6 : 図書館
図書館へ向かう道すがら、誰かに見とがめられるということはありませんでした。
入口に体を滑り込ませたフローラは顔を上げて目を輝かせます。
円柱状の建物は天井まで吹き抜けになっており、壁一面を本が覆っています。
また橋を渡して建物内を突っ切る通路にも本がびっしりと収められている光景は、壮観の一言に尽きます。
これはゲームの演出上のはったりを、現実にしたがゆえの賜物でしょう。
しかし、使い勝手は普通に悪そうです。
見とれているフローラに水を差すのは申し訳ないのですが、入り口で突っ立っていると邪魔になります。
『フローラ、中に入りましょう』
「あぁ、うん」
いきなり話しかけられたことで、フローラは私に返事をしてしまいます。
静かな図書館にフローラの小さな声が消え入りました。
『まずは一番上の階まで行ってください。壁際を時計回りに歩けば上に向かう階段があるはずです』
歩き始めたフローラの後ろで、図書館内を見渡します。
人はまばらで、しかも大半が目の前の本から目を離さないので聖女であるフローラに騒ぐ人はいませんでした。
天井一面がガラス張りになっているため、空から傾きかけた日の光が図書館に落ちています。
通常、本は日にさらせば時とともに劣化してしまうのですが、これも演出のせいなのでしょう。
ただ、あまり日焼けしている印象も見られませんから、もしかしたら何かしらの魔術で劣化を防いでいるのかもしれません。
さて、一番上の階に何があるかといえば、アイテムです。
図書館自体、ゲームで来ることはほとんどないのですが、来ることはできる場所です。
こういうところに製作者が遊び心で入れたアイテムが落ちていたりします。
確認したいのは、聖なる護符と呼ばれるアイテムがあるかどうかの確認です。
図書館の本の構成は上から順に天に近くなり、例えば天文学や神学、そして聖女や教会の書物などが収められています。
その中の、初代聖女の伝説と呼ばれる本にしおりのように挟まれているアイテムが聖なる護符です。
効果自体は破格というほどではないのですが、MP の持続的な回復ができるアイテムなので重宝します。
一番上まで登ったフローラに本の位置を指示して向かわせます。
アイテムがあるのか、それともないのか。
そもそも、誰がどのような目的でアイテムを挟んだのかもわからないので、現実としてはない可能性の方が高いです。
フローラの背で届くギリギリの高さにあるので、フローラは頑張って背伸びをします。
小動物みたいで可愛らしいですが、見ていて危なっかしさもあります。
なんとか、本を取り出せたフローラは近くの椅子に座りました。
夕暮れ薄暗くなった図書館内ではランタンにオレンジの光が灯り始めます。
開いた本には一枚のお札が挟まっていました。
白色で、金の紋様が書かれているそれは間違いなく聖なる護符です。
護符を手に取ったフローラは周囲に誰もいないことを確認して、私の方に向けてきました。
そして、小声で「これ?」と首を傾けます。
『はい。それがゲーム知識通りかを確認するための試金石の一つです。しかし、本当にあるとは。今まで誰も初代聖女の伝説を読んだことがなかったのでしょうか』
フローラは小声で会話を続けます。
「私にしか見えない、とか」
考えたことはなかったですが、その可能性はあります。
ただ、そうなると聖なる護符の製作者は初代聖女ということになりますし、また初代聖女がココに護符を隠したということにもなります。
そんな裏ストーリーはゲーム上では語られていませんから、製作者が内内に作ったとかになるのでしょうか。
『とりあえず、目的も果たしましたし部屋に戻りましょう』
「その前に、コレ、どうするの?」
聖なる護符の装備方法は、装備枠に張り付けることですが、そんな方法は知りません。
せめてステータスウィンドウが出てくれればいいのですが、さすがに出てきてくれはしませんでした。
『装備するって願ってみてください』
これで無理なら、制服の内ポケットにでも入れるしかないでしょう。
その場合、装備になるかどうかは微妙なところです。
アクセサリーと違って明確に着脱という概念がありませんから。
タンポポのワタを優しく包み込むように、フローラは護符を両手で持ちます。
目を閉じて、護符を握りしめるような姿は神聖さが感じられるものです。
聖女、という言葉はゲームでは単なる役職として使われるものですが敬いたくなる何かが聖女の肩に乗っかっている気がします。
数秒が経つと聖なる護符は俄かにほんのりと光はじめ、そして溶けるように消えていきました。
「どう?」
フローラが聞いてきますが、正直わかりません。
素直にそう言うと、フローラは変な顔をしました。
『ゲームだと、装備するというボタンを選択すれば装備ができたので・・・そうですね、今度は外すと願ってみてもらえますか』
フローラは今度も手を組んで目を瞑ります。
次はすぐに変化が現れました。
組まれていたフローラの手に聖なる護符が握られています。
もう一度、装備したい、と願ってもらえば、次はすぐに護符は消え去ります。
『つまり、このアイテムの脱着は願うこと、ですか』
「そうみたい」
『それでは、戻りましょうか』
私がそう提案すると、フローラはすぐには返事をしませんでした。
待ってみると、おずおずと口を開きます。
「もう少し、ここにいちゃダメ?」
ゲームの都合で二十四時間ずっと開いている図書館にはどれだけ居てもとがめられることはありません。
ただ、明日もありますし、フローラはまだ夜ご飯を食べていないので、もろもろを考えれば帰った方がいいのですが。
しかし、私の中にはフローラの学生生活を意図的に消しているという自覚もあります。
さらには捨てられた子犬のように見上げられると強くは出れません。
『わかりました。でも、少しだけですよ』
フローラはコクコクと嬉しそうに何度も頷き、そして本を本棚に戻すと図書館内を見て回り始めます。
どうか、他の攻略キャラには会いませんように。
図書館内に来る攻略キャラは宰相の息子のクサラが最も多く、次いで商家の息子のデュラン、それより少ない頻度でレクスハルト、最後が騎士団長の息子で学園にはあまり顔を出さないミカヅチです。
ミカヅチに至っては図書館にいることはありません。
野性味あふれる見た目通り、勉強自体もほとんどしないキャラです。
頭が悪いわけではなく貴族教育で最低限の勉強だけを完了しているための行動でもあります。
さすがに人の上に立つものに一切の学がないというのは、特に規律と儀礼が大事な騎士においてはあり得ないのでしょう。
時間を追うごとに人が少なくなっていくため、私もあまり心配をする必要がないように思えてきました。
私もフローラと同じように周囲を見て回ろうかと思います。
憧れのゲームの世界。
来ることができたら、と妄想したこともあります。
図書館の BGM が私の頭の中で流れるので、身を任せて鼻歌を歌っているとフローラが私を見ました。
「いい歌だね」
小声で笑いかけられて、ちょっと恥ずかしくなりました。
読んでいただきありがとうございます!
前作はおかげ様で毎日更新で完結まで走ることができました。
今作では毎日更新に加えて文章の推敲もしていきたいです。
楽しんでいただけると幸いです。
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