親友
彼。いえ、義兄と呼びましょうか。義兄との電話を終えた私は、彼女へ、会って伝えたい事がある旨を、メールで送りました。メールが返ってくるのに、時間はそうかかりませんでした。
『でしたら明日、午後15時に我が家までお越しください。
by.未来の伴侶』
彼女のメールを見て、私は思わず吹き出してしまいました。義兄が自分の妹なのだから大丈夫だと言っていた、その説得力が、より増しました。
お守りを固く握り「信じることが肝心」と呟きます。すると心の底で堰き止められていた不安が流れ出ていくのを感じ、お守りに尊敬の念を抱かずにはいられませんでした。
「明日は、良い日になりそうだ」
翌日、目を覚まし時計を確認すると、針は午前8時45分を指し示していました。
「まだ時間があるな」
頭を掻きながら臺所へ行き、飯の用意を済ませ、卓袱台へと運びます。ご飯を左に置き、味噌汁はその右隣に。主菜である焼き鮭をその奥へ配置。実に充実した朝食です。その配置をしていて思い出したのは、この間見ていたテレビ番組でした。味噌汁を左に配置し、ご飯を右に配置する若者が増えているとの番組です。これは由々しき事態だと私は思ったのです。左手が利き手ならまだわかります。ですが特段、そういった訳でもないのに、そういった行為に及んでしまう。これは日本人として恥だ、と思ったのです。やはりルールとしてあるのだから、それに従うべきだと思うのです。ルールとして今現在存在しているので、それに反した事をされると気がざわめき立つのです。まだ考えがあるのならば、私は何を言う訳でもありません。最初そのテレビ番組を見ていた時も何か理由があるのだろう。と興味津々で見ていました。ですがそれに答えた若者は口々に「なんとなく」「食べられれば良くないですか」と言うのです。その時私は軽く叫んでしまいました。「良くない!」と。私はその言葉に、考えを放棄した言葉に、更に苛立ちを覚えました。人間、考えを放棄してしまえばそれはもう人間ではありません。
「この配置が美しいと、思うのだがな」
そう呟き、私は箸を口へと運びました。
あとこの鮭の皮を食べれば食事が終わってしまう、という所で、友人から電話が入りました。
「もしもし、何だい? こんな時間に」
友人は溜息にも似た声を漏らし、続けました。
『こんな時間って、朝の9時半だろ。電話するには妥当な時刻だ』
あ~と声を発し終わる前に、友人は述べます。
『また手伝ってくれないか。金は出す』
鮭を口に含みます。
「フィギュアの塗装かい?」
友人は恐らく作業をしているのでしょう。なんとも淡白に『あぁ』と返しました。
「まぁ、14時までなら構わないよ。今からで、良いんだろ?」
『あぁ、頼む。鍵はいつもの場所だ』
「承知」
電話を切り、食器を洗い、家を出ました。
鍵を開け中へ入ると、珍しく彼が一言「良く来たな」と、歓迎の言葉を口にしました。私はそれについ、「君、気でも違うのではないか」などと返してしまいました。これは実に不味いことでした。せっかく、彼が気を利かせたというのに、この物言いはあまりに酷い。これは私の今後の人生を見ても、一生のしくじりでしょう。友人はその後黙りこくったまま、塗装部屋を指さしました。
「ご、ごめんよ」
私はそう言い、部屋で塗装を開始しました。
気が抜け、時計を確認すると時刻は12時でした。
「おい、何か食わないか」
投げかけると、友人も時計を確認します。
「そうだな、何か食うか。何が食いたい」
「そうだな」
首を捻り考えます。
「お、あれはどうだ。最近出前を始めていた…何だったかな」
友人も首を捻り考えます。
「あ、あれか。ラーメンだろ、それ」
私はハッと口を広げ「それだ」と大きく声を発しました。その気付きだけで、腹が膨れた気にすらなります。
「じゃあ、それを頼むのかい?」
「ああ、頼む」
「俺が頼むのか」
「頼むよ、わが友」
友人は嫌々席を立ち、固定電話へと体を運びました。
頼んでから15分程でラーメンは届きました。そのラーメンはラップが掛けられており、メンマとナルト、申し訳程度の叉焼を乗せられた、極普通の質素な出前のラーメンです。味付けは醤油。
「美味そうだな」
「そうか?」
友人は何だか不満げに見えます。一体どれだけ豪勢なラーメンを想像していたのか、甚だ疑問です。
「いただきます」
スープに箸を漬け、麺を持ち上げ口に運び、舌に乗ったのを確認して、勢い良く啜り上げると、唇が喜ぶのを感じて、あっさりとしたスープを麺がなくならない内に含み、麺と同時に飲み込むと麺の香りとスープの香りが混ざり合い、とても心地の良い温かさが胃に広がっていきます。
「美味いな」
「そうか?」
友人のそんな言葉に振り返ってみると、友人は言葉とは裏腹に、とても満足そうな顔をしております。何の強がりなのでしょうか。まったく、憎めないやつです。
「そうだよ」
ニマつきながら言い返すと、友人もこちらを向きました。
「何を笑っている」
「別に。何でもないさ」
ラーメンを食べ終わり、作業を少し進めると、あっという間に定刻になりました。
「それじゃあ私は行くよ」
「おう。金は来週あたりに取りに来てくれ」
「承知」
「ありがとうな」
「…おお」
去ろうとした足を止め、友人に振り向きます。
「私、変な趣味が在るんだ」
「そうか」
彼は何ら興味なさげに答えます。
「おい、少しは興味を持てよ」
「あ? 誰にだって変な趣味の一つや二つあるだろう。そんなくだらん話はまた聞いてやるから、とっとと行け。時間、ないんだろ」
やはり、この友人は憎めないやつです。
「そうだな。また聞いてくれ」
「おう、またな」
「…これはまた、別の話だが」
「何だよしつこいな」
友人は机に彫刻刀を軽く叩きつけ、こちらを向きました。
「私、結婚するんだ。今日は、それの前準備っ、てところだ」
友人は口をあんぐりとさせています。
「それは、それは早く言わんと駄目だろ」
友人の反応に微笑が漏れました。
「じゃ、行ってくるよ」
ニカッと笑顔を見せ、背を向け歩き出します。すると、友人が一言。「幸せにな」と申しました。
私は口を締め、家を出ました。




