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僕、絶対に嫌われてると思うんだけど  作者: かわいかつひと
知らない世界

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データに嘘はない

実験が再開して一週間が経った。

毎日二十分、僕はミドリ先輩の向かいに座って、スキャンを受けた。

先輩は毎回「普通にしていてください」と言い、

僕は毎回「普通ってなんですか」と返した。

もうこれが挨拶みたいになっていた。


その日、如月教授がデータの分析結果を持ってきた。

教授が説明を始めた。ミドリ先輩が自分のデータを見ていた。

教授の説明は丁寧で、長くて、正確そうだった。

僕は半分くらいしか理解できなかった。


でも、一つだけ分かったことがあった。

ミドリ先輩のデータの中に、不自然な動きがあった。

ある日を境に、男性への感情反応が急激に変わっている。

グラフで見ると一目で分かる。

それまで平坦だった線が、ある日ストンと落ちている。

「これは自然な変化ではありませんね」

先輩が言った。

研究者の声だった。

冷静で、正確で、まるで他人のデータを読んでいるみたいだった。

教授がうなずいた。「周波数による感情操作の可能性が高い」

僕は先輩の手を見ていた。

ノートの角を握っていた。

指先が白くなるくらい。

声は冷静だけど、身体に反応は出ていた。

「先輩」

「何」

「怒ってないんですか」

如月教授が僕を見た。

先輩は僕を見なかった。

「怒る理由がありません。データが出たなら、次にやることを考えるだけです」

「でも」

「でも何ですか」

「先輩のノート、破れそうです」

先輩が自分の手を見た。

ノートの角がぐしゃぐしゃになっていた。先輩の指の跡が、紙に食い込んでいた。

「……そうですね」

先輩がノートから手を離した。指の跡が残っていた。

「怒ってます。たぶん」

先輩の声が小さくなった。


「データで見ると冷静に分析できます。でも、私の感情を、誰かが勝手に書き換えた。そう思うと」

声が途切れた。

僕は先輩の肩に手を置いた。

何も言えなかった。

先輩が固まった。

「何してるんですか」

「何って。肩に手を」

「見れば分かります。なんで」

「なんとなく」

「なんとなくで人の肩に触らないでください」

「すみません」

手を離した。でも先輩は、怒ってなかった。

怒ってる時の声はもっと硬い。

これは違う声だった。

何て言うんだろう、困った声だった。

「……別に」

「え?」

「別に、嫌だったわけじゃないです。ただ、びっくりしたので」

「はい」

「反射で身を引くかと思ったんです。でも引かなかった。それが、びっくりした理由です」


僕は一瞬、意味が分からなかった。

それから分かった。

先輩は男性不信のはずだった。

男の人が近くにいると反射的に身を引く。

でも今、僕が肩に手を置いたとき、先輩は引かなかった。

「データ的には、あなたに対する回避反応は出ていませんでした」

「前から?」

「前から」

「それ、なんでですか」

「分かりません。データに理由は書いてありません」

如月教授が咳払いをした。

「二人とも、僕がいるの忘れてないかね」

忘れてた。完全に忘れてた。

先輩の顔が赤くなった。耳も赤くなった。


「如月先生、すみません」

「いや、いいんだよ。データでない世界も面白いだろう。ついでにデータも録っておいたよ」

「今の録ってたんですか」

「スキャンは常時ONだよ。君が設定したんだろう」

先輩が固まった。自分で設定した感情スキャンが、自分の感情を記録していた。

「……消してください」

「消せるよ。君が消したいと言えばすべてのデータは削除される。新しいルールだ」

「消しません」

「どっちだい」

「消しません。データはデータです」

「君らしいね」

先輩がノートを開いた。新しいページだった。

ぐしゃぐしゃの前のページの次のページだった。

「如月先生」

「うん」

「回復の方法を研究します。反対の周波数で修正できると思うのですが」

「もちろんだ」

「私は犯人探しはしません。自分のデータは自分で直します」

「うん。ただ、一つだけ覚えておいてくれ」

「はい」

「感情というのは、データで証明できて初めて本物になるわけじゃないんだよ」

「はい。初めて分かりました。私は怒っています。でも怒っていいのか分からなくて」

「怒っていいんだよ」

「はい」

先輩が新しいページに書き始めた。一行目が見えた。

「回復計画」

その字が、いつもより少し大きかった。


帰り道、ソラに聞いた。

「先輩、怒ってたね」

「はい」

「データで見なくても分かったよ」

「ノート見たら分かるよ。あんなにぐしゃぐしゃだったの初めて見た」

「レンさん」

「ん?」

「肩に手を置きましたね」

「うん」

「ミドリさんは引きませんでした」

「うん」

「スキャンのデータにも出ていました。レンさんに対してだけ、回避反応が出ていません」

「なんでだろ」

「分かりません」

「ソラでも?」

「はい。これは、データには出ているのに説明がつかないケースです」

「先輩が言ってた。データに理由は書いてないって」

「はい。今回ばかりは、ミドリさんに同意します」


空は曇り始めていた。朝は晴れていたのに。

でも先輩の怒りは、雲みたいに暗くはなかった。

先輩がちゃんと怒れたことが、少しだけ良かった気がした。

先輩の肩は思ったより小さかった。

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