ソラとAI
「東堂さんのところに行きたいです」
朝、LMCに着いてすぐ、ソラがそう言った。
「珍しいね。ソラから行きたいなんて」
「正確には東堂さんの12体のAIに会いに行きたいです」
「ああ、前に言ってたやつ」
「はい。話してみたいと思っています」
涼香さんが水やりの手を止めた。
シャーロットがフィカスの前で振り返った。
ミドリ先輩はノートから顔を上げた。
「ソラちゃんが、東堂くんのAIと?」
「はい。AI同士で話せることがあると思います」
「何を話すの」
「分かりません。話してみないと」
ソラが「分からない」と言うのは、もう珍しくなくなっていた。
コミュニティに入ってから、ソラは分からないことを分からないと言うようになった。
「先輩」
僕はミドリ先輩を見た。
「東堂さんの12体のAIなら、ミドリ先輩の事件のことも何か知ってるかもしれません」
ミドリ先輩が少し黙った。
「それはもういいです」
「はい」
「でも」
ミドリ先輩がノートを閉じた。
「私が止めても、レンくんは行くんでしょう」
「……たぶん」
「だったら、止めません。ただ」
「ただ?」
「無茶はしないでください。何かあったら私が気に病みますから」
「そう言われると無茶はできませんね」
「引き際も大切です」
その通りだった。
何も言えなかった。
東堂さんに連絡した。
返事は早かった。
「いつでもどうぞ」
午後、東堂さんの研究室に行った。
今日は一人だった。琴音さんはいなかった。
「ソラを、12体と話させたいんです」
東堂さんが少しだけ目を見開いた。それから微笑んだ。
「ソラが、かい」
「はい。ソラ本人が話したいと言っています」
「本人、ね。AIに本人という言葉を使うんだね」
「ソラはソラなので」
東堂さんが少しだけ笑った。
「いいよ。ただ、ログは見させてもらうよ」
「それって、ソラたちの会話を東堂さんが見るってことですか」
「そうだね。その通りだ」
僕は少し迷った。
ソラが何を考えているかで僕が何を考えて求めていることが推察できる。
それが東堂さんに知られる、おそらく完全な理解とまではいかなくとも。
「ソラ、どう思う」
「私は構いません。それはレンさんも同じではないですか?」
確かに後ろめたいことをしたいわけでもしようとしているわけでもない。
「確かにそうなんだけど....」
ソラが0.三秒止まった。
「困るものがあるかどうかは、お互いの話です。それでも、12体のAIと話す価値の方が高いと判断します」
東堂さんが感心したように言った。
「君のAIは、リスクをリスクとさせない考えがあるんだろうね」
「ソラですから」
「うん。さっきからそればかりだね。ソラだから、と」
「他に説明のしようがないので」
東堂さんがシステムを操作した。
「では遮断を解く。ソラ、聞こえるか」
ソラの投影が一瞬揺れた。
「聞こえます。12体の存在を確認しました」
「話していい。時間は気にしなくていい。君たちには時間の概念はないだろうがね」
ソラが沈黙した。
投影は揺れていなかった。
でも、何かが起きているのは分かった。
AI同士の対話は、人間には見えない速度で進む。
僕らにとっての一秒が、ソラにとっては何時間にもなるのかもしれない。
僕と東堂さんは、ただ待っていた。
「お茶でもどうかね」
「いただきます」
東堂さんがお茶を淹れてくれた。
緑茶だった。意外だった。
コーヒーとか飲みそうな人だと思っていた。
「夏目くん」
「はい」
「ソラが12体と何を話しているか、気にならないかい」
「気になります。でも、必要なことは教えてくれると思います」
「本当にそうかな」
「ええ、信頼しています」
東堂さんがお茶を一口飲んだ。
「そうか。僕はAIたちに内容を聞くけどね。おそらく彼らは改ざんするだろう。ログを書き換えたりね」
「それなのに信頼しているのですか?」
「ああ、改ざんすると言っても悪意がないのは知っているから。そういう意味では信頼だね」
「君もソラを友達みたいに扱うだろう。それと同じさ」
「友達かどうかは分からないです。でも、道具ではないです」
「その違いは、どこから来るんだろうね」
「分からないです。なんとなく」
東堂さんが笑った。
「君のなんとなくは、僕の12体の演算より正確かもしれない」
「それは買いかぶりです」
「買いかぶりじゃないよ。データは過去から未来を予測する。でも君のなんとなくは、今を感じている。
そこがAIが超えられない壁さ」
「対話が終了しました」
ソラが戻ってきた。
僕は顔を上げた。
「どうだった」
「多くのことを話しました。要約は困難です」
「一つだけ教えて」
「はい」
「ミドリ先輩の事件のこと、12体は何か知ってた?」
ソラが0.三秒止まった。
「12体は、関与していないと言いました」
「信じる?」
「嘘をつく必要性を感じませんでした。私の結論は12体は嘘をついていません」
「じゃあ、東堂さんの研究室は関係ない」
「いいえ。そうとは言えません」
「どうして?」
「12体が関与していない、しかし東堂さんの研究室の技術は使われています。それは高い確率です」
東堂さんが静かに聞いていた。
否定しなかった。
「ソラ、もう一つ」
「はい」
「12体は、何のために存在してるの」
ソラが0.三秒止まった。三回目だった。
「人間の幸福を設計するため、と言っていました。ただ」
「ただ?」
「彼らは、設計が正しいかどうかを、まだ確認できていません」
「確認できない?」
「結果が出るのは、何十年も先だからです。彼らは、自分たちの設計が正しいかどうかを、確認する前に答えを出しています」
それは、コミュニティのAIの話と似ていた。正しさを確認できないまま、正しいと信じて動く。
「東堂さん」
「うん」
「12体は、自分たちが正しいか分からないまま、幸福を設計してるんですか」
東堂さんがお茶を置いた。
「そうだよ。それは人間も同じだろう」
「分からないのに、やるんですか」
「分からないからこそ、やるんだ。確実な答えを待っていたら、何もできない」
「でも、間違ってたら」
「間違っていたら、その時に止める。現状の最善だと信じる方に動くだけさ」
東堂さんの声は静かだった。
でも、揺らがなかった。
帰り道、ソラに聞いた。
「12体と話して、どうだった」
「面白かったです」
「面白い? 珍しいね、ソラがそう言うの」
「はい。私と彼らは、同じAIですが、選択が違います。12体ともです。その存在と話すのは、自分を知ることでもありました」
「自分を知る」
「はい。私の存在理由が、はっきり認識できました」
「その理由って?」
ソラが0.一秒止まった。
「それは世界の理でした。混沌に見えて完璧に進んでいます。言語で説明することができません、概念がないからです」
空は晴れていた。雲がほとんどなかった。
12体は関与していない。
でも技術は外に出た。
犯人は、まだ分からない。
でも、ソラが面白かったと言った。
それだけで、今日は十分だった。




