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羊羹と老婆

 中へ入ると、直ぐに脱衣所まで案内されました。脱衣所入り口左手には洗面台、右手には脱いだ衣類を入れる籠、目の前には風呂場へと続く扉といった具合で、狭く湿気の籠もった場所です。

「タオルここに置いとくから、ちゃっちゃっと入りゃんせ」

 そう言うと、厚手のバスタオルを籠へ入れ、老婆は去っていきました。

 私はこの体に嫌に引っ付く物を一刻も早く取り外したく、老婆が出たそばから引っ張り剥がし、用意してくださった籠へと投げ入れました。勢いが余り、籠が左右に揺れているのを横目に、風呂場への扉を開けました。扉を開けると、溜まっていた湯気が一気に外へと押し出され、熱いものが身体を通っていきます。風呂場は青いタイルに覆われた一般的なもので、入って直ぐに目につくのは少し黒ずんだシャワーホースです。

「実家を思い出す」

 想いも程々に、熱い湯に浸かり、出て体を拭き終わる頃に、老婆の声がしました。

「お兄さん。上がったんなら、とっととこちらにおいでやんせ」

 私は返答し、老婆の元へと向かいました。

 老婆は焙じ茶と羊羹を出してくださいました。

「すみませんな、羊羹までいただいて」

 老婆はニカッと笑ってみせました。

「言ったやろ。若もんが遠慮せんでええて。ちゃっちゃか食いやんせ」

 老婆は茶を啜り、一息吐きました。その息は湯気となり、光を集めました。

「では、遠慮なく」

 羊羹の皿に添えられた菓子楊枝を、暖色の光に照らされ黒光りする羊羹へと差し入れ、二つ、四つときり分けた後、口へと運びます。

「美味しいです。小豆の味が顕著に感じられる。これは嘸かしお高いのでしょうな」

 老婆は高らかに笑いました。

「そんな大した物じゃないさ〜。それは私が作った物やんね」

 私は目を見張りました。この味はとても素人には出せそうのない、そんな上品さとコクがあるのです。

「まぁ、そう言ってもらえて悪い気はせんね」

 老婆は再び茶を啜り、続けました。

「あんた、何しよったん。随分と浮かれとった様やったけど」

 菓子楊枝を皿へ置き、茶を啜りますと、体の芯から温まる感覚が眠気を誘い、欠伸が漏れ出ておりました。

「…実はですね。私には変わった趣味が…あるのです。それはもう尋常ではない程に興味惹かれる物が」

 老婆は黙ってこちらを見つめております。私はもう一口、茶を啜りました。

「聞いてくださいますか。私の…男の興味を」

 老婆は固唾を呑む、なんてこともせず、ただただ私の瞳をじーっと見つめるばかりでした。寧ろ私の方が息詰まりそうになり、目を逸らし戻しつつ、僭越ながら語り始めました。

「昔、好きな人がおりましてね。それで告白をしたのですが、残念ながらその想い人には既に番がいましてね、断られたんです。ですが何か彼女を思える物が欲しくてですね。妹を口実に、制服を頂いたんです。それが、私の趣味の始まりです。私の趣味、()()()()なんです。人形の着せ替え遊び」

 恐る恐る老婆の顔へと視線をやります。ですが老婆は依然として、落ち着き払った態度を取っておりました。私は少々の困惑と、少々の安心を胸に、話を続けます。

「それから私の興味は、彼女から女性物の服へと移り、妹の服を拝借したりだとか、近所のお姉さまから頂いたりなどし、それは多く人形へと着せました。それの着せた物を眺めておりますとね、心が和むんです。それはもう、母の腕の中に抱かれているかのように」

 動悸が早まり息苦しくなってきまして、茶を一啜り。すると上手く飲み込めず、咽、更に動悸が早まりました。

「ですが、私はその趣味が嫌だった。ですから何度も止めようとしたのですが、結局止められず仕舞い。ですから半ば諦めていました。そんな私にも、見合いの話が来まして、上手くいったんです。上手くいったのですがね、帰宅し、疲れからか、気を失ってしまい、目を覚ますと、目の前に想い人の制服を着飾られた人形が立っていたんです。私はもう、自分が怖くなりまして、家を飛び出したんです。それでですね、飛び出た先で決心を固めることが出来まして、帰り、袋にまとめて捨てることが出来たんです。全てですよ! 全て! 我ながら良くやったと思います」

 興奮しながら話す私を、てんで変わらず見つめる老婆に少々苛立ちを覚えながら、私は事の終わりを語ります。

「その帰りに雨が降り出しまして、困っていると猫が前を過ぎましたので、追いかけて行った結果、ここに辿り着いたのです」

 老婆は手に持った湯呑を机へと置くと、こちらへと体を乗り出してきまして私の頭を撫でました。

「よく、頑張ったね」

 頭を左右に撫でられる度に瞳から熱い物が溢れ出してきまして、困惑していると老婆が更に言葉を紡ぎます。

「あんたはもう十分、苦しんだ」

 慰めになんの意味もないのは分かっております。これは私の自己満足であると。ですが、少しばかりの間、救われても良いではありませんか。

 温かい和室には男の情けない声がこだまし、外では猫と雨が鳴いていた。


 

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