゼさん! 一体どこに行っていたんですか⁉︎ 心配したんですよ⁉︎」

「ごめん。ちょっと色々あって……」


 エステラの必死さに「子供じゃないんだから……」という言葉を飲み込んだ。最年長の私が最年少のエステラに怒られるとはなんとも居た堪れない。


「とりあえず中へ。皆さん待ってますから」


 エステラの視線が気になりつつも、促されるまま中に入る。

 談話室では男たち二人がのんびり朝食を食べており、帰ってきた私に視線が集まった。

 その先は二人揃って一ヶ所に集中している。──首?


「ほほう……。帰ってこないと思ったら随分とお楽しみだったようで」

「────⁉︎」


 アルシウスの言葉に全員の視線の意味を理解する。

 慌てて手で隠すが時すでに遅しだ。

 今朝のユーリスの平謝りはこういうことだったのか──!


 あまりの恥ずかしさに顔に熱が集まっていく。

 これ以上この場に居られず、脱兎の如く部屋に逃げ込んだ。




 その後、エステラとファイドロによる長時間に渡る必死の説得によってようやく部屋から出た私は、談話室で全員と向かい合った。


「──ということで結婚することに……。今度挨拶にユーリスが来るから、その……」


 もはや公開処刑のような様相に泣きそうになった。

 何を言ったところで有罪判決が待っているような気分だ。


「それで朝帰りになったと」

「はい……」


 詳しくは聞かれなかったが、だいたい察しているのだろう。

 向けられる視線が鋭く痛い。


「それでどうする」


 ファイドロの視線の先はアルシウス。

 私の処遇はリーダーに任せるということだろう。


「どうするも何も、別にいいだろ? 俺たちには個人的なことに口を出す権利はないだろ」


 思わぬ回答に固まった。

 鳴りを潜めたとはいえ、他人に頼りっぱなしだったあのアルシウスが、他人のことに口を出す権利はないなどと言うようになるとは。


「それよりもこっちの方が重要だ」


 アルシウスは卓を指先で叩いた。

 そこにあるのは一枚の紙。


「──ギルドからの呼び出し……?」

「ああ。用件はわからないが、ギルマスからの呼び出しみたいだ。あまりいい予感がしない」


 そもそもギルドから呼び出されることは少ない。

 あるとすれば、仕事の不手際に対する苦情や、残り物の依頼の押し付けぐらいだ。

 それが今回はギルドマスターから。

 言われるまでもなくまともな用件ではないだろう。


「今日の昼に来いってことだが、向こうのお望み通り全員で行くってことでいいか?」

「それしかあるまい」

「だろうねえ……」


 嫌な予感しかしない空気感の中、まともな話であってくれ、と思ったのは私だけではないはずだ。

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