4 : ゲームのエンディング
席決めは、波乱の兆しを見せました。
階段状になった教室の中心、教壇の目の前という全生徒から視線が集まる場所に、第一王子であるレクスハルトと聖女であるフローラが並んで座っています。
ゲームにない展開、ゲームにない状態。
それは私にとっては予想外でした。
満足そうに微笑んだバーラが教壇から教室中に目線を配ります。
「また、どこかで席を変えることもあると思うけれど、ひとまずはこの席を固定にするわ。それでは、学園卒業までよろしくね」
その日は、そのまま解散となりました。
『フローラ、すぐに自分の部屋に戻ってもらえますか』
私は他の生徒が動き出すよりも早く、フローラに指示を出しました。
このままだと、他の令嬢からのやっかみを買いかねません。
本当ならレクスハルトルートに入らないと起きないような注意や警告、そして嫌がらせが始まらないとも言えないのです。
すぐに席を立ったフローラはそのまま教室を一目散に出ました。
フローラが教室を出る瞬間、私は教室の他の生徒の顔を見ました。
レクスハルトは何かを言いたげな視線を、ミルフィーや他の令嬢は値踏みするような視線を、デュランやクサラはそんな教室へと目を向けています。
本当に予想外です。
自室へと入ったフローラに私は謝りました。
『ごめんなさい。まさか、レクスハルト殿下があそこまで粘るとは思いませんでした』
「いいけど、でも・・・」
フローラの私を見る目は揺れ動いています。
私はフローラの言葉を待ちました。
するとフローラは意を決したように口を開きます。
「私は、レーコが神様の使いだと思ってたんだけど、違うの?」
神様の使い。
その言葉の意味がよくわかりませんでした。
いえ、辞書的な意味はわかりましたが、なぜフローラがそのように考えたのかが理解できません。
私の戸惑いをキャッチしたフローラは続けます。
「だって、レーコは私が聖女になったのと同時に見えるようになった。それに、アドバイスもしてくれる。実際、デュランとはそれでちょっと仲良くなれたから」
確かに神が聖女のサポートとして私をつけたという説明には筋が通ります。
でも、私は転生した際に神にあれこれと頼まれているわけでもなければ、神に会ったことすらもないのです。
『誤解させてしまったことは謝ります。私は、ただの幽霊みたいなものです』
「謝ってほしいわけじゃない。別に、レーコが私に嫌なことをしたわけじゃない。でも、ならどうして私を助けてくれるの?」
フローラから来る視線がはっきりと困惑と疑惑に変わりました。
「両親を生き返らせることができるっていうのも、嘘、なの?」
それは、フローラにとってやっと上向いた気持ちをまた地面に捨てさるような問です。
もし、これで嘘だといえばフローラは私の助言を聞いてくれるのでしょうか。
しかし、私がフローラを助けたい理由はフローラに”その”嘘をついてしまったのが理由なのです。
本当のことを言うのなら、全部嘘だと伝えるしかありません。
両親が生き返ることはない。
その事実を攻略キャラと一緒に確かめていき、納得するのがこの物語のストーリーラインです。
だからこそ、私がフローラにそれを伝えることが正しいのかわかりません。
「レーコ。黙ってないで、何か言ってよ」
フローラの小さな肩がにわかに震え始めました。
フローラの弱った姿、泣きそうな顔、それらはなぜか私の心をひどく逆立てるのです。
一度ついた嘘に対する責任は、最後まで嘘を突き通すことなのでしょうね。
どれだけ恨まれても、それでもフローラが自衛の力を身に付けるまでは私は嘘を突き通し続けることを改めて誓いましょう。
この胸の痛みに懸けて。
『嘘ではありません。ただ、私は全部を知っているというわけでもないのですが、全部を知らないというわけでもありません』
遠まわしな言い方にフローラは首をかしげます。
『今からお話するのは私にとっては本当のことですが突拍子もないことでもあります。それでも聞きますか?』
フローラはあの決意の籠った目で私を見据えました。
「教えて」
その答えに私は頷いて、転生する前からすべてをフローラに話しました。
両親を生き返らせることはできない、その部分だけを飛ばして、乙女ゲームのことすらも。
外は暗くなり、部屋は備え付けの光の魔道具で明かりが灯る頃、おおむね話し終えることができました。
『ということなのです。だから私はフローラのことも、デュランのことも知っていたのです』
「でも、その知識、は完璧じゃないってことだよね」
『はい。現実である以上、色々なことが流れに変化を与えています』
「わかった。レーコの言ってること、信じるよ」
あっさりと信じてくれたフローラに私は首を傾げます。
もし、私がフローラの立場ならこの話は信じません。
君が生きている世界は別の世界では絵本のような物語になっている、なんてことを信じられる人はそもそもいるのでしょうか。
そんな私の様子を見て、フローラは肩の力を抜いて私の目を真っすぐに見つめました。
「私が・・・信じたいから」
今日初めて笑ったフローラの顔は、花が咲き誇るように美しく見えます。
「けど、これからどうするの? 最終目標は誰かと付き合うこと、なんだよね?」
『ええ、そうです。それがこの乙女ゲームのシナリオの根本でもありますから』
「私、まだ誰が好きとか、わかんない」
さっきとは打って変わって初々しい悩みに思わず頬が上がってしまいます。
前世がアラサーな私でも、恋愛話は大好物です。
そうでなければ、乙女ゲームなんてやりませんから。
『あらあら、そうなのですか』
「レーコ、何笑ってるの?」
『決してバカにしたりなどしてませんよ。ただ、フローラが可愛らしくて』
思わずうきうきとした声を出してしまったせいで、フローラはからかわれていると思ったのでしょう。
子供のように頬を膨らませて目を吊り上げます。
「絶対、レーコには相談しないから」
そして、そっぽを向かれます。
前世で母親から恋愛事について突かれるたびに鬱陶しさを覚えていたものですが、これは確かに大変愉悦できるものです。
そこまで育てた親の密かな楽しみと言われれば納得できてしまいます。
でも、フローラの両親はもう死んでしまっていますから、私が楽しみすぎるというのも良くありませんね。
『ごめんなさい、フローラ。もうしないので、許してくれませんか』
私が頭を下げて謝ると、肩をすくめてフローラは私の方を向き直ります。
「次は、ないから」
『ありがとうございます。それで、先ほどの話の続きですけれど、今は誰が好きとかは明確にしなくても良いと思います。先ほども説明しましたが、このゲームには二つのエンディングがあります』
「恋愛ルートと、聖女ルート、でしょ?」
『ええ、その通りです。恋愛ルートのゴールは誰かを付き合うこと、正確には婚約することですが、聖女ルートは違います。覚えていますか?』
「うん、バーラ先生が敵だなんて信じられないけど」
『バーラ先生の目的は聖女の力の奪取です。彼女は才媛で、ほとんどの魔術を修めることができましたが、唯一手も足も出なかったのが聖女の力になります。プライドの高い、そして向上心のある彼女にとってはそれは許せるものではありません。そして神のごとき存在になりたいとも考えています』
「でも、私を殺してでもしたいことなの?」
両親が死んでから、親戚に預けられ、そこで虐げられていてもフローラの心は純真です。
それが、私利私欲で人を実験動物にするという話を受け付けないのでしょう。
『ええ、ほぼ確実に。だからこそ、フローラ。あなたはラスボスであるバーラ先生に勝つためにも修行をしないといけません』
もしこれが現実なら恋愛ルートであってもバーラがフローラを狙うことは全然あり得るのですから。
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