なんでも話せる涼香さん
LMCに着いたら、シャーロットがパキラの前に座っていた。
「おはようございます」
「うむ。遅いのじゃ」
「いつもと同じ時間ですけど」
「そうか。待っておったぞ」
「シャーロットが?」
「パキラがじゃ。今日は何やら騒がしいのじゃ。誰か来るのを知っておるみたいでの」
「それ僕のことですか」
「知らん。こやつに聞け。」
「聞けないですよ」
「そう決めつけておるから聞けんのじゃ」
そうなのかもしれない、反論はできなかった。
涼香さんがまだ来ていない。シャーロットと二人のLMCは珍しかった。
「シャーロット」
「なんじゃ」
「涼香さんに話したいことがあって。シャーロットにも聞いてほしいんだけど」
シャーロットが振り返った。いつもの観察者の目ではなく、少しだけ真剣な目だった。
「妾に聞いてほしいと。珍しいの」
「うん。なんとなく、シャーロットがいた方がいい気がして」
「なんじゃ、なんとなく、か。お主は女子をもっと喜ばせい」
「あ、ありがとうございます」
「礼を言うところかの。まあよいわ」
涼香さんが来た。手に紙袋を持っていた。
「はい、お土産。駅前のパン屋で買ってきた」
「ありがとうございます」
「はい、シャーロットも」
「うむ」
三人でパンを食べた。僕はクリームパン、涼香さんはクロワッサン、シャーロットはメロンパンだった。
琴音さんはまだ来ていない。
「涼香さん」
「なに?」
「琴音さんのことで、ちょっと」
涼香さんの手が一瞬止まった。クロワッサンを置いて、こっちを向いた。
「なに?聞くわ」
「この前、琴音さんと二人になったとき、あの時涼香さんに植物の話をしたと言ったんですけど、本当は違いました」
「知ってるわ」
「え」
「レンくんが嘘つくと、声が少し上がるの。わかりやすいわ」笑いながらそう言った。
「……すみません」
「いいの。言いたくなったから今言ってるんでしょ。聞かせてちょうだい」
僕は話した。
琴音さんの友達のこと。
半年前から男性不信になったこと。
感情スキャンのデータに偏りがあること。
反対のデータを浴びせると傾きが戻るかもしれないということ。
涼香さんは黙って聞いていた。最後まで一度も口を挟まなかった。
シャーロットも黙っていた。
メロンパンの最後の一口を飲み込んでから、ようやく口を開いた。
「その友達とやらは、本当におるのかの」
「え」
「琴音が言った友達じゃ。実在するのかの」
考えていなかった。
琴音さんの友達が実在するかどうか。
あの話が本当かどうかは考えた。
でも「友達がいる」という前提そのものを疑っていなかった。
涼香さんが窓の外を見た。
「友達が実在するかどうかは、今は分からないわ。でも、症状の話は本物よ」
「本物?」
「ミドリと同じだもの。あの症状を知らない人間が、そこまで正確にはわからないでしょ」
「じゃあ琴音さんは、ミドリ先輩のことを知ってる?」
「知っているか、同じ症状の人間を本当に知っているか、どちらかね」
涼香さんがクロワッサンの残りを食べた。
「レンくん、琴音ちゃんが感情スキャンのデータの話をしたでしょ。反対のデータを浴びせると戻るって」
「はい」
「それ、如月先生の実験再開と繋がるのよ」
「どういうことですか」
「感情スキャンを再開すれば、ミドリのデータが取れる。データが取れれば、反対の周波数を作れる。
琴音ちゃんの話が本当なら、ミドリの症状を治せるかもしれない」
「それは……いいことじゃないですか」
「いいことよ。でも、誰がそのデータを使うの」
涼香さんの目が僕を見た。
「如月先生? 琴音ちゃん? 東堂くん? データを取るのはいい。でもそのデータがどこに流れるか、前にもあったでしょ」
流出事件。涼香さんのデータが流出したあの事件。
「涼香さんは、実験に反対ですか」
「反対じゃないわ。如月先生が再開すると言ったなら、セキュリティは前より強化されるはず」
少し間があった。
「でも、琴音ちゃんの話と如月先生の再開が同じ時期に動いていることが、私には偶然に見えない」
シャーロットが言った。
「偶然ではなかろう。じゃが、偶然でないからといって悪意とも限らん」
「シャーロットはどう思うの」
「琴音は嘘をついておらん。あの日もそう言ったし、今もそう思っておる。とは言っても全部を言っておることにはならん」
「全部を言わないのは普通のことよ。私だって全部は言ってない」
涼香さんがそう言って、少しだけ笑った。
「レンくん」
「はい」
「ありがとう。話してくれて」
「遅くなりました」
「ちゃんと考えて言ってくれたんでしょ」
「涼香さんはどうしますか」
「ミドリに聞く。琴音ちゃんの話とミドリの状態を突き合わせる。如月先生にも相談する」
「僕は」
「レンくんは今まで通りでいて」
「また、同じこと言いますね」
涼香さんが僕を見た。
「同じこと?」
「前にも言われました。変わらないのが一番いいって」
「そうね。でも、言い方を変えるわ」
涼香さんが立ち上がって、音叉を一本取って鳴らした。澄んだ音がLMCに広がった。
「変わらないでいてとは言わない。レンくんは変わっていいの。でも、ここにいて」
「ここに」
「うん。ここにいてくれたら、それでいいの」
音叉の音が消えていった。
シャーロットがパキラの方を向いた。
「ほら、静かになったじゃろう。波長が落ち着いたのじゃ」
「僕が来たからですか」
「知らん。パキラに聞け」
涼香さんが笑った。僕も笑った。
外は晴れていた。空の青が深かった。




