23.アレシアと影
◆
その夜のことだ。
灯りを落とした暗い部屋の中──アレシアは寝台に腰を下ろし、まっすぐに壁をみつめていた。
ややあって──
「ええ──そうね」
声の向かう先がおかしい。窓でも扉でもない。寝台の足元──あの場所のほうを向いて、アレシアは話しかけていた。
「お父様は鋭いから。途中で気づかれたかもしれないわ。首の動きが合ってなかったでしょう? ふふ、ごめんなさいね。あなたの声が聞こえると、ついそっちに意識が向いてしまうの」
寝台の足元には誰もいない。
誰もいないはずだ。蝋燭の灯りは弱いが、足元まで届いている。床板の木目が見える。天蓋の影が落ちている。水溜まりはない。人影もない。
なのにアレシアは微笑んでいた。
あの凪いだ表情ではない。ダグラスの前で見せた取り繕いの笑みでもない。もっと──柔らかい笑みだった。親しい者に向ける、素の笑みだった。
「でも大丈夫。お父様にはお父様のお仕事をしていただくわ。根回しも、名分も、全部お父様がやってくださる。あとは場を整えるだけ。それにしても──」
アレシアの声が少しだけ揺れた。揺れたのは感情の昂りだ。嬉しさに似た何かが声の底に滲んでいる。
「あなたとこうしてお話しできるなんて、思わなかった。私たち、どこか似た者同士なのかもしれないわね──」
蝋燭の炎が痩せた。
一瞬──本当に一瞬だけ灯りが翳り、寝台の足元に影が伸びた。
人の形をした影が。




