第7話.昔からずっとそこは
「寝たか?ルイス・ルー・クラフトねぇ?ミドルネーム付きだから何かあると思ったが…まぁ何も無い事もないが、まずは人払いか…」
キンッと吹く音と共にデバルトルの館で静かに傭兵が出現する。
「…昼の奴…ではないが」
市場には様々な商人や冒険者が集まる、見た目は普通でも何が目的か、何を考え、何をしているか?
なんて魔法でも使わないと分からないだろう。
皆が口を揃えて「盗賊もアンガットもあそこには居ないよ」と言う、確定した理由なんてものは無い、あそこは冒険者協会が管理してるからとか、腐ってもエンガット出身がそんな事しないだろうなんて理由だ。
人の欲を舐めてはいけない。
会話が聴こえてきた、たったそれだけの事で人は財宝を求めて法を犯す。
「あったぞ」
「これは下に繋がってんだろ」
「よく見ろ天井二枚抜けてるぞ」
(三人、しかもエンガットの傭兵崩れだな)
「まったく…先輩は悲しいぜ」
服装こそ商人、服装こそ冒険者、服装こそ協会員。
ここまで根を張ってるのだ、全員が禁止されている武器の携帯、どれもこれも人へ害を与える刃。
「ロープは?」
「もってる」
「そっち見といてくれ、もし人来てなんか言われたら残置物確認に来たって言っとけ」
「こんな夜にか?」
「俺らが夜以外にやるかよ」
はっはっは、と押し殺した声で笑いながら準備をする、三人は目の前に佇む傭兵に気が付く事もなく
デバルトルの館を訪れる。
「傭兵としてではなくエンガットとして迎えてやろうか」
そう言う男の鎧は昼間よりも一層くっきりと月に照らされていた。
一人が下りるとすぐに戻ってくる。
「おい…全員で行くぞ、どうやら人の手が入ってる」
「まじか?協会で何も説明無かったぞ」
「あの子供じゃないのか?」
三人はロープを伝い、下る、下る。
かつて死神と誓約を交わした傭兵が待つ館へ。
水路に入った三人は明らかに興奮した様子で
「すげぇ、これは確かに独り占めしたくなるな」
「その子供だけか?ここ知ってるのは」
「バレバレだったが、知り合いは限られてる様だから口封じは楽だろう」
「お前ら得物出しとけ、こんな場所に住んでる奴同業かイカれた化け物だろ」
ルイスが歩いた道を静かに辿る。
「…足跡は一人、だが帰りの歩幅がおかしい」
「何か持ち帰った?」
「というよりは…横を向いてた?」
「コウモリでも飛んでたか?」
「なら良いが…魔法でも何でも使えるように構えとけ、精霊でも居るかもしれん」
「子供だから見逃されたか」
「情報が少なすぎる」
三人は廃墟の静寂を守るように洗練された足取りで進む。
「これは…掃除板か」
「何百年前なんだ?」
興味は無い、ただの板だ、いつの間に水路は岩を掘った長い長い水脈に変わっていた。
「長くないか?」
「まだ時間はある」
先へ進むと少々広い空間へ出る、小さな劇でも行えそうな広さで床の端は何箇所か岩盤になっていて水路はそこへ向かって流れている。
「地上でここはどこだ?」
「丘側の確かデバルトルの展示室下か?」
身の毛がよだつ。
「だとするとここは処刑場か?」
「なにも無いぞ、一度漁られてる訳では無いだろ?」
「しかし用途が分からん」
「この深さで鉄橋造りだぞ?」
協会員の姿をした男が「なにもないってことは…」なんて言うとき
カチ…いや、もっともっと小さい微細な音が鳴った。
「罠!」
三人で空間へ入って十歩進んだ。
そして八歩戻った、間に合わなかった、退路を塞ぐのは重く太く青白い金属の柵。
「溶かせ!」
冒険者の男が、手をかざすと魔法式から溶岩の蛇が柵に噛みつく、しかし一切熱が伝わらずに蛇は霧散した。
「これ!魔晶石です!」
「まずくないっすか!?」
そう言って商人の男が付近を確認する、人の通れる出入り口は一つ。
自分達は確かに三人で入って誰も居ないのを確認した。
「誰か居ます!」
「!?」
今は柵をどうにかしなければ、そう思っても振り向くことを止められない、今まで生きる為に最善と思った事をがむしゃらに突っ走って来た。
将来安定だと噂のエンガットへ入団。
公平に分配、公正に、厳格に、厳正にと、それらをリスクと判断する。
周りは文句言わない、みんな出来てる、従う。
自分は?このままで良いのか?
途中で抜けるのは違法ではない、エンガットの技術を有した人物が法を犯す。
人の急所、物流網の把握、戦闘時の行動原理、隠密術、日常会話での誘導、高等魔法。
頼もしく憧れの的であるエンガット師団が最も危険で人に恐怖を与える存在となる。
エンガット出身の犯罪者を人々が「アンガット」と名づけたのはいつの頃だったか。
(あぁ…昔はこんな状況に出逢いたくてエンガットに入ったんだっけか)
不思議と三人はそう思った。
黒色の鎧を纏った元親衛隊長は剣を抜き地面へ突き立てゆったりとした口調で淡々と述べる。
「君達三名をエンガット旅団への謀反の疑いがあるものと判断する、義の契りを有する私、死傭兵が、君達エンガットを冠した三名を論告し同時に送致を行う」
三人は静かに傭兵を見つめる。
「あれは…あの甲冑は本庁で見たやつだ…」
「抵抗するなよ?あれが本人なら絶対逃げられない」
「ずっと生きてたのか?」
畏怖に呑まれた各々はその場にゆっくりと膝を降ろす。
「今暫くは意思表示が制限される、何か言うことはあるか」
「いえ…なにも、、ただこの様な形でお会いする事に後悔しています」
協会員の男が絞り出すように発言する。
「私は……私は記録で第七の顛末を知りました、不思議に思っているのはデバルトル様に何故貴方が忠誠を誓っていたのか?第七冒険者協会へ潜入したのはその謎を知りたかったからです」
傭兵は少ない猶予を与え彼らに情報を明かす。
「……のは事実で今は猟奇首領って言われてるらしいが。場所貸してただけで…あれはメビウス教団の所有物だ」
「メビウス教団…なるほど」
「貸金庫の民営はそれで…」
「では!デバルトルは濡れ衣を着せられて…!」
次々と質問をする元エンガット達を「まてまてまて」と落ち着かせながら
剣を納め魔法式の構築を済ませる。
「デバルトルは悪いやつじゃない、お前らはまずしっかり反省してこい」
三人は周囲に配置された魔法式から溢れ出す赤い霧に包まれる。
(行ったか…ひっっさびさにやったけどサマになるもんだな)
三人が過ぎ去った場所で大きく背伸びをして数十年ぶりのスーラへの愚痴を披露した。
「だぁぁあ、まーじで…蓋したせいで実害出てんな。アイス食いてぇ、カレー食いてぇ!塩でもぶっかけてやろうか!?…さて馬鹿が開いた、馬鹿穴でも塞ぐか」
――しかし、ルイスが派手に破壊した鉄橋石の修繕は予想以上に難航し、気づけば地上には眩しい朝日が昇っていた。
「いつの間に朝じゃねぇか!」
傭兵の悲痛な叫びは、誰に届くこともなく美しい朝焼けに空しく響き渡った。




