022 泣き虫
お兄さんの特訓が始まって以来、生活に関わることは私がやることになった。
もちろん高い場所や重たいものを扱う場合はお兄さんがやってくれる。
ただ——お兄さんは生活に必要なことが全然ダメなのだ。
お料理は最初の肉の塊で分かる通り全くできず、いつも生焼けか黒焦げのどちらかだったので、まだ私のほうがまともということでやることになった。
とは言っても、お兄さんより多少まともなぐらいで普段食べていたものには遠く及ばない。
他にもお掃除やお洗濯もなぜか壊したり破ったりと問題続きだったので、私がやることになった。
その代わり、お兄さんはいつも食べるものを用意してくれる。
私ではまだ上手くできない狩りでお肉を用意したり、町までお野菜やパンを買いに行ってくれる。
お兄さんは〝適材適所〟と言っていたけどどんな意味なんだろう。
小屋につくなり大急ぎでお料理を始める。
食材を切るためのナイフがないのでだいたい手でちぎるだけで、どうしても切らないといけないものは剣を使う。
しかし中でやるのは危ないので、先にお兄さんが斬っておいてくれるか、切れていない時は外でやっている。
「あ、火をつけてくれるの?」
薪の近くで赤い光がふわふわしていたので、訊ねればそこに火が点った。
「ふふっ……いつもありがとうね」
お礼を言えば赤い光はふわふわ漂うように消えていった。
最近はずっとこんな調子で、お料理し始めると赤い光がお手伝いに来てくれる。
そして役目を終えればすっと消えてしまうので、いつもどこに行ってしまうのだろうと気になっている。
私は火が点った薪に鍋を乗せてそれを温めた。
「あ、今度みんなにご馳走しようかな?」
手伝ってくれてるのに言葉だけのお礼では悪い気がしてそんな事を考えた。
「なんだ、いつもどうやっているのかと思ったら精霊にやらせていたのか」
「あれ、お兄さん。——せいれい?」
いつの間にかやって来ていたお兄さんに訊ねれば、お兄さんは片手で顔を覆って大きなため息をついた。
そしてしゃがんで私と目線を揃えると、私の目を指さした。
「お前が見えている小さな光は精霊だ。精霊を見れる人間は希少だし、この国は精霊が少ない」
「どうして?」
「……この国は精霊にとっては住みにくいんだ」
私の質問にお兄さんはそっぽを向いた。
どうしてそんな態度なのか分からず私は小首をかしげた。
「——そっか、せいれいさんだったのね! せいれいさんも大変なのにいつも助けてくれてありがとう!」
今この場に精霊はいないが、どうしても言いたくてそう口にした。
すると、なぜかお兄さんが少し緩んだ顔で私の頭を撫でた。
やっぱり大きくてゴツゴツした温かい手だ。
私はその手が大好きだった。
それからも私の剣の特訓は続いた。
ただし、それは移動しながらだ。
それまで使っていた小屋を片付けて、私たちは再び王都に向かって移動を始めた。
なんでもお兄さんが少し急がないといけない用事ができたかららしい。
今まで私の歩調に合わせるように歩いてくれていたお兄さんも、少し急ぎ足で、私は走るように追いかける。
そして王都まであと少しというところで大雨に見舞われてしまった。
このときばかりは雨宿りができるような場所もなく、仕方なく雨の中を走った。
「お兄さん、なんか寒いの……」
ぶるぶると内側から震えるような寒さにそう言えば、お兄さんは立ち止まって私のおでこに手を当てた。
「——くそっ、こんな時に!」
お兄さんは嫌そうな顔をしながら私を小脇に抱えた。
頭はぼんやりして、まぶたも重い。
ただとにかく眠くて寒い。
「おい、精霊共、こいつをどうにかできるやつのところまで案内しろ!」
そんな言葉を聞いたのを最後にぷっつりと意識を失った。
■■■
次に目覚めたときには見知らぬ場所だった。
つやつやした白い天井にお屋敷にありそうな明かり。
そんな変わった景色を眺める。
「——ようやく目が覚めたか」
そんな声に視線を動かせば、そこには知らない男の人がいた。
お兄さんとは違う日焼けしたような肌に太い腕。
ちょっと怖そうな顔にびっくりした。
「嬢ちゃん、名前は言えるか? ここがどこかわかるか?」
男の人は私の顔を覗き込むように訊ねた。
「……リーゼ……。ここは、どこなの?」
いつも通りに話したつもりなのに、何かでつっかえているように声は出づらくて、頑張って出した声もガラガラだった。
「そうか。ここは王都の神殿だ。なんで来たかは分かるか?」
男の人は私の聞くに堪えない声などものともせず、問いを重ねた。
とても寒くなったことまでは覚えているが、なんでこんな所まで来たのかはわからない。
私は力なくふるふると頭を振った。
「——お兄、さん、は?」
ずっと姿が見えないことが気になって訊ねた。
しかし、男の人は少し驚いてすぐに困ったように顔色を変えた。
「知らねえよ。土砂降りの中、急におめえを押し付けてすぐにどっかに行っちまった。ここにも一度も顔を出してねえ」
それを聞いて急に悲しくなった。
目が熱くなって涙が溢れてくる。
なんで? 私のこと嫌いになっちゃったの? だから置いてどこかに行っちゃったの?
「ふぇ……」
「——おい、泣くんじゃねえよ! ほら、きっとすぐに迎えに来るさ!」
急に泣き始めた私に男の人はあたふたとし始めた。
結局男の人は私が泣き止むまでそばにいて、明日迎えに来ると言って帰っていった。
そして約束通り迎えに来た男の人に引き取られた私は、そのまま冒険者として働けるようになるまでお世話になった。
「リーゼちゃんは今日もかわいいなあ……。あんな頑固おやじのところじゃなくてうちに来ないかい?」
「てめえ、客の顔して何言ってやがる! もう用がないならとっとと帰れ!」
ある日、店主はそう言って、たった一人のお客さんを押し出すようにして追い出した。
「毎度毎度あいつは……」
こんな光景はよくある。
お店の中で手伝いをしているところをお客さんが声をかけて、店主がそのお客さんを追い出す。
大体この流れだ。
「私が話し方を変えれば良いのかな?」
「んなの関係ねえよ。ああいう奴らは全部見た目だ」
「じゃあ、店先で剣を振り回していればいいかな?」
「そんな危ねえことすんじゃねえ!」
「あははははっ!」
強面の店主は怒りながらも私のところに来て、大きな手を私の頭に置いた。
お兄さんとは違う大きな硬い手だ。
そうする時はいつも優しく表情を緩める。
「……奥で作業してくる。客が来たら呼んでくれ」
「はーい」
お客さんは少ないが、お店の管理も武器を作ったり直したりするのも店主一人でやっている。
なので結構忙しい。
だから私が店主では手の届かないところを手伝っているのだ。
しかし、それもあと数日のことだ。
登録に制限がない冒険者なら、店主にお世話にならなくても働くことができた。
しかし、冒険者は命がけの仕事だから危ないと店主に止められていたのだ。
せめてある程度体が成長する一〇歳までは、と。
数日後に一〇歳の誕生日を迎える以上、それ以上引き止められることはないだろう、と思っている。
別にこの店での生活が嫌な訳ではない。
しかし、今のままでは一方的に面倒を見てもらっているだけだ。
私が店主にしてあげられるのはこうやって店番をすることぐらい。
店主のように武器を作ったり直したりすることができれば店を継ぐことができたかもしれないが、おそらくそれができたとしても店主はそれを望まないだろう。
それならば早いところ自立すべき。
それが私の考えだ。
そうしてその数日はあっという間に過ぎ去り、誕生日を迎えた。
「リーゼ、おめえにこれをやる」
朝起きて最初の一言がそれだった。
その手にあるのは短めの槍だ。
店主はそれを押し付けるように私に渡した。
長さと重さは私の背丈に合わせてあるようで持ちやすく、振りやすい。
「これは俺とおめえを連れてきた兄ちゃんからだ。核だけ兄ちゃんが持ってきた素材でできてる。あんな上物の素材なんざ手に入れようがないから大切にしてやりな」
「え、お兄さん来たの?」
想像すらしなかった話に反射的に訊ねた。
しかし店主はそれに首を振った。
「来てねえよ。おめえを連れてきた時に一緒に置いてったんだよ。おめえがでかくなったときにこれで武器を作ってやれってよ」
「……………………」
思わぬ話に目が熱くなった。
今にも涙がこぼれそうだが耐えた。
どうにも王都に着いてから泣いてばかりだ。
「泣くんじゃねえよ。……まあ、さっきは俺と、って言ったが、殆どあの兄ちゃんの注文だ。これはあの兄ちゃんからの贈り物だと思っとけ」
「——わかった。ありがとう……」
「まだ話は終わりじゃねえ。それでこれだけじゃ俺の面子が丸潰れだ。だからおめえがもっと大きくなって、扱いにくくなったらそれを持って来い。長いやつにしてやる」
「うん、わかった。ちゃんと持ってくるね」
「だから、泣くんじゃねえって。……ったくおめえはずっと泣いてばかりだな。そんなんで冒険者やれんのか?」
結局こぼれてしまった涙を止めることができず、店を開けるまでずっとそこで泣き続けてしまった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ようやくリーゼの壮絶な過去、そして彼女の「名」と「槍」にまつわる真実が明かされました。
彼女が背負ってきた過去を知った上で、ユーリスが次にどんな言葉をかけるのか。
リーゼの涙に胸を打たれ、「これから幸せになってほしい!」と少しでも思っていただけましたら、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】から応援をいただけますと幸いです。
完結まで、大切にこの物語をお届けしてまいります。




