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僕だけが、ハーフなエルフの件について  作者: 澤梛セビン
イブキがいない世界

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92/99

92.蛸星人

 追いかける足が震えている。


 近づきながらあらためて見ると、このシェルターは大きい。

 昔、公式の資料で読んだサイズだと、東京ドームの倍サイズだとか。もっとも、地下都市がメインだから、地上部分は行政や一時保管の倉庫なんかで、面白みはなかったような記憶がある。

 自衛隊の駐屯地なんかもあって、実際に民間人が用があったのって中央通路と、その先の地下通路まで。色々と緊急事態だったし、立ち入り区域は制限されていたっけ。


 そしてここの地下に、僕の部屋は存在していない。


「イブキ、遅いわよ。郷田さんが先に中に突入していったわ」

「え、待って。あの正面ゲートは……?」

「郷田さんよ!」


 左右にスライドするはずの重厚な金属ゲートは、強引に開けたんだろう。下端がひん曲がっていて、二度と動かないだろうことは分かった。ただ間違いなく、通れる。


 郷田さん、防護服の出力高いの忘れていたんだろうな……。


 周囲に人影はなく、確実に異常事態であることは分かる。


 ぎゅっと、正面からミモザが抱きついてきた。防護服越しに、震えているのが分かる。ミモザも怖かった、焦っていた。でも、足が止まっていたのは僕だけだった。


「桃華さんは、大切な義姉よ。その思いは、イブキと変わらないわ。だから、行こ?」

「ありがとう。行こう」

「後ろは私に任せてください。殲滅します」

「うん。有事の際は頼む」


 そうして僕らは、黒煙立ち上る松本シェルターに足を踏み入れる。




 そして、今度こそ僕の。僕らの足は止まった。


「おう、中にはもう誰もいないんだな?」

「ハイ。モウダレモ、トウジョウシテイマセン。ゴメイワクヲ、オカケシマス」

「じゃあ一旦、ドームの外に運ぶぞ」

「オネガイシマス」


 郷田さんが、やらかしている。


 円盤形の宇宙船が刺さっていたんだろう。地面には大きく三日月型の穴が開いていて、当然周囲の建物は破砕、倒壊している。

 蛸型星人が右往左往していて、さらに松本シェルター内の人員も右往左往している。


 その中心で、郷田さんが円盤形の宇宙船を片手で持ち上げていた。あの人、適応するの早すぎじゃないか?

 でも。おかげで緊張は抜けた。


 そして膝を曲げてタメを作った郷田さんが、一飛びでシェルターの壁を飛び越えて、円盤形の宇宙船とともに外に消えていった。


「姉さんは……?」

「見える範囲にはいないわ、どこにいるのかしら」


 死者はたぶん出ている。

 そしてもしかしたら、その中に姉も含まれているかも知れない。


「捕捉しました。地下ですね、記録にある心音は遥か下。ただ、想定以上に弱いです」

「絶対に、間に合わせる!!」

「ええ当然よ、行きましょう」


 現場が慌ただしいおかげで、僕らが目立っていない。そこにあの、昔の白黒写真にあった蛸型の……待って、あれって海月型の宇宙人じゃなかったか?

 まあいいか。蛸型の宇宙人がいることで、僕らが目立っていない。


 人波と蛸波をすり抜けて、奇跡的に口を開けている地下通路の入り口に足を踏み入れた。

 ここからは慎重に。それでいて迅速に。




「電源が落ちている……」


 非常灯すら灯っていない真っ暗闇。当たり前のように、僕とミモザに視界強化の魔法がかかる。暗いのは一瞬で、一気に視界が開けた。

 

 人が通路に倒れて蹲っている。遠くの方から叫び声が聞こえて、咳き込む音や、呻き声なんかも聞こえてくる。なかなかにカオスだ。

 短い廊下の突き当たりから折り返し階段を下りて、ホールに到着した。


「まずいわね、崩落しているわ」

「床も抜けていますね、連鎖崩落でしょうか」


 駆け出した。

 要救助者とか、いっぱいいるけれどそれよりも――


「明かりを100機ほど置いていきます。LEDランタン辺りを置いていけば、あとは何とかするでしょう」

「食料も不足するわね。昔イブキと買った、栄養バー箱売りを10箱置いていけばいいわね」


 後ろの、ミモザとブロンデの言葉が耳を流れ抜けていく。

 足がもつれて、階段を転げ落ちた。手を引かれて、うまく立ち上がれた。笑顔のミモザが、僕を先導してくれる。


「ほら、しっかりするのよ。まだ桃華さん、生きているわ」

「そうですよイブキ様。ちゃんと反応は追えていますますから」

「ありが、とう――」


 そうして地下10階。

 そこは、完全に埋まっていた。




「もしかして、元の地球の僕の部屋……?」


 記憶が、流れ込んでくる。

 視界が白く染まって視界が重なる。


「イブキ、どうしたの? 目が赤く光っているわ」

「視線ビームを会得しましたか、いよいよ私たちの側に来る覚悟ができましたか? おや、イブキ……様?」

「ちょっと、待ってよ。イブキっ! ねえってば、イブキッッ」


 ミモザとブロンデの声が、遠くなっていく。


 そして、一歩踏み出した。


 何もない廊下と、土の壁が重なってブレるように見えている。

 僕が進むのは、何もない廊下の方だ。


 二歩目を、進む。抵抗は、何もない。

 さらに三歩、四歩――


「イブキ、どうなって――」


 着ていた防護服が土壁で止まって、そのまま僕だけがすり抜ける。

 背後でミモザが僕を追って、土壁で止まったのが分かった。防護服のグローブを突き立てて土壁を掘ろうとするミモザと、僕の防護服を抱えて呆然とするブロンデが見えた。


 視点を前に向ける。

 この通路は、記憶にある松本シェルターの通路と、全く一緒だ。ただ重なって見えている片方は、完全に土に埋まっている。

 そのまま迷わず、通路を進んだ。


 フロアロビーがあって、正面と左右の壁に通路が延びている。そしてその通路、右の一番奥に向かった。その通路の突き当たりに、僕の部屋がある。

 

 僕の部屋の扉を開ける。

 そうして見えたのは、姉の部屋に胸まで土砂に埋まっている、姉の姿。


 顔の側には、携帯電話が転がった岩に潰れていた。生きていたのは奇跡。

それも、少しでも遅かったら、その命の灯火は失われていた。

 そんな希有なタイミングで僕は、ここにいる。


「エリクシルは……あるな、あの日のままだ」


 ふと、思い立って。僕の部屋、デスクの上にあるノートパソコンを虹色宝箱に収納した。そして今度は、反対側の棚にあるエリクシルの筒。防護服の予備電池を手に持った。

 電池の蓋を外して、エリクシルを。紫色のその液体を姉の口元に宛がう。


「姉さん、飲んで……」


 口元から紫色の光が、身体に伝播していく。

 土気色だった肌が、綺麗な肌色に変わって、細かった息が徐々に穏やかになっていった。


 目眩がして、膝を突く。まずいなもう、時間がない。

 姉の部屋から姉を抱きかかえると、僕の部屋から廊下へ。そして崩れ落ちたミモザの横に、僕は辿り着いた。


「え……イブキ、どうなって」

「ミモザ。姉さんを、お願い――」


 崩れ落ちながら、手渡した姉を横からブロンデがそっと抱き留めた。僕はそのまま、床にしゃがみ込んでいたミモザに向かって倒れ込んで。


「ちょっと、イブキ? ねえ、イブキ――」


 僕の意識は、闇に沈んでいった。


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