10 : フローラの寝顔
デュランルートの悪役令嬢であるスフィアは、門の前で仁王立ちをしています。
「うん、そうだよ。聖女フローラ」
デュランは特に驚いたりもせず、フローラをスフィアに紹介します。
スフィアは特待クラスの生徒でないため、この時点ではフローラとの間に面識はありません。
「どうして、二人は一緒にいるのかな」
声はとげとげしいです。
「二人で街に出かけてたからね」
デュランもそれに気づいていないはずはありませんが、態度は崩していません。
「何か、聖女様に付きそわなければならない理由でもあった?」
「ないよ。僕が一緒に街に行きたかったから誘っただけ」
それを聞いたスフィアの額には青筋が見えます。
「へぇ、私は一度として誘われたことがないのだけれど」
デュランとスフィアは幼馴染であり、親同士も良く知った仲です。
スフィアがデュランに向けるのが恋心なのかはゲーム内でも明かされていません。
しかし、デュランの好感度が一定値に達していない場合、デュランは主人公を振ります。
そして婚約する相手は、スフィア・リネンなのです。
「スフィアは街の散策なんて興味ないでしょ」
「あら、デュランが誘ってくれたら喜んで行くわよ」
「それじゃあ、街はどうでもいいって言ってるように聞こえるけど」
デュランは努めて冷静でしたが、だんだんと声が硬くなり始めました。
フローラはそんな二人に関わらず、とても落ち着ついていました。
「話すなら、中で」
「そうだね。こんなところで言いあっていても仕方がない」
デュランは肩をすくめてスフィアの脇をすり抜けます。
スフィアはフローラに一度目を向けて「ふんっ」とすました顔をし、デュランの後を追います。
フローラだけはすぐには門の中に入ることはしませんでした。
『入らないのですか?』
「ねぇ、レーコ」
フローラは私の方を見ず、小声で私の名前を呼びました。
「デュランは、恵まれてるね」
ゾッとするほどに低い声が私の鼓膜を振るわせました。
私が何かを言うよりも前に、フローラはそのまま歩き出します。
門の中で二人はまだやいのやいのと言いあっています。
二人とも顔は険しいですが、それでも気心知れている仲であるのは伺えます。
「フローラさん、言っておきますけど」
スフィアは初めてフローラの方を見ました。
「私とデュランは許嫁よ。だから、聖女と言えども、二人きりで出かけるのはよしてほしいわ」
デュランは怒ったような顔でスフィアの方を睨みます。
「それは昔、親同士が勝手に言ってただけだよね」
「ええ、けれど私はそのつもり。それに、私の家と縁を結ぶ利はデュランもわかってるはず。ということなの。フローラさん、わかってくれたかな」
ゲームであれば、まだ付き合ってもない、婚約者もいない相手との関係ということで主人公の恋愛を応援していた自分がいます。
しかし、現実になってしまえば攻略キャラを取り巻く人間関係もまた設定だけではなく、人の血が通ったものであることが嫌でもわかります。
三十歳も過ぎて、はしゃいでいたのが少しだけ恥ずかしくなりました。
「うん、わかった」
フローラは特に迷った様子もなく、自然に頷きました。
「ちょっと待って」
デュランがフローラに静止をかけますが、フローラは「今日はありがとう」とだけ言って、そのまま二人の間を通り抜けます。
『フローラは、それでいいのですか』
「うん。私の目的は、違う、でしょ?」
フローラの確認するような言葉に、私は肯定するしかありませんでした。
私は、それができると言った張本人なのですから。
『そう、ですか』
「そうだよ」
寮の一室に戻ると、フローラはてきぱきと寝る準備を済ませてベッドに入りました。
「ねぇ、レーコ。今日の聖女クエストはうまくいったんだよね」
『はい。私のゲーム知識ともズレがないことがわかりました』
「良かった。明日もよろしくね。それじゃ、おやすみ」
いつものように私に向けておやすみを言ったフローラはすぐに寝息を立て始めました。
私は霊なので寝ることはありません。
だから、夜は一日中、フローラの寝顔を見て過ごしています。
退屈ではありません。
幽霊になってから夜目が効きますから、空に瞬く星々は鮮明に見れます。
そして何より、フローラの安らな寝顔を見ていると、心が不思議と満たされる気がします。
子供の寝顔をどれだけ見ていても飽きないのには自分でも驚きました。
前世で子供がいる友人が子供の顔を眺めて寝るという話をしていたとき普通に寝ればと言った自分は愚かだったのかもしれません。
それに、次の日にどういう行動を取らせるか、などを考えればキリがないというのもあります。
ゲームと違って、セーブなければリセットもできませんから、失敗はなるべく避けたいです。
なので、予定外のことが色々あった今日は、失敗がなかったという意味でおおむね順調にことは進んでいると言えるでしょう。
しかし、スフィアはゲームでは恋心の有無がわからないように書かれていましたが、明らかにデュランのことを好いています。
幼馴染に素直になれないヒロインそのものではありませんか。
まぁ、フローラもデュランとこれ以上関係性を進めるつもりもなさそうなので、今はいいのですけど。
デュランの方はどうなのか微妙なところですし、今後発展するとなるとスフィアの失恋を見ることになります。
別にゲームをしているときは、デュランという正道でもない攻略キャラの、しかも学園パートで嫌がらせをしてこない悪役令嬢のことなんてほとんど気にしなかったのに。
むしろ、その真っすぐな姿勢が現実になると手ごわいように思えます。
どうして、デュランルートだけ好感度稼ぎがシビアなのか、わかったような気がしました。
つまり、ぼやぼやしているとスフィアの方にデュランは行くということなのでしょう。
しかも、下手に聖女の能力をつけすぎると聖女ルートに入るのですから、本当に大変でした。
今回はフローラに聖女ルートに入ってもらうので、現実でシビアな好感度稼ぎをしなくて済むとなると心が軽いです。
私はフローラの頭に手をかざします。
撫でてあげたい気持ちはあるのですが、物理的に一切干渉できないせいで手は貫通するばかり。
あどけなさを残しつつも、大人へと踏み出している最中のフローラはどこか儚く見えます。
明日も明日で、別の聖女クエストを進めてもらうことになるのです。
ゲームでは一日一回、学園終わりに自由行動がとれます。
そこで、勉強だったり、攻略キャラとの逢瀬だったり、または聖女クエストだったりを選択します。
これから、毎日街に出てもらうことになりますし、魔物との最初の戦闘の日も近いです。
フローラにはバーラを倒すまで休んでいる時間は与えられません。
ゆとりがあって、古なじみがいて、そんなデュランに対してのフローラの声。
取り除いてあげたい気持ちはあります。
でも、取り除けるのはフローラ自身です。
私にできることは、フローラがせめて独り立ちできるくらいの力を身に着けさせることだけ。
闇夜に瞬く星々が窓から私たちを覗き込んでいます。
それが慈愛なのか、それとも下卑た野次馬根性なのかは、今の私にはわかりません。
読んでいただきありがとうございます!
前作はおかげ様で毎日更新で完結まで走ることができました。
今作では毎日更新に加えて文章の推敲もしていきたいです。
楽しんでいただけると幸いです。
皆さまの応援が励みになりますので、
よろしければブクマや評価の方もお願いいたします。




