感覚と行動原理
大学の中庭を歩いていたら、見覚えのある後ろ姿が二つあった。
ハジメと、シャーロットだった。
「シャーロットさん、僕、騎士道に興味がありまして」
「ほう」
「西洋の、こう、レディファーストとか、馬に乗ってとか」
「馬に乗るのか?妾は乗ったことないのう」
「あ、いや、比喩で」
「比喩か、何のじゃ?」
僕は足を止めた。
声をかけるべきか、踵を返すべきか、判断がつかない。
シャーロットがこっちを向いた。
「おお、レン」
ハジメが振り返った。
「レン、いいところに」
シャーロットがすたすたと歩いてきて、僕の腕にするりと自分の腕を絡めた。
え。
「妾が気になるのはこの男じゃ。すまんのう」
「え、ええっ」
ハジメの口が半分開いたまま止まった。
「行くぞ、レン」
「はい。で、どこに」
「LMCじゃ」
「まぁ、そうですよね」
シャーロットは僕の腕を引いて、すたすた歩き出した。
ハジメが後ろで何か叫んでいたけど、聞こえなかったことにした。
中庭を出てから、シャーロットはまだ腕を放さなかった。
「あの、シャーロット」
「うむ」
「もう、いいんじゃないですか」
「もう少しじゃ。誰か見ておるかもしれぬ」
「誰がですか」
「ハジメじゃ」
「ハジメは置いてきたじゃないですか」
「念のためじゃ」
念のためか。
シャーロットの腕は思ったより細くて、思ったより温かかった。
なんかこう、気が散る。
「あの、シャーロット」
「うむ」
「ハジメはどうでしたか」
「うむ。あれは妾の好みではない」
「好みじゃないから、腕を組んだんですか」
「レンが来て助かったわ。お主も嬉しいじゃろ、いろいろと」
「否定はしませんが、ハジメが少し気になります」
「あれは、また他に見つけるじゃろ」
それは、そうかもしれない。
LMCに着いた。ドアを開けると、涼香さんがモニターの前にいた。
顔を上げて、僕とシャーロットを見た。
正確には、シャーロットが僕の腕に絡めたままの腕を見た。
「あらあら」涼香おばさん?
「あ、あの、これは」
「仲がいいわね」
「いえ、理由がありまして」
「そう?」
「はい」
シャーロットは涼香さんを見て、にやりと笑った。
「涼香もはっきりするのじゃ」
え。
涼香さんが一瞬、固まった。
「え、何が?」
「いろいろじゃ」
「いろいろって」
「いろいろじゃ」
涼香さんはモニターに視線を戻した。
シャーロットがようやく僕の腕を放した。
「ふう、よい運動じゃった」
「運動ですか」
「うむ」
僕は椅子に座った。
涼香さんはモニターを見ているのかボーッとしているのか、どっちかわからなかった。
シャーロットは歩きまわりながら、いろんな植物に声をかけている。
「お主、今日も元気じゃのう」
シダはたぶん答えていた。
「ソラ」と僕は小声で言った。
「はい」
「今、何が起きてたの」
「私には断定はできません」
「そうなの?なんで」
「人間の関係性の機微を断定することは、誘導することにもつながりますから」
「そっか」
涼香さんが、ようやくモニターから顔を上げた。
「レンくん」
「はい」
「Aの値、また上がってる」
「あ、ほんとですか」
「シャーロットの近くに座ってるからかもね」
「え?」
「冗談よ」
涼香さんは少しだけ笑った。
少しだけ、なんか前と違う笑い方だった気がした。
気のせいかもしれない。
いつもの帰り道、まだ空は青かった。
「ソラ」
「はい」
「涼香さん、最後ちょっと変じゃなかった?」
「いえ、人間らしいと感じました」
「どういうこと」
「価値層があり、現状を認知して、そこから動機が生まれ、優先順位で動くです」
説明がわかりづらい。
「ソラ」
「はい」
「シャーロット、何を見てるんだろう」
「シャーロットは、データではなく別の方法、感覚的なもので見ています」
「感覚的なもの」
「はい」
「ソラには、それは見えないんだ」
「はい。私には見えません」
ソラがそう言うのは、初めてではなかった。
でも、初めての時より少しだけ、認めるのが早くなった気がした。




