表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕、絶対に嫌われてると思うんだけど  作者: かわいかつひと
知らない世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/64

被験者の名前

その日、僕はLMCに行かなかった。

大輔から「付き合え」と言われて、ERA関連の資料を整理する手伝いをしていた。


大輔の部屋は思ったより片付いていて、本棚には難しそうな本が並んでいた。


だからLMCで何があったかは、後から涼香さんに聞いた話だ。




如月教授は約束通り来た。


涼香が水やりを終えた午後、ノックもなくドアが開いた。


「涼香くん、ミドリくんは?」


「もうすぐ来ると思います。声はかけました」


「そうか。待とう」


教授はいつものカーディガン姿で、いつものようにポケットから飴を出した。


レモン味を涼香に渡し、自分はイチゴ味を口に入れた。


子供ぽいと思ったそうだ。


シャーロットが棚の前から振り返った。


「もう一つ貰えるかの」


「どうぞ」


シャーロットがオレンジ味を取った。


十分ほど待った。


ドアをノックする音がした。


三回、等間隔で。


涼香にはそれがミドリだと分かった。昔からミドリのノックは正確だったから。


「入って」


ドアが開いた。


ミドリが立っていた。


半年ぶりにLMCに来たミドリは、少しだけ痩せていた。


でも目は変わっていなかった。強い目だ、涼香はそれを見て、少しだけ安心した。


「ミドリ、久しぶり」


「うん」


ミドリの視線が如月教授に移った。


「お久しぶりです、如月先生」


「久しぶり。元気そうだね」


「おそらく。本当に元気かどうかは、データを取ってみないと分かりません」


如月教授が少しだけ笑った。


「君らしい答えだ」


ミドリが涼香の隣に座った。


シャーロットは棚の前から動かなかった。飴を舐めながら黙って聞いている。


「先生、涼香から聞いています。感情スキャンの実験を再開したいと」


「うん。ただし、前と同じやり方ではない」


「どう変えるんですか」


「セキュリティは当然強化する。だがそれよりも大事なことがある」


教授が飴を舌の上で転がした。


「被験者の同意の取り方を変えたい。前は、同意のハードルが低すぎた。


スキャンされることの意味を、被験者が本当に理解していたか。僕自身、そこに疑問がある」


「それは先生の責任ですか」


「僕の責任だよ。立法に関わった人間の責任だ」


ミドリが少しだけ黙った。


「先生。一つ聞いてもいいですか」


「なんだい」


「私の研究を止めたのは、東堂さんの意向ですか。先生の判断ですか」


如月教授が一瞬だけ目を閉じた。


「両方だ。東堂くんが心配していると言った。僕はそれをそのまま受け取った。


今から考えてもその判断は正しかったとは思うよ」


「先生は東堂さんを信頼しているんですね」


「ああ、している。今もだ。でも、信頼と盲信は違う」


ミドリがうなずいた。


「私も、データから推測できることと、事実は違うと最近思うようになりました」


涼香はその言葉を聞いて、ミドリがこの半年で何を考えていたかが少しだけ見えた気がした。


「先生、実験を再開するなら、一つ条件があります」


「聞こう」


「被験者01を外さないでください」


「被験者01?」


「夏目レンです」


如月教授と涼香がミドリを見た。シャーロットは見なかったらしい、ずっと飴を舐めていた。


「理由を聞いてもいいかな」


ミドリが少しだけ迷った。迷ったのが涼香には分かった。ミドリが迷うのは珍しい。


「あの人のデータは、他の被験者と違います。感情の波形が不安定なのに、本人は安定している。


数値と実態が乖離しているんです」


「それは興味深いね」


「研究者として必要なデータです」


涼香はミドリの横顔を見た。


「研究者として」その言葉を使うとき、ミドリの声はいつも少しだけ硬くなる。涼香はそれを知っていた。


如月教授が立ち上がった。


「分かった。夏目くんには僕から声をかけよう。前にここで会った時、協力すると言ってくれていたからね」


「ありがとうございます」


「ミドリくん」


「はい」


「君の研究を止めたことは、申し訳なかったと思っている。でも、再開するなら、前よりも慎重にいこう。いいね」


「はい」


教授が出ていった後、ミドリは少しだけLMCに残った。


涼香が聞いた。


「久しぶりに来て、どう」


「植物が増えてる」


「そうね。レンくんが来てから増えたの」


ミドリが何か言いかけて、やめた。


「ミドリ」


「なに」


「戻っておいで」


「……考えておく」


ミドリが立ち上がった。ドアの前で一度だけ振り返った。


「涼香」


「うん」


「ありがとう」


「何が」


「いろいろと。私のことを考えてくれているのがわかるから」


涼香は少しだけ泣きそうになった。でも泣かなかった。


シャーロットが言った。


「泣きたい時は泣いた方がいいわよ」


「泣かないわよ」


「強がりね」


「うるさいわね」


涼香は笑った。




僕がLMCで何があったかを聞いたのは、翌日だった。


涼香さんはいつも通りの顔で、いつも通りの声で話してくれた。


「ミドリが、被験者01を外さないでって言ったの」


「被験者01って、僕ですか」


「他に誰がいるのよ」


涼香さんが笑った。


「先輩、来てたんですね」


「来てたわよ。少しだけ痩せてたけど、ミドリはミドリだった」


空の赤が窓から入ってきていた。


ミドリ先輩がLMCに来た。如月教授に条件を出した。僕を外さないでと言った。


研究者として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ