見合い
噴水の周辺を一周しまして、ベンチに腰掛けておりますと、少女が母親と歩いて来られました。
「お母様この飴美味しゅうございます」
「そう、良かったわね。お父様に感謝ね」
何とできたお人なのでしょう。子に誰のお蔭で食えているのかを、さりげなく教えておりました。私は何も、親を神格化し敬えとまでは思いませんが、誰が稼ぎ食わせているのかくらいは知っておくべきだと思うのです。ですが教えようとしますと、子というのはどこかいい加減に聞きますので、嫌味っぽくなってしまったりするのです。ですが、あのお方は嫌味気など微塵もなく、ましてや心の底から敬うように、仏に手を合わせるように教えたのです。私はそれに感動を覚えたのです。きっと少女の父は立派な男なのでしょう。私もああいった風に子に教えても恥ずかしくない親になりたいものです。
彼女らに元気を分けてもらえましたので、そろそろ場に向かおうとベンチから立ち上がり、汽車へと乗り込みました。十分程揺られておりますと目的の駅へと止まりました。
駅のホームから出まして一息吸いますと、香ばしいフライの匂いが香ってきました。それは見合いの場である、目の前の図書館内のレストランからのものでした。
「何の匂いぞな」
その匂いに心躍らせながら図書館のドアを開け、目の前に立ちはだかる大きな階段を一段落上り、そこを左へ抜けますとレストランの入り口が見えてきました。取っ手に手をかけ、引き入りますと一人のウェイターが席まで案内してくださいました。席に着きますと、そこにはもう彼女がおりました。
「お早いですね。まだ時刻まで5時間ほどありますが」
そう言いますと彼女は顔を上げ、微笑みながら返してくれました。
「兄が、貴方は『どうせ早く来るからもう行け』、 と追い出されてしまいまして」
これは恥ずかしい。彼は、私が思っている以上に私のことを知っているようです。
「ですが良かったです。貴方を待たせずにすんで」
何と気の良い女性なのでしょう。こんな女性と結婚できるかもだなんて、これは誠なのでしょうか。誠で良いのでしょうか。
「あはは、とても優しい方ですね。気が楽になりました、ありがとうございます。えぇ、何時頃からお待ちで?」
彼女は顎に手をやり、思い出しておりました。
「そんなに前からですか」
尋ねますと、彼女はクスクスと笑いました。
「冗談です。私もつい先程来たばかりです」
「そ、そうですか。ホッとしました」
「そろそろ、料理を運んでもらいましょうか」
そう言いますと彼女は慣れた手つきでウェイターに指示を出しました。
「慣れてますね。此処へはよく来られるんですか」
彼女は照れながら答えました。
「ええ、兄や家族とよく来ます」
「そうですか。通りで」
なんともぎこちない会話です。こういう時に粋なことを言えれば良いのですが、どうも当意即妙とはいきません性格です故、会話が続きやしません。そんな中、私なりに話題を捻り出そうと奮闘しておりましたが、先に口を開いたのは彼女の方からでした。
「こんな事いきなり聞いて、端ない女だと思われるかもしれませんが、大事なことです故、真剣に聞いていただきたいのです」
とても真剣な眼差しで見つめられますので、背筋が伸びます。
「子供は、何人程、作るご予定ですか」
「へ?」
真剣な顔がだんだんと紅色へと変わっていき、俯いていきます。
「こ、子供ですか?」
「はい。大事なことです故」
確かに大事なことです。ですが会って数分で聞かれるとは思ってもおりませんでした故、面食らってしまいました。
「そ、そうですね。5人程は欲しいと思っております」
言い終わりますと私もつい、下を向いてしまいました。如何せん、こんな真面目に欲する子供の数など言った事がありませんので。
「ご、5人、ですか。それはまた、多いですね」
彼女顔は更に血色を増しました。
「そ、そうでしょうか」
「そうですよ。沢山です。5人は沢山です」
ニヒルに笑いながら頭を掻きますと丁度料理が運ばれてきました。
「届きましたね」
私は申します。
「ええ、届きましたね」
彼女が申します。
ぎこちない空気が漂います。その空気の中に美味しそうな、駅前で嗅いだフライの匂いがフワッと香り、腹の虫が鳴きわめきます。
「お腹、空きましたか」
「はい、空きました」
彼女は何とも優雅に笑います。
「食べましょうか」
「はい。食べましょう」
まるで私は子供のようだな、と自嘲しながらフライへとホークとナイフを立てます。
ホークを刺しナイフを引きますと、中から赤白い海老が姿を表しました。私は心を躍らせながらホークを口へと運びます。何と美味いのでしょう。中から油が噴き出て旨味が広がります。海老の磯の香りと新鮮な油の香りが混ざり合い、幸せが脳を突き抜ける。私は今日死ぬのかもしれません。
彼女がまたも優雅に笑います。
「美味しそうにお食べになりますね」
顔の火照りがまたも昇ってきます。
「す、すみません」
言下、彼女が申します。
「何故謝るのです。素敵な事じゃありませんか」
彼女といますと面食らってばかりです。何も侮っていた訳ではございませんが、ここまで出来た女性とは想像に及びませんでした。
「ありがとうございます」
「はい。どういたしまして」
それからのフライの味は覚えておりません。もう彼女の事で脳はいっぱいっぱいでした。
「本日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。凄く美味いものを食わせてもらって」
一礼し伝えますと、彼女は何やら落ち着かない様子です。
「で、ではもう遅いですから、お気を付けて」
まだ15時だといいますのに、彼女は何を言っておられるのでしょうか。もう遅いだなんて。何はあれ、私は彼女にまだ伝えなければならない事があるのです。ですから私は、今まで出した事のない声量で彼女を呼び止めました。
「あの!」
彼女の後ろ姿がピタッと止まりました。
「私、貴女が好きなのです。貴女を、お慕い申し上げておるのです。ですから、どうか、」
彼女が振り返ります。
「私と、家庭を築いてはくださいませんか」
彼女は雫をツーッと流し、ニカッと笑い申しました。
「5人、ですね!」




