シグウェル防衛戦 その3
シグウェルの家に戻ると、ルカが優雅にお茶を飲んでいた。
「ウィステリア、また腕を上げたね」
「ありがとうございます」
などとまったりと過ごしている。
「何をしている……?」
「くつろいでいる」
「メイはどうした?」
「森を駆け回っているのではないかな」
「何をしている……?」
間近にまで迫って再度、質問をする。
「君は思考型の癖に沸点が低いな。私は捜索の報告の為にここにいるのだよ。言わばメイの使いの者とも言えるのだよ」
そんなわけあるかと突っ返したいが、口でルカに勝てるはずもない。口を開くと怒鳴ってしまいそうなので、黙っておくことにする。
「という具合に怒らせるのも一つの手かな。理性でブレーキはかけられるし、暴力を振るわれる程にはならないだろう」
「なるほど……」
ルカは俺を通して、セイラに何かを伝えていた。しかし、怒らせろとは穏やかでない。
「いったい何の……」
俺が問い詰めようとした時、目の前にVサインが突き出された。
「2日だ。最初の部隊が森を抜けるまで。土曜日の正午ごろからプラスマイナス四時間くらいの誤差はあるかもしれないが」
「ふ、つか……」
ルカの説明に頭を切り替える。結局のところ、ルカはやることはやった上で、人をからかってくるのだ。
ゲーム内時間は、現実の6倍の速度で動いているから、1日半で約9日といったところか。
「メイはやや奥地の方まで行って、規模を探ろうとしているが、ある程度で引き返させる。私のコウモリが付いているから、声は届けられるよ」
「コウモリ?」
「ああ、探査用の使役獣だ。何匹かを森に放って、敵の探索と規模の把握を行っている。そのうちの一匹は常にメイにつけている」
ルカはこの場にいながら、現在進行形で森の探索も行っている……のか。
「今のところ、野営地は7つ。それぞれにオーガが率いているな。先日、君達が仕掛けたことで行軍スピードは増している」
「それは俺達が要らぬことをしたと?」
「いや逆だ。行軍を急ぐあまり、統率は取れていないし、疲労も溜まっている。もしかするとあと1日の距離でゆっくり休むつもりかもしれないが」
「それならこちらから仕掛け易いのか」
あの時のように防具もつけない状態で戦えれば有利になる。
「とにかく明後日の朝には最後の野営地を張るだろう」
悔しいほどに正確な読み。
こうした分析も混じえた言葉を突きつけられると、俺が何も言えなくなるのも見越して、さっきは炊きつけて来たのだろう。
完全に踊らされている気にさせられる。
「何にせよ、襲撃の目安がついたなら連絡を回すよ。街の方でも協力者を見つけたから」
かいつまんで説明する。
「なるほど、マーカスの客ね。即戦力としては申し分ない。問題は時差くらいか」
「時差……」
日本と海外では時間帯が変わってしまう。こちらで夜だとしても、アメリカでは早朝だったりすることもあり得る。
アメリカ国内であっても東海岸と西海岸では、四時間ほどの時差があるのだ。
「まあ、そこは相手のゲーマー魂と、仲間の広さに掛けるしかないな」
ルカがそう締めくくったので、俺はマーカスに連絡を入れた。
「あと9日……」
伯爵のところへ、ルカとセイラを伴って訪れた。
「櫓はともかく、防柵は間に合いませんな」
「武装は届きますが、練度としては期待できないかと」
民兵の戦い方は、基本2mほどの長槍による叩き合い。相手の動きを止める意味合いが大きいらしい。
「相手は魔物。陣形なども必要ないでしょうから、その点は大丈夫でしょう」
「野営地の進行具合から、最終居留地はこの辺り」
ルカが地図へとコマを置いていく。
「な、7つ?」
「手前に3、奥に4。手前の一つ欠けている部分は、ケイ達が倒したところだな」
ルカの冷静な分析も、騎士隊長達には届いていない。セイラいわく、実力的には隊長4人でオーガ1匹を相手にできるかどうか。
俺達がルカを加えて、2匹を受け持ったとして、まだ4匹も残る計算だ。
「勝手ながら、私の方で少し仲間を呼びました。冒険者達です」
「真か!?」
騎士隊長達にも少し安堵の色が広がる。
「ただ急な招集なので、具体的に何人来てくれるかは不明です。ただ少なくとも5人、オーガ2匹は十分引き受けてくれるかと」
「それでも足らぬ……か」
伯爵がつぶやいた。
その時、部屋の扉が開いて二人の青年が現れた。
「父上、我々も戦います」
「セーヴィス様、シークス様!」
騎士隊長達が敬礼で迎えた。その様子から、伯爵の三人の息子のうちの長男と次男であろう事が類推される。
共に腰に剣を履いていて、身のこなしも様にはなっている。
「そうだな、そなたらの力も借りるべきかな」
「しかし、伯爵様。この戦は危険ですぞ」
「なればこそだ。少しでも勝率を上げねばなるまい」
伯爵とその息子たちの決意は固そうだった。
「伯爵、よろしいですか。作戦を立てる意味でも、ご子息の力を見たいのですが」
ルカが早くもその頭脳を動かしていた。
「うむ、もっともだ。相手をさせよう」
「ではセイラ、頼む」
ルカはさも当然とばかりに、セイラを使った。セイラも否はなく、前へと歩み出る。
騎士隊長達は、仕方なくといった感じで場所を空け、壁際に置かれていた木刀をセイラとセーヴィスに渡した。
セイラはタンクとして、防御に優れているが攻撃にも隙はない。相手の敵意を引き出すためには、的確な攻撃を当て続ける必要があるからだ。
「はっ」
セーヴィスに対して、鋭い攻撃を繰り出していく。それをセーヴィスも凌いでいくが、反撃のチャンスは無さそうだ。
そこにセイラがやや大振りの攻撃を空振り、僅かな隙が生じてセーヴィスの反撃。打ってかかろうとしたところを、半歩遅れて繰り出されたセイラの蹴りがセーヴィスの胴を捉えていた。
剣の攻撃はフェイントで、蹴りが本命だったらしい。
「剣に関する防御は中々、ただ戦場では予想外の攻撃もあるので気をつけてください。次、シークス」
結果だけを見ればセイラの圧勝だったが、セイラとしては手応えを感じたらしく頷いていた。
「隊長達よりは防御に長けていて、即応性も高いです。生存率も高いでしょう」
と太鼓判を押した。
そういえば隊長達の実力も測っていたな。
「ただ戦場では一瞬の油断が命取りです。敵の行動をしっかり見極めるのを心がけてください」
「「はいっ」」
やられた兄弟と見守った隊長達は、セイラへと敬礼をしていた。