9 : デュランルートの悪役令嬢
失くしものを届けた後、私とフローラにだけ見える形で淡い光がフローラの体へと入ってきました。
善行、それが聖女の力を強化する術というのはゲーム通りのようです。
ひとまず、これで一息つけます。
ゲームと現実では違うのだから聖女の力の伸ばし方も違うと言われれば、一から探る必要がありましたから。
日が傾き始め、春のまだ涼しい空気が街道を通り抜けていきます。
灯され始めた黄褐色のランタンが暖かな光を投げかける様子は、家に帰ることを促してるように見えました。
「何か食べていく?」
デュランはお腹を鳴らしてフローラを見ます。
フローラも歩き回って疲れたのか、力なく頷きます。
「よかった。僕のおすすめの店があるんだ」
デュランはフローラを先導して、ぐんぐんと進んで行きます。
「何、食べるの?」
「ハンバーグ。ステーキもあるけど、フローラはお肉食べれる?」
テキトー宗教でもあるため、肉食禁止などの細かい戒律はありません。
それはデュランも知っているはずなので、単純に重たいけど大丈夫か、という意味なのでしょう。
「うん。ハンバーグ、大好き」
フローラは遠い目をして柔らかに笑います。
フローラにとってハンバーグは特別な食べ物です。
何かお祝いごとがあるとき、フローラの母親がハンバーグをよく作ったという設定があるのです。
「いいね。僕もハンバーグが大好きなんだ」
デュランも嬉しそうに笑います。
デュランがフローラを連れて行ったのは街の外縁部にほど近い、大衆食堂でした。
スルスルと店内に入っていき、窓際の席に座ります。
「いいの? 勝手に座って」
フローラが座っていいかわからなくて、周りをきょろきょろとし始めました。
「大丈夫。ここは僕の特等席だから」
デュランが座るのを勧めるタイミングで、エプロンを着た給仕の人が来ます。
「ええ、デュラン坊ちゃまには良くしていただいてますからね」
お盆には水が入ったコップが二つ載せられています。
「もう、坊ちゃまはよしてよ。僕だって学園に入学したんだからね」
「それはそれは、良かったでございますねぇ」
おおらかに笑う給仕の人は妙齢の女性には見えないほどに活力がみなぎっています。
目が点になっているフローラに向けて、デュランが何かに気づいたように口を開きました。
「この人、僕の家でメイドをしていたんだ。だから、昔から知ってる。この店を旦那さんとやるときも、僕の家は祝い金的な形で出資もしてるんだ」
「ええ、その節は旦那様にも坊ちゃまにも本当にお世話になりました」
懐かしそうに目を細めた給仕の人は、フローラへと向き直ります。
「初めまして。お嬢さん、お名前を伺っても?」
「フローラ、です」
「あら、可愛らしい名前ね。今日はゆっくりしていってね。それではデュラン坊ちゃま、今日はハンバーグ二つでよろしいですか」
「うん、フローラもハンバーグが好きなんだって」
「それは良かったでございます。フローラお嬢様も遠慮なさらずに。坊ちゃまの・・・ふふふ、友人なら、大歓迎です」
デュランへとウインクをした給仕の人は、そのまま戻っていきました。
フローラも、店の人に言われて安心したのか、デュランの前の席に座ります。
「仲、いいんだね」
「そうかな」
照れたように笑うデュランは、年相応に見えます。
「うん。羨ましい」
「なら、フローラも仲良くなればいいよ。ダアムさん、すごくいい人だから」
「ダアムさんって、あの人の名前?」
「うん。この店の給仕兼料理人」
「えっ、料理するの?」
「するよ。この店の名物ハンバーグだって、お店ができる前からダアムさんに作ってもらってたから。それで僕はハンバーグが大好物になったんだからね」
「それは、楽しみ」
フローラはダアムさんの後ろ姿を目で追いながら、呟きました。
デュランの行きつけのお店に行くというイベントはありましたが、ダアムさんは出てこなかったので、こんな裏設定があったのかと驚きです。
自分の好きな世界に、奥行きができたみたいで楽しいです。
ガヤガヤとしている店内は、喧噪よりも陽気さの方を強く感じられます。
少しして運ばれてきたハンバーグはパッと見で四百グラムくらいはありそうでした。
付け合わせは鉄板の上に彩りをもたらしていましたが、それがボリュームを上げています。
「食べれなかったら僕が残りを食べるから、無理しないでね」
デュランは目を大きくしたフローラを見て微笑みました。
「うん、でも、食べきりたいな」
そして二人は会話もせずにモクモクと目の前のハンバーグを食べ進めていきます。
幸せそうな顔で頬張る二人を見ていると、私の方も温かな気持ちでお腹いっぱいになりそうです。
同時に、こんな幸せがフローラにも普通のものとしてあったと思うと、苦しくなります。
三十分くらいかかったでしょうか。
二人は無事に完食しました。
十四歳の食欲はさすがと言えます。
私は三十過ぎてから脂っこいものをたくさん食べることができなくなったので、うらやましい限りです。
フローラは少し苦し気ですが、顔は満足そうです。
「それじゃあ、門限もあるし、帰ろうか」
デュランの一言で二人は席を立ちました。
デュランはポケットから銀貨を三枚机の上におきます。
「一人、銀貨三枚?」
「ああ、違う違う。僕のおごりだよ。一人、銀貨一枚と銅貨五枚だから、二人分で銀貨三枚」
フローラには教会から活動資金としてお金が月に銀貨十枚と、金貨五枚が与えられています。
ほとんどが食費ですので、フローラでも今回のハンバーグ代を払えないわけではありません。
『フローラ。男性がおごると言っているのなら、ありがとう、だけでいいのです』
ゲームに関係のないアドバイスは、自分でも苦笑したいところです。
素直に聞き入れたフローラは、デュランに向かって「ありがとう」と頭を下げました。
「どういたしまして」
デュランの顔は晴れやかです。
やはり、他の攻略者も悪くありませんが、フローラとお似合いなのはデュランだと私は思います。
私は、もう結構なレベルでフローラには感情移入してしまっていますし、できるなら幸せになってほしいです。
二人が学園の前まで来たとき、一つの人影が見えました。
門のライトに照らされて、その姿ははっきりと映し出されます。
紺色の髪を三つ編みおさげにした風貌。
そこに浮かぶ一等星のような金色の簪。
目を大きく縁取るような丸眼鏡は、ゲームにおける主要人物の一人。
スフィア・リネン。
デュランルートの悪役令嬢。
「ねぇ、デュラン。その子、聖女だよね」
商売人のような作られた笑みで、その子は二人を出迎えました。
読んでいただきありがとうございます!
前作はおかげ様で毎日更新で完結まで走ることができました。
今作では毎日更新に加えて文章の推敲もしていきたいです。
楽しんでいただけると幸いです。
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