16 : 初代聖女の過去
私に駆け寄ってきたフローラは安堵と心配の顔でいっぱいでした。
「どうして、いなくなったのかは、その人から聞けるの?」
『ええ、そのようです』
「初めましてぇ、次代聖女。私の名前はラティヌ。初代聖女よ」
「そう」
フローラは驚かず、じっとラティヌの方を見ています。
「あら、どうして私がまだ生きてるのか聞かないのぉ?」
「初代聖女だもん。できても、おかしくはない、はず」
私はこの世界における初代聖女の扱いをあまり知りません。
本編では詳細に語られませんでしたから。
しかし、フローラの様子を見るに相当神格化されているのでしょう。
「ふふ、それは嬉しい評価ね。さて、まずは知の試練のクリアおめでとう、と言っておこうかしらぁ。それで、二人の名前を教えてくれる?」
「フローラ」
フローラが答えたのに続いて私も自分の名前を言おうとしました。
しかし、中背礼子と伝える意味はあるのでしょうか。
少しだけ考えて、私はフローラが読んでくれる名前にしようと決めました。
『レーコです』
「フローラ、レーコ。二人ともいい名前ねぇ」
「ラティヌ、さん? も綺麗な名前」
「別にラティヌでいいわよぉ。様とかの敬称も不要だわ」
『ラティヌ、先ほど言っていた、なぜ初代聖女が今ここにいるのかについて説明をしてもらってもいいでしょうか?』
一番の問題点。
この世界はゲームとは似て非なるものだと、今回のことでハッキリとわかりました。
今までも人の動きに関してはだいぶんゲームとずれていましたが、それでもアイテムの場所や聖女クエストなどはゲーム通りでしたので判断がつかなかったのです。
しかし、人の動きがゲームと違うというのなら聖女ルートのラスボスであるバーラの動きも私の想定とは異なる可能性があります。
「そうねぇ。どこから話せばいいのかしら。フローラとレーコは魔王という単語に聞き覚えはある?」
「ない」
フローラはきっぱりと答えます。
私はありますが、このゲームでは魔王は出てきていないはずです。
あくまでもオタク的一般常識の中にその単語があるだけです。
『ありません』
「やっぱり、そうなのね。あのボンクラたちは汚点として隠ぺいしたってことになるのかしらぁ」
「ボンクラたちって誰のこと?」
「教会の上層部連中のことよぉ」
「えぇっ」
フローラは目を点にしました。
フローラも当代の聖女として現在の上層部の人たちとは顔合わせをしていますが、そんな印象を受けなかったのでしょう。
この世界において教会というのは清廉潔白の代名詞であると言っても過言ではありませんので頭の中で結びつかないのも不思議ではありません。
「人の上に立つ人間に裏がないことなんてないわよぉ」
ラティヌは今まで通りの間延びした声で言いましたが、その目は鋭く、そして冷たく光っていました。
「もちろん、今の教会の上層部がどうなっているのかは私はわからないのだけどねぇ」
張り詰めた空気をほぐすようにラティヌは肩をすくめて笑みを浮かべました。
『それで、汚点や魔王については説明していただけるのでしょうか』
「当然よ、むしろあなたたち二人が当事者になる話なのだからぁ。といっても私が知っていることは実はそんなにないのよ。申し訳ないけどね。異変に気付いてすぐに自殺を選んだもの」
剣呑な物言いにフローラが目を見張ります。
初代聖女が自殺。
それはその存在を神格化しているフローラにとって受け入れがたいのかもしれません。
「まぁ、不滅の魂を得たのだから、ある意味では昇天なのかもしれないわぁ」
少し意地の悪い顔をしてラティヌは笑います。
しかし、私もフローラも笑いどころがわからず沈黙するしかありません。
「私はねぇ、生贄にされたのよ。当時の教皇と枢機卿に」
「そんな」
フローラがポツリと声を漏らします。
私も若い女性が生贄にされたと聞いて胸に針が刺さった思いです。
「彼らは私が自分たちよりも有名、人気になるのが気に食わなかったのよ。そんなある日、大司教の一人が言ったのよ。神に認められた女性が聖女となるのなら、神に認められた男性もまた何か特別な力を得られるはずだ、ってねぇ」
フローラの顔はにわかに厳しくなり始めました。
今の高嶺の花として孤立し始めた、つまり大衆にとって人気になり始めた自分と重なってしまうからでしょうか。
「もちろん、私の力が弱かったのなら特別な力の魅力は薄れたはずだわぁ。でも、聖女の力は膨大に過ぎたの。人に身に余ると言ってもいいほどに」
ラティヌの声が一段低くなりました。
「それが特別な力という存在の説得力を高めたわぁ。彼らが変な儀式に手を出し始めたのは私もすぐに気づいたのだけれど止め方がわからなかったの。それこそ、上層部を全員殺すことくらいしか思いつかなかった」
なら殺せばよかったのに、とは言えませんでした。
初代聖女がなした偉業というのはゲームでも軽く語られはします。
街一つを滅ぼした強大な魔物を討伐したとか、病に侵された王国を救ったとかです。
それがどこまで本当かはわかりませんが、人のためと身を粉にして動いていた聖女に殺人という選択は取れないでしょうし、取らせてはいけない気がします。
あまりにも残酷です。
「そうして私が手をこまねいている間に事は起こったの。大聖堂そのものが大きな儀式場へと変えられていたわぁ。本当、迂闊だった」
何百年も前のことなのに、ラティヌの声はあまりにも生々しい後悔に満ちています。
「気づかなかったの?」
フローラは納得がいかないのか首を傾げました。
「私も聖女の力があるから、わかる。聖女になった日、感覚が鋭くなったもん」
「フローラの言う通り、気づいたと言えば気づいたわ。大聖堂の中はこれ以上ないほどに悪意に満ちていたし、不自然な工事の跡もたくさん増えていたもの」
「なら、どうして逃げなかったの?」
「逃げれば、私は助かるわ。でも、私が逃げたら他の人はどうなったかしら」
ラティヌの目には先ほどまであった後悔はありません。
間違いのない選択をした、その確信で満ちています。
その目にフローラは射貫かれて口を閉じました。
フローラなりに考えているのかもしれません。
『では、どこが”迂闊”だったのでしょうか』
「私が信頼していたシスターが彼らの手下だったことよぉ。そのせいで眠らされてしまったわ。私が起きてさえいれば事が起きた瞬間に解決できたかもしれないし、そうすれば私の肉体を私自身で滅ぼす必要もなかったの。だから迂闊」
裏切られたにも関わらず、ラティヌはそのシスターを恨んでいるようには見えませんでした。
「眠らされた私は、おそらく何かしらの儀式に使われたわ。目覚めたときには自分の中にもう一つの人格が宿っていることに気づいたの。そして、それが魔のモノであるということにも。皮肉よねぇ、力が膨大過ぎるがゆえに生贄にされたのに、力が膨大過ぎるがゆえに魔のモノ、彼らは魔王と呼んでいた存在に完全に体を乗っ取られずに済んだのだから」
私もフローラもラティヌの言葉の続きを待ちました。
「だから、あいつらの前で私は私の体に最上位の浄化魔法を放ったわ。ふふっ、あのときの教皇の顔は傑作だったわねぇ。しかも、その余波で大聖堂は魔を完全に寄せ付けない聖域にすらなったのだもの」
そこまで話すとラティヌはどこからともなく、香高い紅茶を取り出してテーブルの上に並べました。
「私が魂だけの存在になった原因の話はこれでお終いよぉ。疲れたでしょうし、少し休憩したいわね」
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