17 : 初代聖女のローブ
気づくとテーブルには三つの椅子が置かれており、ラティヌはフローラに座ることを勧めました。
一息つくと、またラティヌは話し始めました。
「これが過去の話。そして、ここからがこれからの話。アナタたちにも関係することよぉ」
『魔王、ですか?』
「ええ、そうよ。私の肉体は消滅した。それはいいわよねぇ。そして私は魂だけの存在になった。では、私の体に宿っていた魔王の魂はどこにいったのかしらぁ?」
「見つかってないの?」
フローラは気づいたように不安そうな顔をします。
そして、それは私もです。
ラティヌが魂だけの存在になったとき、魔王もまた魂だけの存在になったとしたら。
「見つかってないわ。もちろん、私の浄化魔法で消滅したのなら別にいいんだけれどねぇ。でも、一度でも私の体に宿り聖女の力に触れられた存在が、しかも魔王なんていう強大な相手が浄化魔法だけでどうこうなるというのは楽観的な話よ」
『目星はついているのでしょうか?』
「ええ、いるとしたらロルホ王国内のはずよ」
ロルホ王国には聖域化した大聖堂があります。
もし私が魔王なら、自分を消滅しうる力を持っている存在からはなるべく離れる気がしますが。
私の疑問が顔に出ていたのでしょうか。
ラティヌは訳を話し始めました。
「もちろん、根拠はあるわぁ。一度でも肉体を共有した中だからこそ、わかるの。魔王の中に宿っているのは底知れない向上心だったわ」
向上心。
それだけを聞くといいことのようにも思えます。
しかし、初代聖女としてその力を極限に近いレベルまで高めたであろうラティヌが底知れないと表現するというほどは一体どれほどのものだったのでしょうか。
「どうして、そんなに向上心を持てたの?」
フローラは不思議そうに目を瞬かせました。
フローラにとって、両親を生き返らせるという目的を果たすことができれば力の意味は閉じます。
だからこそ、それ以上に自分を成長させようとする魔王の気持ちが理解できないのかもしれません。
「これは予想にはなるけれど、おそらく、魔王は許せないんじゃないかしらぁ」
何が、の部分をもったいぶったラティヌは紅茶をゆっくりと口に含みます。
焦れたフローラが「何を許せないの?」と聞くと、ラティヌはゆっくりと答えます。
「弱い自分が、よ」
その答えを口にしたとき、ラティヌの眉に微かに力が込められているように見えます。
「あいにくなことに、私も同じなのよ。弱かった自分が許せなかった。あと一歩早く駆け付けられる足があれば助けた命だって、何度も取りこぼしてきたわぁ。だからこそ感じるシンパシーなの」
魔王と同じ気持ちだった、そう告白するラティヌは少しだけ寂しそうです。
それはまるで、人間とは共感できなかったのだと言っているようでした。
『底知れない向上心が、ロルホ王国にいることにどう繋がるのでしょうか?』
もう、答えは見えています。
しかし、それでも確認する必要があるのです。
「魔王が今、最も勝ちたいのは私の、聖女の力のはずだものぉ。だったら、聖女が生まれる土地から離れることなんて考えられないわ」
「でも、本当にいるかどうかはわかってないんだよね?」
「そうね、でも聖女の直感が言ってるわぁ。脅威は去ってない、って。だから、私は私の力を後世に引き継ぐために武具として散らばらせたの。そして、そのときが来るまで分裂した私の意識がそれらを守っているわ。今もね」
ラティヌは残った紅茶を一気に飲み干すと、席を立って私たちに微笑みかけます。
そして、天へと両手を掲げました。
今日、何度もみた白金の輝きが眩い太陽のようにラティヌの手の先に収束します。
光が収まると、その手にはプラチナ色のローブが握られていました。
「生前、私が来ていたローブよぉ。そして、私の力を込めたものでもあるの。フローラ、ちょっとこっちへ来てくれるかしら」
呼ばれて立ち上がったフローラはローブを持つラティヌの前に行きました。
「これが、聖女の秘宝?」
フローラはラティヌの手にあるローブを凝視しています。
「あら、今ではそう呼ばれているの? まぁ、秘宝と言えば秘宝かしらぁ」
可笑しそうにラティヌは笑いました。
「もともとはミスリルの鉱糸で編まれたものだから銀色だったのよねぇ。でも、私の力を込めたら、見ての通り聖女色になったわ。私、銀色の方が良かったのだけれど」
「どうして?」
「だってぇ、私の髪色も白金よ。なのにローブまで同じ色だとクドイと思わない?」
言われてみれば、ですが気にすることなのでしょうか。
しかし、フローラはなんとなく言いたいことに共感したのか目を見開いています。
「まぁ、私が残した武具類はぜーんぶ聖女の力を持っている人にしか見えないようにしてしまったからぁ、フローラには関係のないことではあるのだけれどねぇ」
軽く言っていますが、どういう理屈でそんなことができるのか検討がつきません。
教えてほしい気持ちが湧き上がってきます。
でも、今は初代聖女と当代聖女の会話。
背後霊である私はでしゃばるべきではないでしょう。
「私は、それでも、この髪色もそのローブの色も好きだよ」
フローラは自分の髪を触りながら、ラティヌの方を真っすぐ見ます。
「お母さんたちから受け継いだ唯一の形見だもん」
「それは、大切にしないとねぇ」
そう言いながら、ラティヌはフローラの頭を優しく撫でました。
体を硬直させたフローラは可愛らしいです。
「知の試練をクリアしたアナタには、これを持って行ってもらいたいわぁ」
フローラは心配そうにラティヌを見ます。
「もし魔王がいなかったら、コレ、返しにこればいい?」
確かに、魔王のために借りた武具も、魔王がいなければ使い道がありません。
かといって、さっきの話を聞いていたら教会に預けるという選択肢もありませんし、そもそも聖女でもないと扱えないのですから意味がないです。
しかし、ラティヌは即答せず、すこし言いよどみました。
そして、ややあって口を開きます。
「うーん、そうねぇ。もし、魔王の脅威がないとなったら、遺跡に戻しに来てくれると助かるわぁ」
返す、ではなく、戻す、ですか。
なんとなく察しはついていましたが、このローブが遺跡から持ち出されれば今ここにいるラティヌは消えてしまうのでしょう。
魂だけの存在になった。
先ほどそう言っていましたが、そのあとのことは語られていません。
もし、聖女の力を武具に移すために自分の魂を使ったのなら。
そこまで考えたところで、ラティヌの方を見ると軽くウインクをされました。
黙っていてほしい、そういうことなのでしょう。
「わかった」
フローラは納得したように手を差し出します。
ローブを受け取ろうとしているのでしょう。
「初代聖女フローラより、次代聖女へ」
ラティヌは問題の文言と同じ言葉を口に出しました。
「私が残してしまった禍根を引き継がせること心苦しく思うわ」
フローラは黙ってラティヌの言葉に耳を傾けています。
「それでも、アナタに託せることを誇らしく思います。私の半身であるローブを次代聖女へ送ります」
そして、ラティヌはフローラにローブを手渡ししました。
受け取ったフローラの手に収まったローブはすぐにフローラの体に巻き付きます。
真面目な顔をしていたラティヌは、その表情を和らげました。
周囲のファンシーな壁紙がだんだんと光の粒子になっていって消えていきます。
「フローラ」
「何?」
「頼んだわ」
「任せて」
フローラは笑顔で答えました。
「また来るから」
「楽しみに待ってるわぁ」
そうして、私たちは気づいたら遺跡の外にい出ていました。
まだ、目がチカチカとしているとき、目の前にラティヌの残像とでも呼ぶべき曖昧な姿が見えました。
『レーコ、魔王はいるわ。フローラを導いてあげてちょうだいね』
そして私の頭に直接声が聞こえます。
あどけないラティヌの顔が最後に見えた気がしました。
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