巫女と甘酒と鼈甲飴と酒饅頭
「それでは、お邪魔しました」
あれから数時間、私は無様にも泣き続けました。20と少しの男が情けないのですが、お陰で心は雷雨から晴天へと変わり、今ならば自分を全肯定できるような気でいます。
「またおいで。羊羹、出したるからね」
老婆は菩薩の様な顔で手を振ってくださりました。私も軽く手を振り返し、老婆宅を後にしました。
「静かだな」
来た時とは逆で、木の塀から混凝土の塀へと変わっていく。この混凝土が私の温かな心を無慈悲にも冷やしていきます。
「たしか、此処を右、だったな」
老婆に家の場所を言うと、道を丁寧に教えてくださいまして、私はそれを思い出しながら進んでおりました。すると神社が見えてまいりまして、そこから何やら良い香りが漂ってきました。
「甘酒か? それと、鼈甲飴と饅頭」
匂いに体を預け、境内へと入りますと一人の小柄な二つ結びをした巫女がこちらに気づき、近寄って参りました。
「いらっしゃい! 本日はどういったご用件で?」
「いや、特に之といって用はない。ただとても良い匂いがしたので」
巫女は露骨に残念といった顔をし「そうですか」と一言呟きました。その顔がどうも居た堪れない気にさせるものですから、私はつい「じゃあ、お守りを一ついただこうかな」などと言ってしまいました。すると巫女は満面の笑みで「それでしたら! あちらまでお越しください! とっておきのご利益の籠ったお守りをご用意させていただきます!」と言って本殿の右手前に建つ建物を指差しました。
「ああ、分かった。それじゃあ行こうかな」
「はい! ご一緒に!」
巫女は手を差し出しました。その行動にこの巫女は幾つなのだろうかと不思議に思いながらも手を取ると、巫女に建物へと引っ張られ連行されました。
建物の裏へと回り内側に入った巫女には貫禄を感じました。この巫女の作ったお守りならご利益がある、といった説得力と言い換えても良いかもしれません。
「本日はどの様なお守りをお作りいたしましょうか」
「そうだな…」
無難な物ですと健康祈願だとかでしょうか。ですがどうも神とやらに己の健康を握られていると思うと、腹の底が熱くなるのです。ほかの祈願も同じ理由で唆られません。つまり、私にはお守りは向いていないのです。
「物に感情を委ねるというのも、悪くないですよ。そんなに臆病にならないでください」
その見た目からは出てこなそうな言葉に肝を掴まれた気がしました。巫女の瞳は全てを見透かしているようでした。
「感情かい」
「ええ。感情です」
感情、それはやはり不安感でしょうか。そうですね、神に委ねるのではなくお守りという物そのものに不安感を委ね、肩代わりしていただくとしましょうか。
「お守りは、どんな祈願でも構わないかな?」
「ええ、構いません」
「それでは、不安払拭祈願を頼むよ」
巫女は一礼し「畏まりました。作成に少々お時間をいただきますので、本殿にて菓子をお召し上がりになってお待ちください」と申しました。
本殿内部で提供されたのはやはり甘酒と鼈甲飴、酒饅頭でした。甘酒は出来立てらしく、湯気を立てています。
「いただきます」
甘酒を一口飲むと口中に米の良い香りが広がり、幸福感が体を包みます。
「美味い」
次に酒饅頭一口。
「これまた美味い」
酒の香りがほんのり香り、その後で小豆の甘味が頭まで吹き抜けてきます。それでもってこの小豆のまったりとした食感。私の手は止まることなく、饅頭を口へと運び込んでいました。
「美味かった」
甘酒と酒饅頭を平らげるにかかった時間、実に5分。あまりに短い幸福でした。
「さて、最後」
人差し指の第一関節分の大きさの鼈甲飴を一思いに口へ抛り、コロコロ、ポリポリと音を立てて味わいます。
「うむ、鼈甲飴だな」
これといって変わりのない、鼈甲飴でした。それを暫く舐めていると、頭がぼーっとしてきまして、巫女に話掛けられてもなかなか気付けませんでした。
「旦那様。旦那様! お守りができましたよ」
私は体をビクつかせるでもなく、ただただぼーっと「お? はいはい。どうも」とお守りを受け取りに、販売所とでも言いましょうか。そこへと向かいました。
「では、効力の説明をさせて頂きます」
巫女は丁寧に、袖からお守りを取り出しました。
「こちら不安払拭祈願肩のお守りです。名の通り、不安を肩代わりし、不安を無きものとしてくれます」
巫女は私の手を取り、ひらへとお守りを乗せました。
「ですが、お守りは思い込みです。ですので、心の底から信じなければ効力は現れません。ですので、信じてください。お守りを。そして、自分を」
巫女は私の指を折り込み、お守りを包みました。
「旦那様に良い結末が訪れますよう、心からお祈り申し上げております」
深々と頭を下げる巫女に、より心を軽くされた気がします。彼女こそが、不安払拭のお守りかも、だなんて思ってしまいました。
「ありがとう。それでは、失礼するよ」
巫女は、私が鳥居をくぐった後も、頭を下げておりました。




