中毒
帰りの汽車に揺られておりますと、一つの夢をみました。それは懐かしいようで、そうでない。そんな夢でした。
辺りは淡い光に包まれているような、オレンジ色のフィルターを掛けられているような風景で、卓袱台の前に座っておりまして、辺りを見回しますと子供が5人と、彼女がおるのです。彼女は1歳程の子供を膝に抱え裁縫をしており、他の子供達はそれぞれ絵を描いていたり、部屋を駆け回っていたり、それは極普通の家庭の情景でした。それをぼんやり眺めていると、彼女が言うのです。『あなた。ぼーっとしてどうしたの』と。不思議な感覚です。私はまだ所帯を持ったことなど一度もないのに、ましてや彼女にこう言われて懐かしく思うなど、あるはずが無いのです。ですが、とても懐しいのです。母の腕の中のような、そんな安心感に包まれるのです。
汽車の揺れで目を覚ましますと、そこは丁度最寄りの駅でした。普段と何ら変わりのない駅のはずなのですが、なぜだか又もや妙に懐かしく感じました。私はどうしてしまったのでしょうか。何をセンチメンタルになっているのでしょうか。
家へ着いてもこの疑問は、頭に酷くこびり付いて離れませんでした。
「帰ったぞ」
無論返事などありません。私一人の十畳のボロアパートです。ですが今日は言いたくなったのです。大して今まで言ったことのない挨拶を。
珠暖簾を潜り、蛇口を捻り水道水をグビグビと喉へと流し込むと頭がぼーっとしてまいりました。
「俺は、死ぬのか」
そこからの記憶は無く、気付けば時刻は深夜2時となっており、私の身の回りには事件現場の如く女物の服が散らばっておりました。
「なんじゃこれは」
飛び起きると、背中に妙な視線を感じました。私が恐る恐る振り向くと、そこには、あの子のイニシャルの入った、地元の制服を着飾られたマネキンが立っておりました。この日初めて、私はこの人形が。私の趣味が、心の底より悍ましいと感じられました。
「き、気味が悪い」
反射的でした。私は強く人形を蹴り飛ばし、何度も何度も踏みつけたのです。そして半狂乱になりながら玄関飛び出し、ひたすらに走りました。
息が切れ、ゼーハーゼーハーと屈んで息を整えていると、視界がだんだんとはっきりしてきまして、松の並木が素敵な小さな橋の上におりますことに気が付きました。下は流れがそこそこに激しい川です。
「綺麗ぞな」
夜風に当たっておりますと、だんだんと記憶がはっきりとしてきました。私は何とも雑に襖を開け放ち、人形と服をソーラン節を舞うか如く、引っ張り出したのでした。
「ここまでになっているとはな」
自分の中毒具合を甘く見ておりました。これでは薬中と何ら変わりないではありませんか。
ここで二つの不安が襲います。私はこれを断つ事ができるかという不安と、そして、この事を彼女に打ち明けるべきなのかという不安です。打ち明ければ、きっと結婚の話は無くなることでしょう。ですが、打ち明けずに気の重い思いをしていては、結婚生活は長続きしないでしょう。
「どうしたものか」
必死に考え込んでいて一つ、私はハッとしました。そういえば私は、ちっとも結婚を諦めていない。今までの私ならば、結婚の話を置き去りに雲隠れしていた事でしょう。ですが今は、どう彼女と共に歩むかを模索している。自分の成長具合にニヤけてしまいます。
「よし決めた! 捨ててやろう。人形を、制服を、捨ててしまおう! そして、彼女に全て正直に打ち明けてやる!」
水面が揺れて月がぼやける様は、私に賛同しているように感じられました。




