93.ハーフイブキ
息を大きく吸い込んだタイミングで、意識が急浮上した。
「ここ……は?」
「医務室。松本シェルター、自衛隊の駐屯地内にある、医務室よ。よかった、イブキ――」
僕の胸に覆い被さって、大声で泣き出すミモザの頭をそっと撫でた。少し離れた場所には僕の防護服を抱えたままのブロンデが、すごく安らいだ顔で僕を見ている。
確かにここは、医務室か。
独特の消毒の香りが、鼻をくすぐる。蛍光灯の明かりが目に染みる。でも何だか『生きている』を実感した。
ドクンッと、左目に衝撃が走ってミモザを撫でていた手が止まった。
「イブキどうしたの――」
絶句したミモザ。
熱いものが目から伝って、無意識のうちに手で拭った。
虹色が、指に付いた。
「なに、これ? 普通、血とかじゃないの……?」
「あのね、イブキ。落ち着いて聞いて欲しいの。確かに虹色の涙っておかしいけれど、もっとこう。変わったって言うか」
くしゃりと表情を歪めたミモザの、言葉の歯切れが悪い。じっと見つめていると、目を反らされた。何だろう?
「ミモザ様、イブキ様に鏡を渡しますか?」
「ああ。そうね、その方がいいわね」
「なんだなんだ?」
そうして手渡された鏡には、僕が映っていた。
「ぷっ……何よそれ、今その感想?」
「さすがイブキ様ですね。何だか、安心しました。そして、ほんとに……」
「何さブロンデ。言いよどむなんて珍しい」
「いえ。本当に、失われなくて、安心しました」
鏡に映ったのは、確かに僕だった。
でもね、オッドアイは格好良すぎだろう。
さっき痛んだ左目は、イブキの青白い瞳だ。対して右目は、篤輝の漆黒の瞳。
そして髪が、白と黒のメッシュだった。まるでイブキと篤輝が混じって、いい意味で化学反応を起こしたような。
やばい、やっぱり格好いいぞ。
「どうしよう、イブキと篤輝の名前も半分にしないとなのかな? イブ輝? それとも篤キ?」
「あのね、イブキ。両方とも同じにしか聞こえないわよ?」
「イブキ様のメタ発言ですから、突っ込んでは駄目ですよ」
笑った。
二人と一機で、大声で笑った。
病院じゃないから特に制限とかなくて、気づいた僕はお礼を言ってから、自衛隊の駐屯地をあとにした。
姉がいるという病院は、シェルターの端の方にあって、UFO墜落事故に巻き込まれずに無事だったらしい。
ただ、気密性の関係から、一部の部屋しか使えないって、ミモザが説明してくれたっけ。
一晩。僕が眠っていた間に、かなり片付けが進んでいて、同時に三日月型の穴埋めまで終わっていた。面白いことに、人間と蛸星人が仲良く作業している。
その中心に、見覚えがある防護服姿を見つけて近づくと、僕らに気づいて手を振ってきた。
「おう、篤輝。いよいよ人間辞めることにしたのか?」
「そうなんだよね。もう人間じゃないと思うよ」
「ふはははは、お前らしいな。でも今なら分かる気がするわ、人間辞めた方が絶対に楽しいぞ。残念ながら俺のは、借り物だがな。でも宇宙人がいてさ、そこに未知の技術があった。すげーよ世界」
「確かにね、みんな適応早すぎ」
上を指し示す郷田さんに、つられて見上げると、ドームがあった。それも、何だか格子状に光が走る格好いいやつ。なにあれ、バリアー装置?
気づいたら後ろにいたはずのブロンデが、そのドーム天井まで飛んで行ってて、首を傾げつつ触っているようだ。自由だな、おい。
「もしかして、蛸星人さん?」
「オクトパ族だとよ。あの物理バリア装置は、彼らからの提供だ。どうやら、巨大な蛸と烏賊と海月に故郷を追われたらしくてな、この星の軌道衛星上で撃ち落とされたらしい」
嫌な予感がする。
再び上を見上げるとまだブロンデがいて、僕の視線に気づいて手を振ってきた。手を振り返しつつ首を傾げると、はっきりと頷いてきた。なるほど、撃ち落としたのか。
「地下は?」
「救助と、再構築が同時に進んでいる。この、篤輝のくれた防護服が参考になったらしくてな、オクトパ族の技術者が似たような機構で製作してくれた。今は協力して、地下の修復中だ」
「一晩でそこまでできるのか、すごいな人類」
「俺が着ているのが、一つ飛び出た性能だがな。いや、まて。これ貰っていいんだよな?」
「もちろん。何なら、郷田さん専用にしておくよ」
さて、取り出したるは世界樹の枝。違うな、メディアップル大樹の枝らしい。
胸のエリクシル収納カバーを開いて、そこに記述した。
This protective suit is exclusively for Hiroshi Goda. If anyone else wears it, it's just a regular protective suit, so please be considerate.
郷田さん専用に。
そして、エリクシル電池が輝いた。これで、よしと。
「何したんだ?」
「郷田さんだけしか、使えないようにしただけだよ」
「ほう、何だか知らんが、ありがとうよ」
そうして僕らは、再び病院に足を向けた。
「やあ弟よ。助けてくれたんだってね。ありがとう」
集中治療室。
その扉をゆっくり開けると、ベッドで起き上がって座っている姉がいた。思った以上に元気そうで安心する。あんしん、したんだけど。
「……待って姉さん、何か。質問とかないの?」
「では、その姿は何だね。私よりも素敵な外見になるなんて、ちょっと嫉妬しちゃうな」
「いやそうじゃなくて」
「なら、その横にいる紫髪の美人さんは、奥さんかな? 後ろにいる格好いい金髪美人さんも、奥さんかな?」
そこで気づく。
姉が、変わっている。
顔に目を跨いで縦に金属の肌が走っている。目が金色の機械眼で、微かに光を発していた。
病衣から見える腕も、外側が金属。それがそのまま手の甲まで伸びている。まるで、サイボーグにでもなったような容姿。恐らく骨も、金属なんじゃないかな。
「……この世界では、初めましてね。イブキの……篤輝の妻のミモザよ」
「初めまして、桃華様。イブキ様一の、相棒。ブロンデです」
「今は弟はイブキで呼ばれているんだね、初めまして。そして、これからもイブキ、篤輝をよろしく頼むよ」
声が出ないとは、このことか。視界が滲んで、前が見えなくなった。
ゆっくりと、姉が座るベッドまで歩いて、そのベッド脇で膝を突いた。はずなのに、脇をブロンデに持ち上げられて、ミモザが差し込んだパイプ椅子に座らされた。
はい。ちゃんと座れました。
なにこれ、僕の心の風情を返して。
涙も消えて無くなったよ。
「ははは、いいじゃないか。息ぴったりで羨ましいよ」
「わ、笑わないでよ。正直締まりが悪いんだから」
じっと、僕の顔を見つめてくる姉が、笑っている。
そういえばずっと、僕を探していたって言っていたっけ。でもこんな、いろんな世界を渡り歩いて、何だか別人になったぼくで、いいのかな?
「良いとか悪いとかじゃない。弟は、イブキで篤輝な私の弟は、誇りなんだ」
「……埃?」
「くくっ、ここでそれをやるか。いつもの仕返しか、くふふっ。でも――」
そっと頭に乗せられた姉の手が、すごく優しくて、そして震えていた。
「お帰り、篤輝。大きくなったな」
「ただいま。桃華姉さんこそ、格好良くなったよ」
「私はね、いつでも格好いいよ」
姉の機械眼から、ひとすじ。涙がこぼれ落ちた。




