3 : 席決め
式はつつがなく終了しました。
校長、そして来賓の王妃の演説が終われば、各担任に従って教室へと案内されます。
上級貴族も多い特待クラスにおいては道中で私語をする人はいません。
全員が先導に従って淡々と歩いていきます。
そして、連れてこられたのがひと際豪華な教室でした。
階段状になったクラシックな席が並び、教室の前方には二段の大きな黒板が立てつけてあります。
特待クラスの担当教授であるバーラ・パラリアが教室に入ってすぐ学生の方へと向き直りました。
バーラのピンクの長髪がふわりと広がります。
「皆さん、お好きな席に座ってください」
貴族子女のるつぼである特待クラスにおいてお好きな席というのはそのまま好きな席に座ればよいということにはなりません。
学園では名目上は生徒は平等の身分として扱われます。
しかし、卒業すれば上下関係の中に戻るのです。
案の定と言うべきか全員が固まります。
誰が音頭を取り、どのような席配置になるのか。
それが、卒業するまで同じメンバーで過ごす特待クラスの今後を決めるのです。
「普通に身分ごとで良いのではなくて?」
金髪の縦巻きロールを腰まで伸ばした、ミルフィー・ゾルディア侯爵令嬢が最初に声を上げました。
「そうかい? 私はできるなら身分というものを考えずに席を決めたいけれど」
攻略キャラの一人であるレクスハルト・ロルホ第一王子がミルフィーの方へと顔を向けます。
レクスハルトもロルホ王族の特徴である金髪と翡翠の目を受け継いでおり、その線の細い髪は日の光をうけて輝いて見えます。
「殿下。そう言っては他の人が困ってしまわれますよ」
攻略キャラの一人であり、深緑の髪を束ねて肩から前に出すという、いわゆるマーメイドヘアーの少年がレクスハルトに向かって進言します。
攻略キャラの一人である宰相の息子のクサラ・ルーガンです。
ここからが、この乙女ゲームにおける第二のルート分岐でもあります。
ヒロインであるフローラに用意されるのは三つ。
一つ目が何も言わずに一番前の席に座ることです。
貴族のパーティーにならい、より高い場所をより高位の存在が座るというルールを採用するという意味です。
聖女といえども最近までただの平民だったフローラの今の地位は平民とほとんど変わりません。
これは同時にミルフィーの意見を取り入れることにもなり、またレクスハルト攻略ルートから一歩遠のくことを意味します。
そして二つ目が、クサラの言葉に聖女として同調するということです。
身分としてはほとんど平民と変わりませんが、今後の重要度を考えれば発言力はあります。
そのフローラがクサラの意見に賛成しにいくのです。
これがクサラルートの分岐の一つになります。
結果として、フローラはクサラの隣に座ることになります。
そして最後が成り行きに身を任せて口をつぐむという選択肢です。
他の特待生である平民がやっているように貴族が喋っている間は何も言わないという消極的な選択肢です。
もちろん、レクスハルトルートに入ることはありません。
この行動を評価し、隣に座ることになるのがデュラン・マクナードになります。
『フローラ。何も言わないでくださいね』
私が念押しのようにフローラに言うと、フローラは小さく頷きました。
ここからはゲームでは描写が飛ばされるところになります。
下手に口を開いて、展開が変わってしまうとキャラの攻略にゲーム知識が使えなくなるかもしれません。
「そうですわよ、レクスハルト殿下。早く席をお決めにならないとバーラ先生も次に進めなくなってしまいますわ」
ミルフィーがクサラに同意するようにレクスハルトに迫ります。
他の生徒が黙っているのは、やはり高位貴族に安易に口をはさむと面倒だからでしょう。
「クサラ、何かいい案はないかい。私はこの場の席を生まれで決めるなんてことはしたくないんだ」
「そうは言いますが殿下。平民や下級貴族の子に殿下の隣に座れと言っても酷なことだと思いますよ。今年は、他の国から招いている王族の方などもいませんし、私か、ゾルディア侯爵令嬢で我慢してください」
「あら、我慢とはひどい言いぐさね、ルーガン伯爵令息」
言葉とは裏腹に気の置けない雰囲気を出したミルフィーとクサラに周囲はただ見守っているだけです。
「殿下には窮屈な思いをさせてしまいますから」
クサラがミルフィーに弁明のように向き直ります。
「それが分かっているのなら、学園でくらいは私が羽を伸ばしてもよいとは思わないかな」
レクスハルトが想像以上に粘ることに私は驚いていました。
ゲームではミルフィーと隣に座るはずですが、いまだに首を縦に振りません。
この場の責任者でもある担任のバーラを見れば、艶然と微笑むばかりで口をだす気配が見えません。
豊満な身体をかき抱いてうっとりする姿は、この場面を楽しんでいるようにしか思えません。
さすがはこの乙女ゲームの聖女ルートにおけるラスボスと言ったところでしょうか。
まぁ、彼女との対決は当分先のことになりますが。
「私で諦めてくださいませ、殿下」
ミルフィーがレクスハルトに一歩近づきました。
二人は恋仲ではないものの、ミルフィーはレクスハルトの婚約者候補筆頭格です。
そのため、ミルフィーはレクスハルトルートにおける悪役令嬢でもあります。
「それは素敵なお誘いだけれど・・・」
そこで言葉を区切るとレクスハルトは周囲を見渡しました。
「聖女・フローラ、君はどこに座りたいとかはあるのかな」
フローラが肩を跳ねさせます。
それは背後にいた私もです。
まさか、フローラに話が振られるとは。
私を見ないようにと言い含めていたのですが、フローラは咄嗟にレクスハルトではなく私へと顔を向けます。
「おや、そこに何かいるのかい?」
レクスハルトは興味深そうにフローラを見つめます。
なんでもいいので、返答をしなければなりません。
しかし、ここまで来ては平民なので前に座りますとは言えなくなりました。
それは、そのままレクスハルトへと真っ向からぶつかる言葉だからです。
かといって、好きな席にといえば、どこが好きな席かと聞かれることになります。
そもそも、クサラとミルフィーがレクスハルトとは異なる意見のため、まずもってどちらかとは衝突します。
なぜこの分岐がゲームになかったのか、と恨み節を唱えたい気持ちを抑えて頭を巡らせます。
一番無難でフローラの意志が介在しないもの。
そこで閃いたのは前世の学校であった席替えです。
『くじ引きで決めれば、神の意志に従える、そう言ってください』
信仰心の薄い前世ですら神頼みと言われるのですから、聖女という存在がいる現世なら通用する理屈のはずです。
「くじ引き、がいいと思う。神の意志」
「くじか。それは面白いね。私は賛成だけれど、皆はどうだろうか」
レクスハルトは周囲へと視線を流しました。
さすがに第一王子の賛成には他の人は逆らえません。
そして、クサラとミルフィーも平行線をたどるよりは良しとしたのでしょう。
「それで殿下が良いのなら」
「仕方がありませんわね」
そうして、急遽決まったくじ引きは、バーラが取り仕切りました。
結果、フローラの席は一番前となりました。
そして、隣にはレクスハルトが座っています。
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