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僕だけが、ハーフなエルフの件について  作者: 澤梛セビン
イブキがいない世界

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96.キャスリング

 夜に沈む海は、穏やかだった。

 いつも通り起動した魔法が、視界を綺麗に映し出す。


 そこにあってなお、方舟は昏かった。


「イブキ様、こっちです」

「そっちは海面に近い場所だけど、もしかして穴でも開けるの?」

「いいえ。似てはいますが、ここ。バックドアです」

「ふふふ。相変わらずブロンデ、用意周到ね」


 防護ロボコンで海面すれすれまで下りて、ブロンデが指し示した先は、壁だった。そっと、ブロンデが触れると、切れ目が走ってゆっくりとハッチが開いていく。

 待って、通れないよ。防護ロボコン。


 魔法で厚い、氷の床を海面に生成させて防護ロボコンから降機した。そして、防護服も脱ぐ。それらを虹色宝箱に収納した。


「防護ロボコンを、もっと小型化させますか?」

「これはロマン兵装だからね、このままじゃないと駄目なんだ」

「了解しました」

「イブキらしいわ。行きましょ」


 ブロンデに続いてミモザ、僕の順で通路に入ると、そこは綺麗な廊下が延びていた。後付けとは思えないクォリティに、思わず苦笑いが漏れた。

 そうして歩いた廊下の先、扉を開けたらそこは、見覚えのある通路だった。


「方舟のメイン……エンジンルーム、か」


 思わずミモザの顔を見たら、苦笑いを浮かべていた。


「あの時はね、ああするしかなかったわ。時間がなくて、自分がダンジョンコアだった。だから、みんなを守るために方舟のエンジンに飛び込んだのよ」

「もうやめてよね。喪失感、酷かったんだから」

「ごめんなさい。二度としないって、誓うわ」


 そんな会話をする僕らの横を抜けて、ブロンデがメインエンジンルームの認証パネルに手を触れる。音もなく開いた扉に、二人して噴き出した。


「待ってそこ、カードキーとかいると思うんだけど」

「私が、カードですよ」

「んな訳あるか」


 そんないつもの掛け合いをしながら向かった先、僕とミモザに防護膜の魔法がかかった。これって――


「大型の原子力エンジンですね。この放射線、身体が元気になります」

「ああ、ブロンデ元々そういう生態だもんな」

「それで、あちらにいる二機の機人さんは、どなたかしら?」

「あれですか。私の妹と妹ですよ」


 ブロンデそっくりな、金髪機人の二機組。双子設定なのかな、ブロンデの半分くらいの身長で、顔つきも幼い。よく見ると髪色が違っていて、片方は銀色の髪で、もう片方が銅色の髪だ。

 まあ、全身金属ボディの裸運用は同じなんだけど。


 名前、あるのかな?

 ブロンデの妹だし、シルバとカルパとかかな?


「初めまして、ブロンデが妹のシルバです」

「同じく、カルパです」

「んな訳あるんかい!?」


 僕の突っ込みに、二機ともにクスクスと笑い出す。かと思えば、僕らの前まで来て。正確には、ブロンデの前に来て同時に跪いた。


「機人主様、報告があります」

「許可します」

「現在観察中の船の、原子力エンジンが限界に来ています。状況ですが、直上の海洋層が深刻な放射線汚染を受けています」

「また、その上。工業層にまで、放射線が漏れ始めています。現地民は、極めて放射線に対して脆弱な模様。早急な対応が必要に思われます」

「しかしながら、対応を検討していたところ、機人主様の出現を観測しました。よって、現在は全ての処置予定を凍結しています」

「大義でしたね」

「感謝します」

「有り難きお言葉」


 なんだこれ、ブロンデが三機に増えたような悪寒。

 隣のミモザなんて、普通に笑っているし。


「イブキ様。この2機は私たちの未来です」

「うん……うん? なんか違うの?」

「この過去に見える世界線は、未来の世界線。地球の本来辿るべく未来そのもの。観測も記録も全て初めてなのです。ここに私たちがいるのは、完全に『偶然』であり、そして『必然』です」

「えっと、三行で」

「ふふふ、だから私は機人なのに。あなたが好きなのですよ」

「イブキだもの、わかるわ。その気持ち」


 分からないのは、僕だけなのかもしんない。まあ少なくとも、愛情みたいな感情は、ブロンデから感じていた。

 でもそうか、魂はなくても想いはある。だって僕もブロンデのこと普通に好きだし。


「三行ですね。娘じゃない。独立している。共有はできる。です」

「つまり僕の役割は……」

「簡単じゃない。イブキは、いつも通りに見えているものの、想いを拾うだけよ。見て、このエンジン。もう限界よ」


 双子に気をとられていたから、気づかなかったけれど。


 広大なエンジンルームの中央には、水槽が一つ。中に見えているのが、恐らく燃料棒。

 沸騰した水が水蒸気になって、その周りにあるタービンを回し続けている。当然熱が発生するから、それを冷却するために直上にある階層の、海の水を使っていると。


 無理だよな。


 仕組みが、水力発電と何も変わっていない。

 それに限界以上に使っているから、灼熱した燃料棒が限界に近いし、何なら水蒸気爆発の危険性だって――


「僕は、別に主人公じゃない。でもこれは、このままじゃみんなが不幸になる。そんな未来だけは、絶対に認めない」


 そっと、収納からノートパソコンを取り出した。

 何であの時、重なった世界からこれを持ってきたのか。たぶんこれが、答えなのかな。


 片手にノートパソコンを持ったまま、そっと、過熱するエンジンに触れた。




 思い出して、君は。方舟の本来の姿はこんなのじゃない。


 時間の流れが、酷く緩慢になる。

 世界が二重になって、脳にかかった負荷に目眩が酷くなった。


 頼むよ、僕。ここが、正念場だ。


 方舟だったら知っている。それにここの、このエンジンルームだけははっきりと思い浮かべることができる。だって僕が、ミモザを喪い、そして再び取り戻した場所。

 だから、思い出して――


 脳裏に流れてくるのは、方舟のかつての想い。

 人類が、歓喜した。海底火山が爆発して終末になった世界において、唯一の希望。

 その想いは『宇宙へ』。

 でも今、その想いは断たれている。


 ブレていた世界が、重なる。


『俺は。この姿は、俺の姿じゃない』


 方舟の想いが伝播して、ノートパソコンが輝いた。それを、そっとエンジンに落とし込んだ。


 触れた先から、灼熱した原子力エンジンが紫色に。ゆっくりと、エリクシル機関に変わっていく。

 空気が変わった。僕とミモザを守っていた防護膜の魔法が消えた。

 放射線にまみれていた空間が、綺麗な空間に切り替わった。


 そこに顕れたのは、少しだけ紫色に変色した、エリクシル機関。


 あとは仕上げ。僕の仕事だ。

 腰元の虹色宝箱から、メディアップル大樹の枝を取り出して、枝先を紫色のエリクシル機関に走らせた。


 You are the ark, and Mother Earth. The love you have for life, for which you cherish and nurture it, will remain unchanged for all eternity.


 ピリオドを打つ。

 紫色の暖かい光が、ゆっくりと方舟に浸透していった。


「イブキ、お疲れ様」

「ありがとう、しばらく……やすむ、よ――」


 みんなの、嬉しそうな顔だけ見て。


 僕の意識は、白闇に沈んでいった――


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