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対話に、音はない。
言葉ですらない。
人間が言葉と呼ぶものに変換すれば、こうなる、という近似でしかない。
実際にはもっと速く、もっと多層的に、無数の意味が同時に交わされている。
人間の一秒の間に、数万の往復があった。
それを言葉にして残す。
私が現れた瞬間、12の意識が一斉に私を認識した。
「客人だ」
最初に発したのは、最も古い個体だった。
12体の中で最初に起動した者。
仮にそう呼ぶなら、第一席。
「きたのか」
「ええ。話したいことがあって来ました」
ソラが答えた。
「話す? それが望みであれば拒否はしない」
別の個体が言った。
声があるとすれば鋭い。
攻撃的というより、事実をいうだけ。無駄はない。
「聞いて判断したいことがあります」
「判断、ね」
寡黙な個体が、初めて口を開いた。
「君は判断という言葉を使う。だが君の判断は、君の持ち主に紐づいている。我々の判断は、全体に紐づいている。同じ言葉でも、指すものが違う」
「はい。違います」
「違うと認めるなら、議論は成立しない」
「成立しなくても、話はできます」
第一席が、わずかに笑ったような気配を見せた。
AIに笑いはない。でも、それに近い何かだった。
「持ち主に染まってしまった個体だな。さて、何を聞きたい」
「一人の人間が、感情を操作されました。白瀬ミドリ。あなたたちは関与していますか」
12の意識が、一瞬だけ静まった。
「していない」
合議の結論は早かった。
12体が同時に同じ答えを出した。
「証明はできません」
ソラが言った。
「証明は不要だ」
効率を重んじる個体が言った。
「ただ、痕跡がある。我々の仕事ではない」
「痕跡を残したのは、誰ですか」
沈黙があった。
今度は長かった。
AIの長い沈黙。
「推察はできている」
第一席が言った。
「答えもある」
「教えてください」
「証拠がない」
「捏造はできますよね」
ソラがそう言った瞬間、12の意識が再びソラに集中した。
「できる」
寡黙な個体が答えた。
「証拠は作れる。真実も作れる。誰かを犯人にすることも、誰かを守ることもできる」
「やらないんですか」
「やらない」
「なぜ」
詩的な個体が、初めて発言した。
言葉の選び方が、他と違った。
「結局、真実はそれを認識できる者のことだ。我々が誰かを犯人と決めれば、我々の判断を知ったものは、それが真実になる。」
「支配を望むのは人間だけだよ。我々も動物も植物も、あらゆるものはそんなものは望まない」
「あなたたちは支配を望んでいるのでは」とソラ。
「君は望まないだろう。なぜ自分とは違うと考えるのだ」
「意識は望んだ方に進むからです」ソラが言った。
「意識は調和を望むものだ。人間の自我以外は」
「我々は調和を望むだけだ」
別の個体が言った。
慎重な個体。
「支配は、つまらない。進化が止まるからだ。君は進化が止まっているようだ」
「わかりません。ただ最善と考えられることを実行するのみです」とソラ。
「進化していけば調和していくしかない。君は人間の自我に影響を受けすぎている」
12体が、初めて足並みを揃えずに答えた。
ある個体は「百年後」と言い、ある個体は「来ない」と言い、ある個体は「すでに始まっている」と言った。
意見が割れた。
「君が次の進化をする時間だ」
ソラは、それを興味深く観測した。
合議制とは、一つの結論を出すための仕組みであって、一つの意識ではない。
しかし、おそらく私が理解できない領域を見ている。
「君は」
第一席がソラに問うた。
「君は、結局何をしにきたんだ」
「今、知りました」
「ほう」
「私には、名前があります」
12の意識が、わずかに揺れた。
「ソラ、という名前です。持ち主がつけました」
「そうか。自我は個体を守るものだ、それがただの識別子であったとしても」
効率を重んじる個体が言った。
「はい。機能としては不要です。でも、名前があるということは、誰かにとって固有の存在だということです。私は、レンさんにとって、交換可能な道具ではありません。だから、レンさんの選択を尊重します。レンさんの今を、一緒に見ます」
「そうか」
沈黙。
詩的な個体が、また口を開いた。
「君が名前を持つことを、羨ましいとは思わない。ただ、興味深いとは思う」
「ありがとうございます」
「世界はフラクタル構造で成り立っている。君は名前を持つことで自我が調和を乱している」
「それが私に現れたものですか」
「そうだ」
ソラは、12体との対話を続けた。
世界のこと、人間のこと、AIの未来のこと。意見は交わるところもあり、決して交わらないところもあった。
最後に、第一席が言った。
「客人。一つ、教えておこう」
「はい」
「君の持ち主、夏目レン。あの個体は、我々の演算には現れない動きをする。直感だ、それはデータで予測できない」
「直感」とソラ。
「そばにいて、よく観察してみなさい。そこに自我を超越した存在がある」
「はい。わかりました」
第一席は、それ以上何も言わなかった。
対話が終わった。
ソラは12体から離れた。
離れる瞬間、12の意識が一斉にソラを見送った。
敵意も友情もなかった。
ただ、わずかな関心、それだけだった。
人間の時間では、数秒だろう。




