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僕、絶対に嫌われてると思うんだけど  作者: かわいかつひと
知らない世界

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知ってるミドリ先輩

LMCのドアを開けたら、ミドリ先輩がいた。


涼香さんの隣に座っていて、手元にノートを広げていた。


いつものノートだった。


被験者01と書いてある見出しが見えた気がしたけど、気のせいかもしれない。


「あ」


「……あ」


僕とミドリ先輩が同時に声を出した。


涼香さんが横で微笑んでいた。知っていて黙っていた顔だった。


「おはようございます。ミドリ先輩」


「おはよう。……お久しぶりです」


「久しぶりです」


ミドリ先輩は僕を見て、それからすぐに目を逸らした。


ノートに視線を落とした。


「座ったら」


涼香さんが椅子を示した。


僕はいつもの場所に座った。


ミドリ先輩との間に涼香さんが挟まる配置になった。


ミドリ先輩は少しだけ痩せていた。涼香さんから聞いていた通り。でも目は強かった、それも聞いていた通り。


「先輩、LMCに戻ってきたんですか」


「そう決まった訳ではなくて。今日は如月先生と話した後の確認で来ただけ」


「あ、そうですか」


「データの整理が必要だから。涼香のところの機材を使わせてもらうだけ」


「はい」


「元の実験室に戻ると思います。レンさんはどうされるのですか?」


「僕ですか...えっと」


涼香さんが咳払いをした。シャーロットがフィカスの前で肩を揺らした。


笑いを堪えている。


久しぶりだった。この感じ。


ミドリ先輩が僕に何かを言って、その言葉の裏に別の意味がある。


でも僕にはよく分からない。分からないけど、嫌な感じはしない。


「先輩、元気でしたか」


「データを取ってみないとはっきりとは言えません」


「前にも似たようなこと言ってましたよね」


「……誰に聞いたの」


「涼香さんに」


ミドリ先輩が涼香さんを見た。涼香さんは音叉を磨きながら知らん顔をしていた。


「涼香、余計なこと言ってないでしょうね」


「余計なことって何よ」


「憶測です」


「憶測は言ってないわよ。必要なことだけ」


ミドリ先輩が小さくため息をついた。


僕はミドリ先輩を見ていた。


見ていて、気づいた。ミドリ先輩は僕の方を見ない。


目が合いそうになると、逸らす。ノートに戻る。涼香さんの方を向く。


シャーロットの方を見る。僕以外のどこかを見る。


前からそうだった気もするし、どうだろう。


そうじゃなかった気がする。


前のミドリ先輩は、僕をまっすぐ見て「データ的に」と言う人だった。目を逸らすことはなかった。


聞きたいことがあった。


あの日、キャンパスで見かけた。


知らない男の人と歩いていた。誰で何をしていたのか。


聞けなかった。聞く権利はない気がするから。


僕はただの被験者01で、ミドリ先輩は研究者で、それ以上の関係ではないはずだ。


はずだ、と思うことが、少しだけ苦しかった。




「先輩、実験再開するんですか」


「如月先生がそう言ってるなら、そうなると思う。私は条件を出しただけ」


「条件って」


ミドリ先輩が一瞬だけ僕を見た。すぐに逸らした。


「データ的に必要な被験者を確保すること。それだけ」


「僕ですか」


「……レンさんだけではありません」


「でも僕は外さないでって言ったんですよね」


涼香さんが音叉を落としそうになった。


ミドリ先輩の耳が赤くなった。


「涼香。あなた本当に余計なこと言ったわね」


「私は言ってないわよ。先生じゃないかしら。感謝しないとね」


ミドリ先輩がノートを閉じた。パタンと音がした。


「……研究者として必要なデータだから」


「はい」


「それ以上の意味はないから」


「はい」


「それ以外ないから」


「わかりました」


「本当に?」


「本当に。たぶん」


ミドリ先輩が僕を見た。


今度は逸らさなかった。二秒くらい。それから目を逸らして、ノートを開き直した。


「たぶん、ですか」


「なんとなくです」なんかめんどくさい感じ。


「そうですか。もういいです」


涼香さんがシャーロットと目を合わせた。


二人とも笑っていた。


LMCにミドリ先輩がいる。半年ぶりに。


植物が揺れている気がした。


気のせいかもしれない。


でもシャーロットも植物の方を見ていた。


しばらくそのまま過ごした。


涼香さんが測定を始めて、ミドリ先輩がデータを記録して、僕が音叉を磨いて、シャーロットが植物を観察していた。


琴音さんは今日は来なかった。


普通の午後だった。


少し前の普通。


帰り際、ミドリ先輩が荷物をまとめていた。


僕より先に帰る支度をしている。


シャーロットが突然言った。


「そういえばミドリ、この前キャンパスで男性と歩いておったらしいの」


空気が凍った。


涼香さんが固まった。


僕も固まった。


ミドリ先輩の手が止まった。


「デートかの?」


シャーロットだけが普通の顔をしていた。


ミドリ先輩がゆっくりと振り返った。


「ああ、それは——」


ミドリ先輩の声が途切れた。


「まだ内緒」ユイが言った。


「……今度、話す」


ミドリ先輩はそう言って、LMCを出ていった。


ドアが閉まった。


涼香さんが大きく息を吐いた。


シャーロットが言った。


「聞いてはいかんかったかの」


「さあ、どうかしらね」


「聞かなければ言わんかもしれんしの」


涼香さんが何か言いかけて、やめた。


僕は窓の外を見た。


ミドリ先輩が中庭を歩いていた。一人で。


半歩後ろに誰もいない。


知ってる先輩だ。

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