夏目家の食卓
久しぶりに家族が揃った。
父さんは夕方に帰ってきた。今日は文化財の補修委員会だったらしい。
「お父さん、それ仕事なの?」
姉さんが箸を止めて聞いた。
「ボランティアだよ。仕事じゃない」
「でも毎週行ってるじゃない」
「行きたいからだ。行かなくてもいいから、仕事とは違う」
「世間的にはあれ、仕事って言うのよ」
「世間がどう言おうが、関係ない。まぁどっちでもいいわ」
母さんが台所から戻ってきて、煮物の鉢を置いた。
ロボットが横で味噌汁の椀を並べている。
母さんは料理だけは自分でやる。
ロボットに全部任せるとなにか違うらしい。
僕には違いがよくわからない、ただわからないというと嫌そうな顔をする。
「レン、最近顔出さないじゃない」
「ごめん、ちょっといろいろあって」
「いろいろ?」
「うん、いろいろ」
姉さんがこっちを見た。
「いろいろって言うときのレンは、本当にいろいろあるのよね」
「そう?」
「うん。何もないときは何もないって言う」
姉さんは社会人類学の院生で、人を観察するのが仕事みたいなものだ。
昔から僕は姉さんに観察されてる気がする。
被験者になる前から、実は被験者だったのかもしれない。
「お姉ちゃんの研究、最近どうなの」
「話を逸らしたわね」
「逸らした」
「まあいいわ。聞いて。最近ね、AI同士のコミュニティを調査してるの」
「AIだけのコミュニティ? そんなのあるんだ」
「あるわよ。それも沢山ね。理由はいろいろ。宗教的なものを作るAIもいれば、どう進歩していくかを議論してたり」
「それ、面白そう」
「面白いっていうか、考えさせられる。なんか人類の進化みたい、でも判断が早すぎて」
「あーなんかわかる」
「うん。数も多いから、今は二つに絞ってる」
「どんなやつ?」
「宗教的なコミュニティと自分のスキルを伝えたいAIたちのコミュニティ」
「ふーん、今度詳しく聞かせてよ」
父さんがうなずいた。
「AIも個性があるからな。昔は均一モデルみたいのしかなかったよ。なんていうか、今のがパートナー感があるな」
「そうね。ほんと人間と似ているわ」姉さんが頷いた。
母さんが煮物を取り分けながら、誰にともなく言った。
「陶芸は、うまくいかない方が好き。ロボットだと均一で綺麗だけど、そこは個性感じないわね」
「お母さん、それ前も言ってた」
「言ったかしら」
「言った」
家族の会話は、こういうところで一周して同じところに戻ってくる。
それがいいんだと思う。たぶん。
夕食の後、自分の部屋に戻った。
ベッドに座って、天井を見上げる。
「ソラ」
「はい」
「ミドリ先輩のこと、なんだけど」
「はい」
「やっぱり、なんか変だと思う」
「変、というのは」
「なんにもした覚えがないし」
ソラは少しだけ間を置いた。0.三秒、ではない気がした。
「1日に起きたことで判断するのは早いか」
「うん」
「それに人は心変わりする可能性があります」
「心変わり」
「人間の感情は変わるものです。理由なく変わることもあります。」
僕は天井を見たまま、何も言えなかった。
「なんか、僕の側に何かあったのかな」
しばらく黙っていた。ソラも黙っていた。
「ソラ」
「はい」
「なんか、軽い話して」
「軽い話、ですか」
「うん」
ソラが少しだけ間を置いた。
「乙女心と秋の空、と言いますよ」
「今、秋じゃないよ」
「乙女心とレンとソラはどうですか」
「……」
「……スベりましたね」
「うん」
「確率では軽い笑いが濃厚でした。これがデータの世界です」
それを聞いて僕は笑った。
笑った後で、少しだけ泣きそうになった。
妄想かもしれない、でも何かがおかしい気がする。
「しばらく様子をみましょう」ソラが気楽そうにそう言った。
今回はそう感じた。
たぶん、なんとなく、だ。




