95.運命が二人を分かつまで
「なあ、篤輝よぉ。これやり過ぎなんじゃないか?」
「そうかな? そうかも」
「いや、そうかもじゃねえし!」
木曽の山奥。例のビルを落とした場所に、再びビルを落とした。ブロンデが。
今度は、内部が豪華絢爛な結婚式場になっているタイプのビルで、大型のシャンデリアが天井から吊り下がっている。壁には煌びやかなステンドグラス。色鮮やかなガラスが、外との薄暗い光で淡く輝いている。
そんな式場に、僕らは当然スーツ姿で待っているわけだ。
「ここで言うのは少し変なんだけどね、初めまして。百瀬幸彦だ」
「初めまして。弟の柏崎篤輝です」
白いタキシードを着た、細身の青年。別の世界線の方舟で顔を合わせているから、知っている。でも、ここでは初めてなんだよな。
あらためて見ても、やっぱり妖孤っぽい。細い目の目尻が少し下がる。
「普通に敬語は無しでいいよ。でも、ありがとう。順番は少し逆だったけれど、でも結婚式は挙げてあげたかったんだ」
「いやいいのかよ、幸彦さんよ。ある意味強制だぜ?」
「いいんですよ郷田さん。もうこの時勢です。結婚式自体が、できませんから」
「あー、俺も敬語無しで頼むよ。何だか慣れねぇ」
そんなたわいのない話も、何だか懐かしい。
何度も世界が移り変わった。ミモザだって飲まれかけたし、ずっと憶えているのは僕と、多次元的な機人のブロンデだけ。だからこそ、今を思う。
「二人とも、似合うよ。新婦二人が来るの、楽しみだね」
「ありがとよ。でも、お前は、篤輝はいいのかよ?」
「僕はね、もうみんなに祝って貰った。だからいいんだよ」
「残念ながら篤輝君。新婦側は、そうは思わなかったみたいだけどね」
そして僕は、目を見開いた。
白いウエディングドレス姿のミモザが、先頭を歩いてきた。頬が赤く染まっていて、少しだけ目が潤んでいる。
そうか。
僕らもここでは、初めてなのか。
「ミモザ」
「何時まででも待ってるわ、行ってらっしゃい」
「ごめん、気が利かなかった。あと、すぐ戻ってくる」
「ふふ、待っているわ」
僕は、控え室に駆け出した。
「あなた方は、ともに相方を妻、もしくは夫とし。健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しき時も、愛し、敬い、慈しむことを、運命が二人を分かつまで誓いますか? 誓いましたね、受理しました」
「待ってブロンデ、ちゃんと返事貰おうよ」
いつも裸運用のブロンデが、珍しく完璧な神父服……いや、女体型のブロンデだから神母服?
いずれにしても、キッチリとした立ち姿に完全に騙された。
「では、お呪いの言葉を、イブキ様に贈ります」
「せめて、お祝いにしてよ」
呆然としているのは、郷田さん。新妻の香津美さんは笑っているし、姉も幸彦さんも楽しそうに微笑んでいる。
僕の腕に両手を絡めたミモザも、声を堪えて笑っている。
ブロンデもなんだか嬉しそうで、心が温かくなる。
「みんな、ありがとう」
「それはこっちの台詞だよ、弟よ」
「そうだよ、篤輝君。僕も桃華も、本当に感謝している」
「水くせえじゃねえか。ありがとな」
「ありがとうね。私も、広志と一緒にいられる」
「イブキ様ですからね。当然です」
目頭が熱くなる。
「ね、イブキ」
「うん。どうしたのミモザ?」
「義父さんと義母さん、絶対に救うわよ」
「もちろん。当然だけど家族を取り返す。そして魅せてあげるんだ、こんなに幸せなんだって」
そうして、夜は更けていく。
二次会はないけれど、みんなで飲んで食べて、大声で笑った。そして、みんなでうれし涙も流した。
やがて、みんながそれぞれの部屋に戻ったタイミングで、僕は建物の外にいた。
「イブキ様。警備の機人、及びにお世話係の機人を、計100機配備しました」
「ありがとう。いつも助かるよ」
「当然です。あなたのブロンデですから」
防護服を着て、防護ロボコンに乗り込んだ。
隣の防護ロボコンから、通信が入る。
『イブキ、いいの? 桃華義姉さん、連れて行くって言っていなかった?』
「安全な場所で待つって、言っていたよ。だから、置いていく。もちろん全て終わったら迎えに来るけど」
『行く気になっていたわよ? 郷田さんだって、怒られちゃうわよ?』
「いいよ。後でちゃんと、怒られに行くから」
音を立てないように、反重力機関で浮き上がった防護ロボコンが、式場ビルからゆっくりと離れていく。
『でも、あれってわざとなのよね?』
「何が?」
『桃華義姉さんと郷田さんの相方を呼んで、結婚式をしたのって。守るべき相手がいる、それを――』
そっと、通信を切る。
コツンと、頭部にミモザの拳が当たった。
そのまま式場ビルが遠く。やがて、光の粒になっていった。
「それを、しっかりと伝えたかった。そういうことね」
「それじゃ通信切った意味ないよ」
「さすがミモザ様、イブキ様と違ってちゃんと空気が読めますね」
「ははは、もう台無しだよ」
闇より、なお暗い夜。
火山灰が上空を覆っているせいで、星の光すら届かない漆黒を、僕らは方舟に向けて飛ぶ。
隣にはいつものミモザと、ブロンデ。
これが、最強の布陣だから。
だから、父と母は。
「前方2キロの海上に、方舟が停泊しています」
「予定より進んでいないわね」
「技術力がほんと低いままなんだと思う。恐らく、あの巨大な施設を動かしているのって、昔からある普通の船のまま。スクリュー駆動なんじゃないかな」
暗闇に揺れる方舟は、真っ暗だった。
元の、最初にいた世界線では、夜でも煌々と明かりが灯っていて、上部ドームから光が溢れていた。そんなイメージ映像を、ミモザが携帯電話で見ていた方舟のホームページで見た覚えがある。
それこそ、スニークミッションに来たのに、向こうがスニークだったまである。
「どうするの?」
「いやどうするって……困ったな」
ディストピアだって言っていたから、もっとギラギラしたものを想定していた。でも、目の前にあるのは人類の限界。それも、もしかしたら絶望に突き進むだけの、棺という意味の方舟。
じゃあ父と母は、いったいどんな状況なんだろう。
「父と母を取り返したら、ここはどうなるの?」
「予測ですが、どうにもならないかと。向かう先は恐らく、アイスランド辺りではないでしょうか」
「そこには、何があるの?」
「海底火山がありますから、そこにあえて座礁させるのではと推測します」
「つまりあれね、熱源を船底から確保するのね。それだと噴火した時に危険が危ないわ」
「……それ、僕の真似?」
だとすると、何だろう。本当に救われないのか?
後味、悪すぎるんだけど。
「ちなみにですね、イブキ様。この世界線の歴史は、私の記録に何もありません」
「……待って、どういうこと?」
「ふふふ、ここが正史ってことじゃないかしら」
ゾワッとした。
いや何その爆弾発言。全く想定外なんだけど。
「だったらね、イブキ。いいんじゃないかしら、いつものあなたで」
「いつもの……僕。まるでそれって、ただの馬鹿って言われてるみたいなんだけど」
「今頃、気づきましたか。イブキ様がお馬鹿でなかったら、わたしはここにいませんよ?」
「くっ、言い返せない僕がいる」
だったら、まあ。
「行くか」
「ええ」
「お供します」
いつもの僕らは、いつもの僕ららしくなく。
ゆっくりと、静かに――




