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僕、絶対に嫌われてると思うんだけど  作者: かわいかつひと
知らない世界

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レンの直感

決められた時間にドアの前に立った。


前にも来たことがある。


けど今日は隣に琴音さんがいた。


「緊張してますか」


「してないです」


「本当ですか。心拍上がってますよ」


「なんで分かるんですか」


「八年も東堂さんのそばにいると、人を見る癖がつくんです」


「それスキャンより怖いですね」


琴音さんが少しだけ笑った。


ノックした。


「どうぞ」


いつもの声だった。


ドアを開けた。


いつも通り東堂さんが一人で座っていた。


机の上にモニターがいくつか並んでいて、壁に地図が貼ってあった。


東堂さんの目が僕を見て、それから琴音さんを見た。


一瞬だった。本当に一瞬だけ、東堂さんの目が動いた。


「夏目くん。それと、琴音」


「お邪魔します」


琴音さんの声はいつも通りだった。


背筋も変わらず真っ直ぐだった。


「座って。二人分の椅子はないから、夏目くんはそっちを使ってくれ」


東堂さんが壁際の椅子を指した。


琴音さんはいつもの場所があるのか、迷わずに東堂さんの正面に座った。


僕はその隣だ。


「今日はどうしたのかな」


これ以上ないくらい優しい口調で東堂さんは話し始めた。


「聞きたいことがあって来ました」


「嬉しいよ。前にも言ったけど、嫌だと言いに来てくれる人は少ないからね」


「今日は嫌だと言いに来たわけじゃないです」


「そうか。じゃあ、なんだろうな」


「感情操作の技術について聞きたいです」


東堂さんの表情は変わらなかった。


穏やかなまま、僕を見ていた。


「具体的に説明してくれるかな」


「周波数で人の感情を書き換える技術。東堂さんの研究室にありますよね」


「あるよ。隠すつもりはない」


「その技術が、研究室の外に出た可能性はありますか」


東堂さんが少しだけ首を傾けた。


前にもこの仕草を見た。


本当に考えている時の顔だった。


「可能性はある。データの不正アクセスがあったことは把握している」


「誰がアクセスしたかは」


「特定できなかった。痕跡が消されていたからね」


「東堂さんが消したんじゃないですか」


琴音さんが横で息を呑んだ。でも止めなかった。


東堂さんは笑顔を崩さないまま、まっすぐに僕を見た。


「僕じゃないよ」


「証拠はありますか」


「ないし、やってないことを証明する気もないよ」


「それは答えになってないです」


「それを言い出したら、夏目くんもやっていない証拠を出さないといけないよ」


「僕はやる理由がありません」


「それは僕もさ。そもそも僕は不正アクセスをわざわざする必要がないからね」


沈黙が落ちた。


「手段と目的を取り違えていないかい?」


東堂さんがモニターに目を落とした。


何かを操作して、画面を琴音さんの方に向けた。


「これが不正アクセスのログだ。僕が調べた限りの記録は琴音なら見せる」


琴音さんが画面に目を向けた。


データを読む速度が僕とは違う。


東堂さんが穏やかに言った。


「ごめんね。部外者には見せられない」


「それは当然だと思います」


データが本物かどうかも、東堂さんが、琴音さんが嘘をついているかどうかも、自分で決めるしかない。


琴音さんがデータから顔を上げた。


「アクセスログは本物です。改竄はされていません」


「琴音にそう言われても、夏目くんには確認のしようがないね」


東堂さんが言った。嫌味ではなかった。事実を述べていた。


「琴音さんが本物だと言うなら、信じます」


琴音さんが僕を見た。


少しだけ驚いた顔をしていた。


「根拠は?」


「ないです。なんとなく」


東堂さんが笑った。


「なんとなく、か。それが君の武器だね」


「白瀬さんのデータに外部介入の痕跡が出ました」


琴音さんが切り出した。


声が変わっていた。


報告の声だった。


「周波数操作の可能性が高いです」


東堂さんは黙った。


三秒くらい。


東堂さんの三秒は長い。


「昨日、琴音から聞いた」


僕は琴音さんを見た。琴音さんは目を伏せていた。


「報告してくれたことには感謝している。そして、夏目くんと一緒に来たのは琴音の判断だね」


「はい」


「理由は言わなくていい」


その言葉の中に、聞かなくても分かっているという重さがあった。


「東堂さん」


「うん」


「白瀬先輩の回復のために、技術のデータが必要です。反対の周波数を設計するために」


「協力するよ」


あっさりだった。


「え」


「驚くことかい。僕の研究室から技術が漏れた可能性がある。それで誰かが傷ついた。それは僕の責任でもある」


「責任」


「技術を作った人間には、それがどう使われるかの責任がある。如月先生に昔言われたよ」


「如月先生と東堂さんは、何があったんですか」


「それはまた今度にしよう。長い話になる」


東堂さんが立ち上がった。


「琴音、白瀬さんに渡せるようにデータを整理してくれ。技術の詳細も含めて」


「はい」


「夏目くん」


「はい」


「白瀬さんには、直接伝えた方がいいかな」


「どうでしょうか。先輩に確認してみます」


「君が間に入ると」


「はい」


東堂さんが僕を見た。


「君は不思議だな。僕の技術が誰かを傷つけたかもしれないのに、僕に協力を求めに来る」


「技術が悪いんじゃないです。道具は使い方です」


「前にも似たようなことを言っていたね」


「変わってないので」


「変わらないことは、時に一番強い。けど視野が狭くなる時もある」


東堂さんが笑った。


「また来てくれ。嫌だと言いに来るだけでもいい」


「今日は嫌だとは言ってないですよ」


「うん。だから余計に嬉しいんだよ」


ドアを閉めた。


廊下に出た瞬間、ソラが復帰した。


「レンさん。通信が回復しました」


「おかえり」


「ただいま、ではありませんが」


「いなかった間のこと、聞きたい?」


「はい。聞かせてください」


「東堂さんのデータは琴音さんが本物だと言った。僕は琴音さんを信じた。根拠はないけど」


ソラが止まった。


「なんとなくだけど」


「はい。レンさんのなんとなく、それは直感なのでしょう」


「うん。少しは信じて良いかなと思えてきたよ」


琴音さんが廊下の角で立ち止まった。


「私はここで。データの整理がありますから」


「ありがとうございました」


「夏目くん。白瀬さんに怒られると思いますよ」


「分かってます」


「覚悟はありますか」


「覚悟はないです。でも怒ってくれるなら、それでいいかなと」


琴音さんが微笑んだ。隙のある笑い方だった。


「東堂さんが夏目くんを気に入る理由が分かります」


琴音さんが去った。


ソラに聞いた。


「東堂さん、嘘ついてたと思う?」


「判断材料がありません。私はあの部屋では機能していませんでした」


「僕のなんとなくを言うよ」


「はい」


「嘘はついてなかったと思う。でも、全部は言ってなかった」


「根拠は」


「顔。東堂さんは僕に嘘をつきたくない顔をしてた。でも、言えないことがある顔もしてた」


「レンさんは、いつから人の顔がそこまで読めるようになったんですか」


「さあ。なんとなく」


「なんとなくですか」


「うん。でもソラも全部は言ってないでしょ」


ソラが0.三秒止まった。


「はい」


空の曇りは変わらなかったけど、風が少しだけ温かかった。


明日、先輩にこのことを報告する。


怒られるだろう。


でもデータは手に入る。


先輩が自分で自分を直すためのデータ。


それだけは、嘘のない贈り物だと思った。

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